アダチセレクト「話題の一枚。」~ 歌川国芳「百ものがたり」vol.2~

2014.07.25

アダチセレクト「話題の一枚。」

 

近年、若者を中心に人気の高まっている歌川国芳。
『浮世絵界の鬼才』、『反骨の絵師』、『破天荒の浮世絵師』、『時代を先取りしたポップアーティスト』など数々の異名を持つ国芳ですが、一体どのような人物だったのでしょうか?

江戸時代から現代まで多くの人々を魅了する浮世絵師・歌川国芳の生涯に迫ります!


人気を確固たるものにした大ヒットシリーズとは?

歌川国芳は1797年(寛政9年)、江戸日本橋本銀町(現在の日本橋本石町あたり)で営む染物屋の息子として生まれました。幼い頃から絵を描き、15歳で当時役者絵で人気を博していた歌川豊国に入門。

同門には、皆さんもよくご存じの「東海道五拾三次」や「名所江戸百景」などの情緒あふれる風景画を得意とした歌川広重がいました。

1827年(文政10年)、国芳が30歳を過ぎた頃に発表した『通俗水滸伝豪傑百八人(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにん)』という中国の伝奇歴史小説を題材にしたシリーズが大評判となりました。

当時、江戸庶民の間で大人気だったこの小説を題材にした絵は、国芳が描く以前にも北斎が描いた挿絵の本などがあったようですが、豪傑一人一人をクローズアップし描いた『通俗水滸伝豪傑百八人』は、力感あふれる構図と色彩豊かなヒーローの姿に爆発的な人気となりました。

この大ヒットにより"武者絵の国芳"と称され、一躍人気絵師の仲間入りを果たしたと言われています。

浪裡白跳張順 短冥次郎阮小吾
浪裡白跳張順 短冥次郎阮小吾

 

国芳の個性が光る!ユーモアあふれる「戯画」

水滸伝の大ヒットにより人気絵師となった国芳は、その後、錦絵のあらゆるジャンルで作画する機会を得ました。武者絵のほかにも役者絵、名所絵、美人画など幅広く浮世絵を生み出していきましたが、なかでも国芳が最も得意とし、その個性が発揮されたのが、「戯画(ぎが)」と呼ばれるものでした。

戯画とは、その名の通り戯れに遊び心でおもしろおかしく描いたユーモラスな絵のこと。
北斎や広重など他の浮世絵師と比べてみると、国芳は数多くの戯画を残しています。社会のストレスや政治への不満などから心を和ませてくれる国芳の戯画は、江戸庶民に愛されていたのかもしれません。

「百ものがたり」と同シリーズである「金魚づくし」の他の作品を見てみると、金魚たちのユーモラスで滑稽な姿がいきいきと描かれ、江戸時代の人々も癒されたことでしょう。

酒のざしき 玉や玉や そさのおのみこと
<「酒のざしき」より> <「玉や玉や」より> <「そさのおのみこと」より>

ユーモアを好み人々を楽しませることを喜んだとされる国芳にとって戯画は、名所絵や美人画などの他のジャンルよりも重要視し、作品を生み出していったのかもかもしれません。

 

現代でも人気!いま巷で話題の「骸骨」

江戸の庶民に大人気だった国芳ですが、現代においてもその人気ぶりは顕著に表れています。近年では日本各地で国芳の展覧会が開催され、特に若者たちを中心に人気が高まっています。

相馬の古内裏
相馬の古内裏

平将門の娘・瀧夜叉姫が父の仇を討つため妖怪を集めたが、大宅太郎光国という武将に退治されるという場面を描いた「相馬の古内裏」。 この作品は、つい最近まで放映されていたドラマの劇中に使われ、巷でも話題となっています。

三枚に渡って描かれたこの作品は、なんといってもその大迫力の骸骨の姿が魅力です。
まるで実際に骸骨を見ながら描いたかのように細部にこだわり、頭蓋骨や肋骨など忠実に描かれているこの作品は、国芳の抜きんでた画力があってこそこ生まれた傑作と言えるでしょう。

 

百ものがたり

江戸庶民に愛された金魚はよく浮世絵の中に登場しましたが、ほとんどが脇役としてでした。その金魚を主役として、まるで人間のような仕草や表情をユーモアたっぷりに描いた「百ものがたり」。

ラストを飾る次回は、制作の視点から本作の魅力についてご紹介します。乞うご期待!

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品質へのこだわり

品質へのこだわり

アダチの浮世絵は、手にして初めて分かる、熟練の技術と日本の伝統が詰まっています。

製作工程

制作工程

一切機械を使うことなく一枚一枚職人の手仕事により丁寧に作られている木版画です。

厳選素材・道具

厳選素材・道具

江戸当時の風情を感じられる当時の浮世絵の再現にこだわり、厳選した素材と道具を使用。

職人紹介

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最高の作品を創り出すために、日々技術の研鑽を積む熟練の職人たち。

浮世絵の基礎知識

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意外と知らない?浮世絵の世界。浮世絵の基礎知識をご紹介。