アダチセレクト 話題の一枚 「北斎花鳥画集」-Part1. 静と動- |
アダチセレクト・話題の一枚は、毎回一人の絵師とその作品を取り上げ、木版制作工房としての視点なども含めながら、作品とその制作背景などをご紹介していく連載企画です。
今回ご紹介する作品は、葛飾北斎の大判花鳥画シリーズ。現代にも通用するモダンな雰囲気を持っており、洋室にも飾りやすいと大変人気のあるシリーズです。
北斎は、 富士山、滝、橋、海、そして花鳥風月にいたるまで、この世のあらゆるもの、森羅万象の真を描き出すことに執念を燃やしてきた絵師です。本シリーズのテーマである花鳥画に挑むにあたり、北斎は自然界をどのようなまなざしで見つめ、いかにして描き出そうとしたのでしょうか。前編と後編の2回にわたり、北斎の自然表現と作品の持つモダンな雰囲気の秘密に迫ります。 |
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■ ジャポニスムにも影響を与えた 北斎の「花鳥画」シリーズ |
この花鳥画シリーズは、北斎の代表作「冨嶽三十六景」と同時期に、同じ版元・西村永寿堂から出版されました。 幕末に海を渡った浮世絵は、西洋のアーティストやデザイナーに大きな影響を及ぼしましたが、特にこの北斎の花鳥画は、ガラス器や宝飾品など数々の美術工芸家に感銘を与えました。当時の最先端であったガラス工芸家のガレ、ドーム、ラリックなどのデザインに取り入れられ、世界的にも高い評価を得ています。 |
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エミール・ガレがデザインした花瓶と家具(©The Cleveland Museum of Art)と 葛飾北斎「罌粟」「あやめにきりぎりす」「桔梗に蜻蛉」(部分) |
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■ 計算しつくされた構図 |
『北斎花鳥画集』の特徴の一つとして、一色で塗りつぶした背景に、クローズアップした対象物をシンプルに配置した大胆な構図があげられるでしょう。単純な画面構成に見えますが、実はこの構図には北斎の意図や計算が数多く凝らされています。
○「静」を作り出すための構図 初夏を感じさせる青色が印象的な「あやめにきりぎりす」。中央の葉がぴんと真っ直ぐに伸びており、風の吹き止んだ瞬間の静寂を感じさせます。張りつめた空気が漂う画面の中央には、逆さにとまったきりぎりすが隠れています。
さて、この「あやめにきりぎりす」と構図に類似性の見られる世界的にも有名な北斎の作品があります。大胆で無駄のない構図と配色で雄大な富士の姿を描き出した傑作「赤富士」こと「凱風快晴」です。 |
『2図を並べてみてみると、どちらも裾野の広がった山型の三角形を構図に用いていることがわかります。これにより画面に安定感が生まれ、見る者に堂々とした印象を与えます。北斎は長い画業の中で身に着けた構成力によって、見事に「静」を演出しているのです。 |
○「動」を作り出すための構図 風に吹かれ大きくたわんだ花の様子を描いた「罌粟」。風になびく花びらまで繊細に表した描線や、ダイナミックさが魅力の一図です。こちらの「罌粟」にもまた、構図の類似性を指摘できる作品があります。北斎の最高傑作とも言われる「神奈川沖浪裏」です。 |
大波がしぶきをあげながら押し寄せてくる、まさしく「動」の瞬間をとらえた「神奈川沖浪裏」と、風に揺れるさまを描いた「罌粟」。この2作品を重ねてみると、なんと「神奈川沖浪裏」の大波と、「罌粟」の花のカーブとがピッタリと重なります。 生涯を通じて追求した「波の表現」によって獲得した構図の躍動感を応用し、北斎は「罌粟」の画面の中に風を生み出しているのです。
本シリーズに見られる「静」「動」を演出する革新的な構図は、北斎がそれまで約半世紀に及ぶ不断の努力によって培った、北斎ならではの効果的な絵づくりの法則の集大成だったのではないでしょうか。 |
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■ 「静」と「動」で移りゆく自然の姿を捉える |
「あやめにきりぎりす」と「罌粟」を例にあげましたが、シリーズ内の10図は全て、風が凪いで草花の揺らぎが止まった瞬間の美しさを描いた「静」、そして風に揺れる草花の一瞬の美しさを切り取った「動」の2種類に分類することができます。 |
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こうしてシリーズ全体を通して見てみると、北斎は「静」と「動」の表現を用いることで、時間の経過や、風、空気をも含んだ自然のありのままの姿を表現しようとしていることがわかります。北斎は一種の写実主義であったとも言えるでしょう。
北斎独特の自然のとらえ方は、本シリーズ以外の作品にも表れています。例えば、富士山を描いたシリーズ「冨嶽三十六景」の中にも、荒波、雄大な富士の姿、落雷や強風など、ただ美しいだけではない人知を超えた自然の姿を、畏敬の念をもって見つめ、描き出そうとしている作品が見られらます。 |
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葛飾北斎 冨嶽三十六景のうち、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」「山下白雨」「駿州江尻」 |
そして、本シリーズにおいて北斎は、自ら完成させた「静」と「動」を表現する構図の中に、生命感溢れる花や鳥、昆虫などを描きました。見る者を惹きつけてやまない一瞬を捉えた緊張感みなぎる画面。そこには、花鳥画を越えた「森羅万象」、そして北斎が求め続けた「この世の理(ことわり)」が表現されているのです。 |
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連載企画「アダチセレクト・話題の一枚」の、葛飾北斎『北斎花鳥画集』編。Part1である今回は、北斎が自然の「静」と「動」を描き出すために用いた構図についてお話してきました。お楽しみいただけましたでしょうか? 次回Part2では、北斎が花鳥の「生命」を写し取るために、モチーフをどのように描き出したのかについて、北斎最大のライバル・広重の花鳥画と比較して検証していきます。どうぞお楽しみに! アダチセレクト 話題の一枚 「北斎花鳥画集」-Part2. 線と面- はこちら>>
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○北斎花鳥画集の魅力に迫る特集を開催中!
今なお世界で高い評価を受けている浮世絵師・葛飾北斎。今年2022年の春、日本各地で大規模な「北斎」展が開催され、大きな注目が集まっています。 アダチ版画ではこの機会にもっと皆様へ北斎の魅力を知っていただきたいという思いから、2022年4月12日から2022年5月17日まで『北斎花鳥画集』の魅力に迫る特集を開催中です! |
アダチ版画のHPでは、北斎花鳥画集のシリーズ全10図をご紹介中。
また、この大判花鳥画のシリーズを季節ごとに差し替えてお楽しみいただいているお客様にインタビューさせていただいた内容を記事として公開中です。
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そしてアダチ版画の目白ショールームでは、北斎の自然の表現に着目した展覧会『北斎が極めた「自然の表現」』を開催中です。お近くにお越しの際には、ぜひお立ち寄りください。 ※終了しました。
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 Part1.北斎花鳥画集〜広重との花鳥画対決でその魅力に迫る〜 展示の様子 |
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