前回は、「大はしあたけの夕立」が印象派の画家たちに与えた影響や、広重が本作に込めた工夫とこだわりについてご紹介してきました。後半となる今回は、本作に秘められた浮世絵制作の技について迫ります。(2023年5月6日 追記・再編集)
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版下絵から見えてくる制作の秘密
絵師・彫師・摺師・と分業制の浮世絵制作において、浮世絵師は線だけで構成された版下絵(はんしたえ)を描きます。
ここで、「大はしあたけの夕立」の版下絵を見てみましょう!
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<歌川広重「大はしあたけの夕立」の版下絵> |
えっ?これだけ!?と驚かれたのではないでしょうか?
本作品の完成図と比べてみると、描かれていない部分が多いことが見て取れるかと思います。
版下絵に描かれているのは、手前を横切る大橋・急ぎ足で橋を渡る人々・そして川に浮かぶ船と船頭ただそれだけなのです。
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それに対し、皆さんがよくご存知の葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を見てみましょう! |
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<葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵> |
絵のほとんどが線で描かれているので、摺り上がりの全体像が、輪郭線だけで想像することができるかと思います。
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輪郭線の中に一色ずつ色を摺るという"線"と"面"で構成される浮世絵版画。 上の二図を比べてみても、北斎が"線"で描くことを得意としたのに対し、広重は"面"を効果的に利用した絵師といえるでしょう。
そして、本作の場合、対岸にかすんで見える街並みは、輪郭線をあえて描かずに、面を使ってシルエットで柔らかく表現しています。 |
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<かすんだシルエットで表現された対岸の街並み> |
二次元の絵の中で、効果的に空間と距離を感じさせる見事な表現方法といえるのではないでしょうか。
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わずか二回の摺りで大雨を降らせる!夕立の秘密
では、本作の見どころともいえる"夕立"は、いったいどのように表現されたのでしょうか。
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<版木二面だけで表現する激しく降りつける雨> |
実際に雨を摺る際に使う版木を見てみると、まるで定規で線を引いたかのようにまっすぐな線が無数に彫ってあります。
摺り上がりでは幾重にも見える雨ですが、実際にはわずか版木二面を使っているだけなのです。
うすい墨と濃い墨の二種類で摺り分け、さらに雨の角度に微妙な変化をつけることで激しく打ち付ける夕立を表現しています。 |
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2つの雨の版を図解してみると、雨の線を重ね合わせることで強い雨脚を表現しているのがわかります。
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この降りつける夕立を作り出すには、なんといっても緻密な彫が重要。 一円玉と比較すると一目瞭然です。 |
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これほど繊細な彫となると、当時から技術を認められた彫師だけが彫ることを許されたと考えることができます。熟練の技術を要する緻密な彫は、まさに彫師の腕の見せどころ。間近で見ていただきたいポイントです。
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<熟練の技術を要する緻密な彫>
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暗雲が垂れ込む!摺師の技が魅せる空模様
そして、空には黒々とした雨雲が垂れ込めています。本作で描かれている夕立は、まさに今でいうところの"ゲリラ豪雨"でしょうか。
作品上部にぼかしを入れ、その色を変えることで季節や時間・天候までをも表現した広重ですが、本作においても墨でぼかしを入れることで暗雲を表現しています。 |
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<暗雲が垂れ込む空模様> |
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この雨雲がモクモクと垂れ込む様子を表現するために、"あてなしぼかし"と言われる摺りの技法が使われています。これは版木に雲の形が彫ってあるのではなく、平らな板の上を刷毛を使って雲の形を描くようにぼかしを作ります。
一度に100枚程度を仕上げる摺師にとって、まったく同じ形の雲に摺るこの"あてなしぼかし"は、熟練の摺師にしかできない大変高度な技なのです。 |
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<摺師の腕の見せどころ"あてなしぼかし"> |
2回に渡って歌川広重の代表作「大はしあたけの夕立」をご紹介しましたが、本作の魅力を充分にお楽しみいただけましたか?
風景画の常識を破り、縦長の画面を最大限に活かした大胆な構図や、和紙に水性の絵の具を摺り込むことで生まれた"広重ブルー"など、江戸の庶民を楽しませるために工夫したことで生まれた浮世絵の魅力が、西洋の画家たちにも大きな影響を与えたと言えるのではないでしょうか。 このコラムを通して、広重が本作に込めた工夫とこだわりを感じていただければ幸いです。
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歌川広重「大はしあたけの夕立」 |
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