世界が認めた異色の絵師・東洲斎写楽の傑作
年末の定番・忠臣蔵の公演や年始の顔見世など、一年で最も歌舞伎界が活気づき話題にも登るこの季節。
今年最後のアダチセレクト「話題の一枚。」は、東洲斎写楽が描いた役者絵の傑作「三世大谷鬼次の江戸兵衛」をご紹介します。
悪役VS善玉!対立する迫力の構図
誰もがどこかで一度は目にしたことのあるこの作品。具体的にはどのような役のどのような場面なのでしょうか。
本図は寛政6年5月、河原崎座で上演された、大名の家臣・伊達与作と奥女中・重の井の不義密通を巡る事件を中心にした芝居「恋女房染分手綱」の登場人物のひとりを描いたもの。
若殿・佐馬之助が芸者を身請けするために用意した大金を運ぶ奴一平を襲う悪役がこの江戸兵衛です。 脅すように両手を広げて迫る様子は確かに悪者の凄味が感じられます。 |
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<金を奪おうと迫る江戸兵衛(左)と守ろうと構える奴一平(右)> |
写楽は対立するこの二人の関係を画面上でも表現しようと試みました。この二人を描いた二図の大首絵を並べると、互いに向き合い構えた、まさに見せ場の場面になっているのが分かります。舞台の緊張がそのまま伝わってくるような、臨場感溢れる構図です。
人気の役者絵こそ浮世絵の本質!?
写楽が「恋女房染分手綱」の舞台を描いたのは、この対になる二図だけではありません。
同じ演目から他にも七図の様々な役者と役柄を描いています。
当時の役者絵はいわば人気アイドルのブロマイドのようなものであり、興業にあわせて舞台上の役者を描いた作品が売りだされると、ファンはそれぞれが贔屓にする役者の絵をこぞって買い求めました。
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<河原崎座の上演にあわせて売り出された役者絵の数々> |
現在数多く残る風景画の浮世絵が脚光を浴びるのは後年、葛飾北斎が「冨嶽三十六景」で評判となって以降であり、それまではこうした役者絵や美人画が浮世絵のメインジャンルでした。
今一番評判の芝居、評判の役者といった世間の流行の最先端をいち早く描き、鮮度の良い話題性のある作品を生み出すことこそ「浮世を描いた絵」浮世絵の本質といえます。
世間を驚かせた異色の役者絵
歌舞伎の公演の度、様々な絵師によって数多くの役者絵が制作されましたが、その中でなぜ写楽が今日これほど知られているのでしょうか。
当時のファンが買い求めた役者絵は役者をいかに見栄え良く描くかが重要でした。
対して写楽は大首絵でクローズアップした役者の顔の特徴を誇張を加えて克明に描き、その素顔をリアルに描き出しました。その特徴が特に顕著で分かりやすい作品こそがこの「三世大谷鬼次の江戸兵衛」です。
きつく釣った目元や大きな鷲鼻、突き出した顎の線。ここでの大谷鬼次は決して美男には描かれていませんが、悪役になりきって演じる役者の迫力に満ちています。 |
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<釣った目元や鷲鼻を誇張した描写に悪役の迫力が良く出ています> |
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この斬新な作風は始め驚きをもって迎えられましたが、顔立ちの欠点まで浮き彫りにする描写は役者やファンの支持を得られず、役者絵において時の寵児となったのは美麗な画風で人気を得た同時期の絵師・歌川豊国でした。 |
左/豊国「三世沢村宗十郎の大星由良之助」 右/豊国「かうらいや」
<写楽と同時期にデビューした豊国は華のある画風で人気を得ました> |
こうして当時は大成できなかった写楽ですが、それから約100年後ドイツ人ユリウス・クルトの著書によって世界三大肖像画家の一人として紹介されると、他の絵師とは一線を画す真に迫った描写が世界で絶賛され改めて評価をされるに至りました。 |
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<世界三大肖像画家の一人として写楽を取り上げたドイツ人ユリウス・クルトの著書> |
絵師としては異色であった写楽と本図が後世において誰もが知るところとなったのは、その鋭い観察眼と忌憚のない正直な表現によって美醜だけではない役者の人柄や内面までも描き出してみせた点にあると言えるでしょう。
世界が認めた浮世絵師・東洲斎写楽。
次回はその異色の絵師誕生の背景に隠された謎に迫ります!
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