アダチセレクト 話題の一枚 鈴木春信「二月 水辺梅」-Part1. 作品編- |
2021年1月より新連載のアダチセレクト・話題の一枚。毎回一人の絵師とその作品を取り上げ、木版制作工房としての視点なども含めながら、作品とその制作背景などをご紹介していく特別企画です。
記念すべき第1回目の作品は、錦絵の祖、鈴木春信の傑作「二月 水辺梅」。川のせせらぎがだけが聞こえる静かな闇夜と白梅の芳香、そこに浮かび上がる若い男女の清純な恋の情景。まさに夢のように可憐で儚い春信ワールドの代表作です。その春信の世界や作品誕生の背景などについて、Part 1.作品編とPart2.制作編の2回に分けてご紹介します。
-Part 1.作品編-の今回は、作品と作品の時代背景などに焦点を当ててお話ししていきます。 |
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■ 錦絵の祖、鈴木春信 |
「錦絵の祖」と呼ばれる鈴木春信は、1725(享保10)年頃に江戸に生まれたと言われています。春信本人の詳しい資料は残っておらず不明な点の多い春信ですが、1765(明和2)年を境に、一気にその名が知られるようになります。 この明和2年は、春信が「見当(けんとう)※」を開発、複数の色をずれの無いように摺り重ねる多色摺が可能となり、浮世絵史に革命がもたらされた年です。春信が「錦絵の祖」と呼ばれる所以は、この「見当」の開発にあります。数多くの作品を生み出した春信ですが、実際に浮世絵師として活躍したのは1760年初め頃からのほぼ10年ほどのみでした。
※見当:版木上に彫られた2か所の僅かな溝。ここに紙を合わせることによって、複数の色をずれ無く摺り重ねることができる。 |
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<紙の位置を決めるカギ型見当(右下)と 引き付け見当(左下)> |
<紙一枚分の溝が彫ってあります> |
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■ 錦絵の誕生と絵暦(えごよみ) |
春信が、多色摺りを可能にした「見当(けんとう)」の開発に成功した背景には「絵暦(えごよみ)」の流行があります。絵暦とは、当時の年間カレンダーのようなもので、太陰暦において毎年変わる大の月(30日)と小の月(29日)を記したものです。
裕福な趣味人たちの間で、自分だけの絵暦を好みの絵師に描かせ、特注品として誂え、新春の交換会で狂歌仲間に配るという風習が大流行しました。人よりも優れた絵暦を作るためならコストを気にしない風流人たち。その熱い要望に応えるために、春信は何色も色を重ねたり、絵具は使わずに質感を生み出す特殊な摺の技法など、様々な技術や技法を生み出し、更にそれらを向上させることに成功しました。
こうして生まれた作品は、「摺物(すりもの)」と呼ばれ、贅を尽くした特注品として富裕層の間でもてはやされました。そして、この絵暦の流行に目をつけた版元が、その技術を利用し生まれた多色摺木版画を「錦絵(にしきえ)」として一般に売り出したところ、これが大人気となり、一気に庶民の手にもフルカラーの印刷物が渡ることになったのです。 |
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「夕立」 <錦絵誕生のきっかけともなった 春信の 「夕立」> |
<春信の描いた「絵暦」>
春信の描いた絵暦で有名なのが、明和2年に描かれた「夕立」です。この作品の中には、「大、二、三、五、六、八、十、メ、イ、ワ、二」と「乙、ト、リ」の文字が隠されていますが、見つけられますか? 大に続く数字は、この年の大の月、そして明和二年、乙トリも同じく明和2年を表しています。 |
※こたえ:「大、二、三、五、六、八、十、メ、イ、ワ、二」は、物干し棹に干された浴衣の模様の中に、「乙、ト、リ」は、突然の夕立に慌てて駆け出してきた女性の臙脂色の帯の模様の中に隠されています! |
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■ 和歌に想いを得て描かれた純愛 「二月 水辺梅」 |
今回ご紹介する春信の傑作「二月 水辺梅」。古の和歌に着想を得て描かれた「風流四季歌仙」というシリーズの中の一点です。 作品上部に記された和歌は、平経章朝臣によるもので「末むすぶひとのさへや匂ふらん 梅の下行水のなかれは」と歌われており、「下流で掬ぶ人の手さえ匂うだろうか。梅の花の下を流れてゆく水は」という意味。この歌の情景が描かれたのが本図「二月 水辺梅」。 |
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闇夜に浮かび上がる若い男女。木製の柵の上に上り、恋する女性のために白梅を手折ろうとしている男性の姿を、石灯籠の上に頬杖をついてうっとりとみつめる女性。辺り一面に白梅の香りが漂い、その香りと共に二人の純愛も、樹下を流れる川の下流へと運ばれていきます。 梅は、春信の作品によく登場する花です。春信の手にかかると男女の純愛を描いたシーンも単なる情景ではなく、その前後のストーリーや漂う梅の香りまでが描き出されます。春信のエッセンスが凝縮された香り高い作品です。 |
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■ 春信の描く夢の世界の住人たち |
春信の描く夢のような世界に登場する人物は一様に、細身で可憐、そして中性的な特徴を持っています。春信の後の時代に一世を風靡する歌麿の美人画と比べるとその差は一目瞭然。この可憐な人物描写こそが春信の一番の魅力です。 |
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<鈴木春信・二月 水辺梅より> |
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<喜多川歌麿・ビードロを吹く娘より> |
例えばこの「二月 水辺梅」に登場する若い男女。注目すべきは、二人の目線です。二人の顔の角度はほぼ同じように描かれ、一見目線も同じように描かれているようですが、実は違います。男性は手折ろうとしている梅の枝を見ていますが、女性が見つめるのは自分のために白梅の枝を手折ろうとしてくれる恋しい人の横顔。 |
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このような極めて繊細な顔や指先の表現によって、春信は人物間の感情までを描き出しています。 そして、このような春信の筆遣いを完全に再現できるのは、一流の彫師だけ。春信の小さな顔や折れそうに細い指先に命を吹き込めるかは、彫師の腕の見せ所です。 |
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新連載「アダチセレクト・話題の一枚」第1回目、鈴木春信の「二月 水辺梅」をお楽しみいただけましたか? 春信の「二月 水辺梅」-Part1. 作品編-の今回は、主に作品とその時代背景などについてお話ししました。次回は制作面に焦点を当ててお話ししたいと思いまので、どうぞご期待ください。
春信の作品には、他のどの絵師にも作り出せない独特の空気感があります。中性的で清純でありながら、どこかエロティシズムを感じさせるようなその人物描写は、知れば知るほど虜になってしまいます。この作品以外の春信の作品もアダチ版画でご紹介しておりますので、是非ご覧ください。 |
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