平面な版画が立体的に! "ぼかし"の効果

皆さんもご存知の通り、浮世絵は木版画で作られる平面のものですが、北斎の描いた"赤富士"は、堂々と高くそびえ、立体的な広がりを感じることができ、見る者を飽きさせません。この北斎の素晴らしい表現を支えている要素の一つとしてあげられるのが摺師の技、"ぼかし"ではないでしょうか。

北斎の代表作である「冨嶽三十六景」のほとんどの作品に、画面の上部から帯状の"ぼかし"が施されています。藍をはじめとするこのぼかしを画面に加えるこ とで、空の広がりを表現することに成功しています。また、地平線などを淡く"ぼかし"を入れることで奥行きも感じられます。

摺師の腕の見せどころ "ぼかし"


[仕事風景]

摺師・仲田曰く、
「"ぼかし"は、平らな版木を布で湿し、絵具と少量の糊を置き、刷毛で板にもみ込むようにして板上にグラデーションを作っていくんだけれど、いわゆるアテのない部分で作業するから、それぞれの絵に合わせて"ぼかし"を摺っていくのが難しいんだよ。 摺師は一度に100枚ほど仕上げるわけだが、すべてが揃っていないとダメなんだ。"ぼかし"が一定に揃うようになれば、ようやく一人前の摺師として認められるんだよ。」

100枚全てを同じ"ぼかし"に仕上げるには、熟練を要する大変難しい技術。まさに摺師の腕の見せどころです。

「赤富士」は"ぼかし"が命!

「北斎の赤富士は、富士の山腹の赤い部分と裾野の緑の部分が重なる部分を綺麗にぼかし合わせるのが、一番難しいところだね。赤と緑の部分が重なってしまうと色が合わさりその部分だけが重くなってしまい、富士の持つ雄大さが表現できなくなってしまうんだよ。」


["ぼかし"に使う色板]

このように赤富士は、"ぼかし"を多用した作品です。特に、山腹の赤い部分と裾野の緑の部分、さらに山頂の濃い部分と、山全体に使われた"ぼかし"の技が、富士山の雄大さを表しています。
熟練の摺師だけが摺ることを許された赤富士は、北斎の求めるイメージとそれをかたちにする摺師の技が一つとなり、素晴らしい傑作となるのです。

NHK国際放送「News Line」で世界にアダチの技術を紹介。

今月に入ってすぐ7月3日にNHKの国際放送「News line」で取り上げられました。
番組の中の生中継として、世界文化遺産に登録された富士山の文化的価値の一つとして江戸時代の浮世絵に描かれた富士をご紹介いただきました。と同時にアダチ版画で開催中の企画展、そして現代に引継がれた技ということで、彫・摺の両親方の作業も生中継していただきました。

NHK NEWS LINEのホームページ >>


東京新聞では「匠が見た北斎の神髄」として赤富士の魅力を紹介!

今回、世界文化遺産に登録された富士山を広く西洋の人々に伝える役割を示したものとして浮世絵を紹介。中でも富士の描いた浮世絵として人気の「赤富士」を制作する職人の視点から如何に北斎が究極の富士として描いたかを細かく彫り・摺りの工程や技法を織り交ぜ紹介していただきました。

(7/9付 東京新聞朝刊)


毎日、多くのお客様にご来場いただいてます!

このように、NHKニュースをはじめ、各メディアでご紹介いただいたこともあり、開催中の展覧会には多くのお客様にご来場いただいています。

作品をじっくりとみながら、制作に関する展示やビデオで職人の技にも触れていただき、アダチ版画ならではの展覧会をお楽しみいただいています。

展覧会の詳細はこちら >>


(展覧会風景)

イベントも大好評!

先週末、7月6日には大久保純一先生による講演会「江戸の富士」と共に第2回目の体験付実演会を開催いたしました。当日は40名を超えるお客様にご来場いただき、大変賑わいを見せました。


大久保純一先生の講演は、北斎の冨嶽三十六景や広重の冨士三十六景の構図の参考にしたと思われる河村岷雪(かわむらみんせつ)が描いた本、「百冨士」をはじめ図版をご紹介いただきながら、江戸の人々にとっての冨士の存在を絵から読み解いていただきました。

(好評のアンケート)


そして、体験付実演会では、若手摺師京増の実演中も色々なご質問が途切れることなく、お楽しみいただきました。そして体験では、皆さんご自分だけの富士山を摺っていただきました。やはり赤富士の稜線部分は難しいようですね。力を入れすぎて白い部分に絵具をつけてしまう方が多かったようです。皆さんの笑顔、今回も撮りました!

北斎の描いた版下絵に忠実に彫る

分業制の浮世絵の制作において、絵師・北斎が描いたのは、「版下絵(はんしたえ)」と言われる輪郭線だけ。北斎の思いを読み取り、版を彫り上げるのが彫師の仕事です。

彫師は、絵師の描いた版下絵を直接版木に貼りつけて、和紙ごと版を彫ります。つまり、北斎が描いた版下絵は、木屑と共に削られなくなってしまうのです。版下絵に忠実に彫ることで、絵師の思いを伝えることができるのです。

絵師の意図を読み取り、思いを込めて版を彫り進めていきます。

[版下絵] 図上
[版下絵の線を忠実に彫る] 図下

リズミカルな稜線が持つ緊張感

彫師・新實曰く、
「北斎はリズミカルな線で山の輪郭を描いるけれど、真っ直ぐな一本線を引いていないのは、恐らく山の高さを出すためだろうね。北斎自身が富士山を登っているようなつもりで、時間をかけて描いた線ではないかと思うね。」

単純な構図なだけに、画面が単調にならないようにと北斎が思いを込めた稜線から緊張感が伝わってきます。


彫師の腕の見せどころ 裾野の森

「筆先で無数の点を打ち、鬱蒼とした富士の森を表現しているけれど、この細かい点々の形を彫るには、刀の刃を色んな方向からリズムをもって入れていかなければならないんだ。北斎は、ただ滅多やたらに点を打っているのではなく、先ず小さな点を打っていき、続いて間を埋めるように中くらいの点を打ち、さらにその間を埋めるように大きな点を打ち......といったように、神経を遣いながら点を打つ作業を繰り返し、丹念に描いたんだろうね。だから、ここは彫師の腕の見せどころだよ。」

このように画面の随所に北斎のこだわりが垣間見られます。ただありのままに描くのではなく、どうすれば絵として面白いかを考え抜いた結果がシンプルな版下絵の中に強く込められています。観る人のことを最優先に考えた北斎のサービス精神の結晶が「赤富士」であり、だからこそ世界中の人の共感を得る名画となったのではないでしょうか。

制約の中から生まれた究極の富士

浮世絵は、江戸の庶民が、かけそば一杯ほどの値段で気軽に買えるフルカラーの印刷物で、さながら今でいう、人気役者のブロマイドや人気スポットの風景など流行をとらえた題材や色彩を取り入れ出版されていました。そして現代の出版物と同様、出版元は商品としての採算性を考えながら、絵師に下絵を依頼していたようです。

さらに、浮世絵は大量生産を目的とした商業印刷だったので、版元はコストについて大変厳しいものでした。そのため、制作に使える版木の枚数や使いう色数には制約があり、絵師はその制約の中で仕事をしていたのです。そんな制約の中で生まれたのが、北斎の傑作「凱風快晴(がいふうかいせい)」。人々の心を魅了してやまない赤富士の理由を、浮世絵制作の面から探ります。

驚愕!版木はわずか3枚、4面。

「凱風快晴」の版木は、アウトラインを摺る主版(おもはん)1枚と色の部分を摺る色板(いろいた)2枚のわずか3枚。版木に使われている山桜は、当時から安いものではなかったため、主版以外の色板は両面を無駄なく使用しています。なのでこの作品は、版木4面を使い摺り上げます。

1.主版 <輪郭線> 2.色板 <山の部分>
3.色板 <空(雲)の部分> 4.色板 <空の部分>

7回の摺りで完成!極少な摺り回数

通常、浮世絵の制作で使われる版木の数は5枚前後、摺りの回数も、10回~20回の作品が多いのに対し、「凱風快晴」の摺り回数はわずか7回。広重の「日本橋 朝之景」と比べると一目瞭然です。まさに驚異的な数字と言えます。

<北斎「凱風快晴」摺り工程>

<広重「日本橋 朝之景」摺り工程>

このように、ただ単に手間が少ないだけでなく、数ある浮世絵の中でも当時桁違いのベストセラー作品である「凱風快晴」は、版元納得の作品です。絵柄だけでなく、制作の視点から見ても、天才絵師・北斎が生み出した赤富士は、まさに"究極の富士"と言えるでしょう。

品質へのこだわり

品質へのこだわり

アダチの浮世絵は、手にして初めて分かる、熟練の技術と日本の伝統が詰まっています。

製作工程

制作工程

一切機械を使うことなく一枚一枚職人の手仕事により丁寧に作られている木版画です。

厳選素材・道具

厳選素材・道具

江戸当時の風情を感じられる当時の浮世絵の再現にこだわり、厳選した素材と道具を使用。

職人紹介

職人紹介

最高の作品を創り出すために、日々技術の研鑽を積む熟練の職人たち。

浮世絵の基礎知識

浮世絵の基礎知識

意外と知らない?浮世絵の世界。浮世絵の基礎知識をご紹介。