アダチセレクト 話題の一枚 - 特別編 -
春信 名作3選「雨中夜詣」「夜の梅」「雪中相合傘」

2022.02.04


1月12日から始まった、千葉市美術館の「ジャポニスムー世界を魅了した浮世絵」展は、世界中の浮世絵の名品がそろっており見ごたえたっぷり。摺りや保存状態も大変よく、木版画の美しさを存分にご堪能いただけますので、浮世絵好きの皆様にはいまイチオシの展覧会です!

そして、本展で是非ご覧いただきたいのが、鈴木春信の名作3点です。
パリの宝石商アンリ・ヴェヴェールの旧蔵品であった「雨中夜詣」(東京国立博物館・松方コレクション)、そして、アメリカ・メトロポリタン美術館が所蔵する「夜の梅」と「雪中相合傘」。まさに、幕末以降海を渡り、世界を魅了した浮世絵作品です。

今回のコラムでは、この3つの春信作品の見どころをアダチ版画の復刻版でご紹介しながら、その魅力に迫ってまいります。


■ 可憐な春信美人が誘う 見立絵の世界 「雨中夜詣」



鈴木春信「雨中夜詣



「雨中夜詣」は、小田原提灯と傘を持つ年若い娘が、強い雨のなか宮詣する姿を描いた美人画です。風になびく着物や体つきのしなやかさ、そして上品で繊細な顔立ちには、幻想的な雰囲気が漂っています。

鳥居や、提灯に示された蔦の紋などの目印から、江戸時代の通人は、この美人のモデルが当時人気の水茶屋の看板娘、笠森お仙を描いたものとわかったようです。そして、さらにこの図は、能の演目として知られる「蟻通(ありどおし)」に出てくる宮守を、江戸娘に見立てて描いた「見立絵」であると言われています。

<提灯にうっすらと見える蔦の紋>
 
<お人形めいた顔立ちの春信美人>

このように教養豊かな趣味人たちに愛されていた春信ならではの趣向を凝らした画題ですが、そうした背景を知らない人が見ても、中性的で清純でありながらもどこかエロティシズムを感じさせるような、春信特有の表現に惹きつけられる作品です。
本作が海外でも評価されたのは、構図や描かれた女性の上品さなど、作品全体から醸し出される雰囲気が魅力的だったのではないでしょうか。



■ 和紙の白を最大限に活かす、多彩な黒の表現 「夜の梅」



鈴木春信「夜の梅



多色摺りを生み出した春信が、この技術を利用して表現したものはカラフルな色彩だけではありませんでした。
こちらの「夜の梅」は、手燭を掲げる美人と白梅の姿が浮かび上がる闇夜の情景を描いた格調高い一枚です。この作品で特に印象的に映るのが、夜を表現した「黒」の背景です。

   

漆黒の背景は、膠(にかわ)分を除いた墨で摺られており、和紙という素材と相まって独特の質感が生まれます。油性のインクでは生まれないマットな黒は、ある意味西洋の人々には新鮮に映ったのではないでしょうか。


<アダチ版画では墨を水を張った甕に浸し、時々上澄み液を取り替えながら、膠分をゆっくりと除いていきます。こうして甕の底に沈殿した膠分の抜けた墨をすり鉢ですることで、粒子の細かい艶やかで照りのある墨に仕上げていきます。>

春信は、黒を大胆に配色することで、作品の見せ場である白梅そして女性の方へ視点を集中させる効果を生み出しています。こうした黒の使い方は、黒を扱いづらい色としてきた西洋の画家たちに大きな影響を与えました。



■ 惜しみなく技巧を凝らした傑作 「雪中相合傘」



鈴木春信「雪中相合傘



こちらは春信の傑作「雪中相合傘」。一面の銀世界に、対照的な黒と白の着物を身に着け、寄り添いあって歩く男女が一組。一つの傘の中、口をつぐんだままお互いを慈しむような視線を交わす若い二人の胸中を想像させる、叙情的な作品です。

こうしたどこか夢のような世界観に、浮世絵を手にした人々が入り込んでいけるよう、春信は「空摺(からずり)」や「きめ出し」といった、和紙という素材を活かし、作品に立体感を持たせる技法を用いています。

<男女の着物に施された繊細な模様>
 
<版木に絵の具をつけずに摺ることで、和紙に凹凸をつける「空摺(からずり)」の技法です>


<地面には雪が降り積もったかのような立体的な線>
 
<「きめ出し」では、板の窪んだ部分を紙の裏から刷毛で叩くように隆起させます>

春信の浮世絵には、シンプルな構成ながらも木版ならではの技巧が凝らされており、手にした人々を喜ばせるための試行錯誤が垣間見られます。こうした工夫は、江戸の人々だけでなく西洋の人々をも驚かせたことでしょう。


■ 豊かな表現が魅力的な春信の浮世絵

今回ご紹介した3点の作品をはじめとする春信の浮世絵には、北斎や広重の時代の浮世絵とは異なる品格が感じられます。それはその制作背景に、錦絵草創期を支えた裕福な趣味人たちの存在があったからでしょう。

春信は、彼らの熱い要望に応えようと、多色摺を可能にする「見当」の開発を実現し、錦絵を誕生させました。そして、贅を尽くして作られた春信の浮世絵は、厚みがある上質の和紙を用い、和紙そのものの持つ風合いを存分に生かす「空摺」や「きめだし」といった様々な技法を駆使し、豊かな表現を生み出しました。

こうした春信の作品にみられる豊かな浮世絵の表現や日本人らしい美意識が、西洋の人々に評価され、ジャポニスムの中に息づいていったのではないでしょうか。


アダチのHPでは、今回ご紹介した3作品以外にも、春信らしい魅力の詰まった浮世絵をご案内しています。ぜひアダチの復刻版で、お手に取ってお楽しみください。

  ■ 今回ご紹介した作品
 
       
  鈴木春信
雨中夜詣
  鈴木春信
夜の梅
  鈴木春信
雪中相合傘
 

  ■ 関連作品
 
       
  鈴木春信
見立芦葉達磨
  鈴木春信
二月 水辺梅
  鈴木春信
雪中鷺娘
 



「雨中夜詣」増刷決定!
長らく在庫切れとなっていた本作品ですが、このたび増刷が決定いたしました!現在、送料無料にてご予約承り中。3月上旬のお届け予定です。


その他の鈴木春信の浮世絵はこちら >>


春信やジャポニスムについて気になった方はぜひ、展覧会に足を運んでみてくださいね。また、詳しい展覧会レポートをアダチ版画研究所が運営する情報サイト「北斎今昔」で公開中。こちらもぜひチェックしてみてください。



品質へのこだわり

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