突然の激しい夕立に慌てる人々が急ぎ足で橋を渡っていく。 そんな一瞬の季節の情景を鮮やかに描いた本図は、印象派の画家ヴァン・ゴッホが模写をしたことで世界的にも知られています。
第三弾となるアダチセレクト「話題の一枚。」は、風景画の大家・歌川広重の最も有名な代表作「大はしあたけの夕立」。その見所と共に、本図が海外の美術へ与えた影響や、制作に秘められた技まで2回にわたって詳しくご紹介いたします。(2022年7月5日 追記・再編集)
工夫とこだわりが詰まった、歌川広重の集大成!
本図「大はしあたけの夕立」は、江戸近郊の様々な風景を描いたシリーズ「名所江戸百景」の中の一図。隅田川の下流、幕府の御用船安宅丸の船蔵があった辺りに掛かっていた大橋を見下ろすような構図で捉え、突然降り出す夏の夕立の激しさを詩情たっぷりに描いた臨場感あふれる傑作です。この作品を描くにあたり広重は様々な表現の工夫を凝らしました。
◎風景画の常識を破る縦長の構図
西洋でもそうですが、ほとんど風景画は横長の画面に広く描くのが定番といえるのではないでしょうか。広重自身も、30代で描いた代表作「東海道五十三次」は横長の画面で描いています。 その後、広重は試行錯誤の末、縦長の画面で風景の一部分を切り取って描く表現方法に辿り着いたといわれています。広重は最も描きたい部分を限定して画面の中に切り取ることで存在感を強調し、更に俯瞰や遠近法といった自在な視点の変化を組み合わせて、非常にインパクトのある構図を作り出しました。 この縦長の画面を最大限に生かしているのが晩年に手掛けた「名所江戸百景」シリーズ。天高くから降る雨の激しさが際立つ本図もその一つです。
Pick up!「名所江戸百景」
代表作「東海道五十三次」を始めとする全国各地の風景を描いてきた歌川広重が最晩年に手掛けた、広重の画業の集大成といえる一大シリーズ。大胆奇抜な構図と四季折々の豊かな季節感を感じさせる優れた名作が揃っています。
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歌川広重 「庄野 白雨」 |
歌川広重 「大はしあたけの夕立」 |
<30代で描いた雨の傑作「庄野 白雨」は横長の画面> |
<晩年の60代に描いた本図。縦長の画面。> |
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「庄野 白雨」の雨の板 |
「大はしあたけの夕立」の雨の板 |
<「庄野 白雨」では面で、「大はしあたけの夕立」では線で表された雨。雨脚の強さも異なって見える。> |
◎躍動感を与える斜めの画面構成
本図を見ると画面を斜めに横切る橋が手前に描かれ、雨に霞む遠景の対岸は橋と逆の角度でやはり少し斜めに描かれています。このジグザグとした傾きが画面に動きを与え、雨や橋の上を行き交う人々の勢いを強調しています。
写実性よりも臨場感を重視した表現方法に、感性を重視する広重の柔軟な発想が伺えます。
◎世界で賞賛される"広重ブルー"
川の流れに入れられた濃い青のぼかし。水面の浅い水色からのグラデーションが川の深さを感じさせ、画面に自然な奥行きを与えています。
この一際目を惹く濃い青色に用いられているのが、当時、海外から新しく輸入された人工の絵具プルシアンブルーです。元々ベルリンで科学的顔料として作られたため、浮世絵においてはベロリン(ベルリン)の藍、通称「ベロ藍」と呼ばれました。
これまでの浮世絵には使われていなかった鮮やかな発色は江戸っ子の評判を呼び、それを受けて北斎や広重の風景画にも非常によく使われました。
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<画面に奥行を与え、水の深さを表現する濃い青のぼかし> |
水で溶いた絵具を和紙に摺りこむことで生まれる浮世絵特有のすっきりとした軽さや鮮やかな発色はが、それまでの西洋絵画の厚みのある油彩を見慣れた人々の目に新鮮に映ったのではないでしょうか。
こうして元は西洋で生まれた青色は、浮世絵を生んだ絵師・広重のセンスや職人の高度な木版技術によって、日本の浮世絵を代表する色「広重ブルー」として全く新たな評価をされるようになったのです。
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<和紙に水性の絵具を摺りこむ木版画ならではの鮮やかな発色> |
様々な工夫や拘りを込めて描かれた広重の作品は当時の江戸庶民を楽しませただけでなく、海を越えた印象派の画家たちに大きな衝撃を与えました。中でも、「ひまわり」などの作品で世界的に高い評価を受けているゴッホはこの「大はしあたけの夕立」や同シリーズの「亀戸梅屋舗」を熱心に模写し、その作風にも多大な影響を受けたと言われています。
西洋にはあまり見られない、上から見下ろすような大胆な構図や、和紙に水性の絵の具を摺りこんだ木版特有の鮮やかで明るい色彩は、ゴッホの目に非常に魅力的に映ったことでしょう。
このように見てくると「大はしあたけの夕立」は、構図や色を含め、独学で絵を学んだゴッホにとって非常に得ることの多い新鮮なものだったといえます。
それは、和紙と水性の絵具という日本特有の素材と当時世界でも類を見ない高度な木版技術によって浮世絵が制作されていたからこそともいえるのではないでしょうか。
日本独自の木版画技術が込められた浮世絵。 次回は、西洋の画家までもを魅了した「大はしあたけの夕立」に込められた、木版画の技術をご紹介しながら作品の魅力に迫ってまいります。 vol.2はこちら>>
歌川広重「大はしあたけの夕立」 商品詳細はこちら >>
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