前回の「話題の一枚」では世界的に有名な歌川広重の傑作「大はしあたけの夕立」の魅力と、海外で「広重ブルー」と言われた作中の深い青色についてご紹介しました。「話題の一枚」第2回では「広重ブルー」が海外で高く評価されたことに関連して、本作品が海外の画家に与えた影響という視点からその魅力に迫ります。
彼らは浮世絵から一体どのような影響を受けたのか?その大きな流れであったジャポニズムとは一体?
ジャポニズムとは?
ジャポニズムとは、明治期に入って海外に渡った日本の美術工芸品が特にヨーロッパで高い評価を受けたムーブメントのこと。
開国後、日本の陶器を海外に送る時の梱包材として使われていた浮世絵に当時の西洋の人が驚き、高く評価したというエピソードを聞いたことがある方も多いと思いますが。本格的には、1862年にロンドンで開かれた万国博覧会で初めて浮世絵が世界にお披露目されたそうです。
その頃から、海外の上流階級の人々が浮世絵を評価し、コレクションし始めるようになると、彼らに浮世絵を販売する商人も現れます。その結果、大量の浮世絵が海外へ渡ることとなりました。
このことをきっかけとして、浮世絵は多くの芸術家に影響を与えていきます。
例えば音楽では、ドビュッシーが北斎の「神奈川沖浪裏」にインスピレーションを得て交響詩「海」を作曲しました。この曲の表紙にも「神奈川沖浪裏」をイメージしたデザインが使用されたほど。 |
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<ドビュッシーがインスピレーションを受けたと言われる> |
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また、ガラス工芸ではエミール・ガレが浮世絵に影響された作品を多く残しています。特に蜻蛉のモチーフはそれまでの西洋では使われなかったもので、ジャポニズムの象徴として彼の作品に好んで用いられています。 |
<欧州では不吉なものとして嫌われていた蜻蛉。日本では勝虫として多用されたモチーフ> |
日本では当たり前に楽しまれた浮世絵ですが、初めてそれを目にした彼らの驚きと感動は大変なものだったのでしょう。
浮世絵に影響を受けた当時の様々な芸術のなかでも、そのことが最もよくわかるのが印象派の画家たちの作品です。彼らは浮世絵を集め、模写し、こぞって自身の作品に浮世絵の要素を取り入れていきました。
中でも熱を入れて浮世絵にのめり込んだのがゴッホでした。
浮世絵に惚れ込んだ画家、ヴァン・ゴッホ
ゴッホといえば、「ひまわり」などの作品で世界的に高い評価を受けていますね。
1853年にオランダで生まれたゴッホはほとんど独学で絵を学び、32歳でパリに移り住んだ際に出会ったのが浮世絵でした。「大はしあたけの夕立」は「雨の大橋」というタイトルで模写作品があることで有名です。
浮世絵を気に入った彼はそれ以外にも、広重の「亀戸梅屋舗」など模写作品を多く残しています。
美術の世界において「模写をする」ということはただ単に写すということではなく、「作風や作者の制作意図を理解する」ための手段として用いられると言われています。
ゴッホは広重の名作を模写することで一体何を吸収しようとしたのでしょうか。 |
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■ 西洋にはない構図 |
彼の他の風景画作品と「大はしあたけの夕立」を比べて見ると、大きく異なるのは構図の取り方にあるような気がします。 |
上から見下ろすような構図は、西洋にはあまり見られない浮世絵独特の表現と言えるのではないでしょうか。 広重の作品にはよく見られる描き方ですが、遠近法で写実的な世界を描くことが主流であった西洋の人々にはインパクトのある構図だったことが想像できます。 |
<画面を上から見下ろす大胆な構図> |
■ 木版画の色 |
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また、印象派の画家たちはそれまでの西洋の絵と比べて、全体的に明るい色彩を用いたことが特徴であるとよく言われます。絵の具を混ぜずにキャンバスに乗せ、作品が目に映った時の発色にこだわったそうです。
ゴッホが「大はしあたけの夕立」を見たとき、作品はまだ出版から2、30年ほどしかたっていなかった頃で、木版特有の摺りたての鮮やかさがあったと推測されます。 |
<透明感のある浮世絵独特の発色> |
彼は油絵で模写を残していますが、和紙に水性の絵の具を摺りこんだ浮世絵の発色は、キャンバスの上に絵の具を塗り重ねる油絵を描いていた西洋の画家の目に非常に魅力的に映ったことでしょう。
このように見てくると「大はしあたけの夕立」は、構図や色を含め、独学で絵を学んだゴッホにとって非常に得ることの多い新鮮なものだったといえます。
それは、和紙と水性の絵具という日本特有の素材と当時世界でも類を見ない高度な木版技術によって浮世絵が制作されていたからこそともいえるのではないでしょうか。
日本独自の木版画技術が込められた浮世絵。 次回は、印象派の画家たちを魅了した「大はしあたけの夕立」に込められた、木版画の技術をご紹介しながら作品の魅力に迫っていきます。
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