アダチセレクト「話題の一枚。」

 

第二回目は、異色の絵師・写楽がどのように誕生したか?その謎に迫ります!

華麗なるデビュー、その裏には!?

写楽は、本作「三世大谷鬼次江戸兵衛」をはじめとする28枚の大判サイズの役者絵でデビューしました。大判サイズというと、皆さんもよくご存知の北斎「神奈川沖浪裏」と同じサイズで浮世絵では一般的な大きさです。

しかし当時は、出版リスクを回避するということもあったようで、絵師は細判といった小さなサイズの作品を手がけるところから始まることがほとんどでした。同じ版元の蔦屋からデビューした北斎ですら、細判の役者絵から始めたのですから、無名の絵師であった写楽が大判からというのは異例だったと言えます。

三世大谷鬼次の江戸兵衛 三世大谷鬼次の江戸兵衛 三世大谷鬼次の江戸兵衛
<写楽のデビュー作> <北斎初期の役者絵> <いずれも版元は蔦屋>

なぜ、無名であった写楽が大判で、しかも雲母摺と呼ばれる豪華なつくりをした一連のデビュー作を発表することができたのでしょうか。
その背景に迫ります!


写楽がデビューした頃は、天明の飢饉からの不況と寛政の改革による贅沢の禁止で、歌舞伎界は、幕府公認の芝居小屋として繁栄していた中村座をはじめとする三座も公演を打てないほど衰退していたようです。その影響は浮世絵にも及んでおり作品の内容から版元や絵師が罰を受けることもありました。今回取り上げる蔦屋もこの禁止令により写楽登場の数年前に罰を受けており、版元にとっては厳しい世の中であったことがわかります。
そんな厳しい状況ではありましたが、寛政6年は、三座とも初春恒例の「曽我物」を上演し評判も上々だったようで、興行が成功だったときに祝う「曽我祭」が各座で行われたといわれています。この「曽我祭」が行われた寛政6年5月は、ちょうど蔦屋が写楽の28図を出版した時期と重なります。

このことは、蔦屋がこのシリーズの出版にあたり「曽我祭」が行われ、歌舞伎界が活気を取り戻すことを願うと同時に、写楽のインパクトある作品を出版し、ヒットさせることで自らが置かれていた厳しい状況を一変させたいという願いもあったのではないでしょうか。写楽のデビューした時期が歌舞伎の初春や顔見世などの旬な時期ではなく一番地味なときであった理由もここからきていると言われています。
無名だけれども個性的な絵を描く絵師が豪華雲母摺りで、ブロマイドとしてだけではなく芝居の雰囲気に重点を置き描く新しいスタイルで庶民を驚かせ成功させることが蔦屋の狙いだったようです。
写楽の描く役者絵はただ格好良いだけではなく、歌舞伎などの古典芸能の醍醐味でもある、男性が女性を、老人が青年を演じることによる味わいや役者としてのチャレンジと鍛練の成果を見るという点も良く描かれており、当時の人々は芝居を見るように写楽の浮世絵を見たのではないでしょうか。

この「三世大谷鬼次の江戸兵衛」は28図の中でも一際インパクトがあり、手と顔の大きさや体勢のアンバランスさが個性的で、その芝居の臨場感を引き出しています。そして鬼次の顔は非常に特徴的で写真もなかった当時、庶民はどんな役者が演じているかをリアルに知ることができたでしょう。


大首絵から全身像、その変化とは?

「三世大谷鬼次の江戸兵衛」のように大首絵と呼ばれる役者のバストアップの構図で28図出したあと、第二期として同年7月に全身像をメインとした作品群を発表しています。

三世大谷鬼次の江戸兵衛

第二期の中で同じ役者「三世大谷鬼次」を描いた作品がこちら。写楽が描く個性豊かな表情から鬼次とすぐにわかりますが、その作風はがらりと変わり、まるで芝居のワンシーンを目の前で見ているようです。

<一世市川男女蔵の冨田兵太郎と三世大谷鬼次の川島治部五郎>

第1回でも取り上げた2枚の作品を並べて観ることによる臨場感は第二期以降も受け継がれ、大首絵から全身像へと移り変わりまた違った芝居の動きが感じられます。

三世大谷鬼次の江戸兵衛 三世大谷鬼次の江戸兵衛
<一世市川男女蔵の冨田兵太郎(左)/三世大谷鬼次の川島治部五郎(右)>

この変化は、第一期で役者の個性を描ききったあと、第二期では全身を描くことによって芝居の内容を描き出したかったからだと考えられています。

三世大谷鬼次の江戸兵衛

ダイナミックでインパクトのある第一期に対して女形ならではの足裁きやよじれた体の表現などが細かく描かれており、蔦屋と写楽が芝居の素晴らしさ・おもしろさを伝えようとする思いが感じられます。

<四世岩井半四郎の信濃屋お半>

 

写楽の役者絵シリーズは全部で四期に分けられていますが、中でもやはり江戸の人々を驚かせた第一期のデビュー作は、より役者の真に迫った描写がされていると同時に、黒い雲母を使った背景の処理が当時とても革新的であったといえます。その革新さは、現代の私たちにとっても変わることなく「三世大谷鬼次の江戸兵衛」は中でも人気No.1の名作といえます。

次回は、この写楽の革新さを支えた黒い雲母をはじめとする制作の秘密について焦点をあて取り上げていきます。

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アダチセレクト「話題の一枚。」

 

世界が認めた異色の絵師・東洲斎写楽の傑作

年末の定番・忠臣蔵の公演や年始の顔見世など、一年で最も歌舞伎界が活気づき話題にも登るこの季節。
今年最後のアダチセレクト「話題の一枚。」は、東洲斎写楽が描いた役者絵の傑作「三世大谷鬼次の江戸兵衛」をご紹介します。


悪役VS善玉!対立する迫力の構図

誰もがどこかで一度は目にしたことのあるこの作品。具体的にはどのような役のどのような場面なのでしょうか。

本図は寛政6年5月、河原崎座で上演された、大名の家臣・伊達与作と奥女中・重の井の不義密通を巡る事件を中心にした芝居「恋女房染分手綱」の登場人物のひとりを描いたもの。

若殿・佐馬之助が芸者を身請けするために用意した大金を運ぶ奴一平を襲う悪役がこの江戸兵衛です。
脅すように両手を広げて迫る様子は確かに悪者の凄味が感じられます。

三世大谷鬼次の江戸兵衛 市川男女蔵の奴一平
<金を奪おうと迫る江戸兵衛(左)と守ろうと構える奴一平(右)>

 

写楽は対立するこの二人の関係を画面上でも表現しようと試みました。この二人を描いた二図の大首絵を並べると、互いに向き合い構えた、まさに見せ場の場面になっているのが分かります。舞台の緊張がそのまま伝わってくるような、臨場感溢れる構図です。


人気の役者絵こそ浮世絵の本質!?

写楽が「恋女房染分手綱」の舞台を描いたのは、この対になる二図だけではありません。
同じ演目から他にも七図の様々な役者と役柄を描いています。

当時の役者絵はいわば人気アイドルのブロマイドのようなものであり、興業にあわせて舞台上の役者を描いた作品が売りだされると、ファンはそれぞれが贔屓にする役者の絵をこぞって買い求めました。

市川鰕蔵の竹村定之進 四世岩井半四郎の乳人重の井 三世坂東彦三郎の鷺坂左内 谷村虎蔵の鷲塚八平次 坂東善次の鷲塚官太夫妻小笹と岩井喜代太郎の鷺坂左内妻藤波 三世市川門之助の伊達の与作 二世小佐川常世の竹村定之進妻桜木
<河原崎座の上演にあわせて売り出された役者絵の数々>

現在数多く残る風景画の浮世絵が脚光を浴びるのは後年、葛飾北斎が「冨嶽三十六景」で評判となって以降であり、それまではこうした役者絵や美人画が浮世絵のメインジャンルでした。

今一番評判の芝居、評判の役者といった世間の流行の最先端をいち早く描き、鮮度の良い話題性のある作品を生み出すことこそ「浮世を描いた絵」浮世絵の本質といえます。


世間を驚かせた異色の役者絵

歌舞伎の公演の度、様々な絵師によって数多くの役者絵が制作されましたが、その中でなぜ写楽が今日これほど知られているのでしょうか。

当時のファンが買い求めた役者絵は役者をいかに見栄え良く描くかが重要でした。

対して写楽は大首絵でクローズアップした役者の顔の特徴を誇張を加えて克明に描き、その素顔をリアルに描き出しました。その特徴が特に顕著で分かりやすい作品こそがこの「三世大谷鬼次の江戸兵衛」です。

きつく釣った目元や大きな鷲鼻、突き出した顎の線。ここでの大谷鬼次は決して美男には描かれていませんが、悪役になりきって演じる役者の迫力に満ちています。

三世大谷鬼次の江戸兵衛
<釣った目元や鷲鼻を誇張した描写に悪役の迫力が良く出ています>

 

三世沢村宗十郎の大星由良之助 かうらいや

この斬新な作風は始め驚きをもって迎えられましたが、顔立ちの欠点まで浮き彫りにする描写は役者やファンの支持を得られず、役者絵において時の寵児となったのは美麗な画風で人気を得た同時期の絵師・歌川豊国でした。

左/豊国「三世沢村宗十郎の大星由良之助」
右/豊国「かうらいや」

<写楽と同時期にデビューした豊国は華のある画風で人気を得ました>

 

こうして当時は大成できなかった写楽ですが、それから約100年後ドイツ人ユリウス・クルトの著書によって世界三大肖像画家の一人として紹介されると、他の絵師とは一線を画す真に迫った描写が世界で絶賛され改めて評価をされるに至りました。

ユリウス・クルト「写楽 SHARAKU」
<世界三大肖像画家の一人として写楽を取り上げたドイツ人ユリウス・クルトの著書>

 

絵師としては異色であった写楽と本図が後世において誰もが知るところとなったのは、その鋭い観察眼と忌憚のない正直な表現によって美醜だけではない役者の人柄や内面までも描き出してみせた点にあると言えるでしょう。

世界が認めた浮世絵師・東洲斎写楽。
次回はその異色の絵師誕生の背景に隠された謎に迫ります!

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本日は立冬。暦の上では冬を迎え、日ごとに寒さを感じる季節となりました。

目白ショールームでは、冬をテーマに展示替えを行いました。当時の冬の過ごし方を垣間見られる「炬燵」を描いた作品や、酉の市や大晦日などのこの時期の風物詩を描いた広重の名作、雪を愛でながら宴を催す女性たちを描いた清長の二枚続きなどお楽しみいただけます。

季節に合わせた浮世絵を探しに、ぜひ目白ショールームへお越しください。
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/showroom/

現在開催中、および今月開催のオススメ浮世絵展覧会をご紹介します!
各地で芸術の秋を満喫する魅力的な浮世絵の展覧会が目白押しです。

 

◆ 今月のPick up!オススメ浮世絵展覧会

 
 

東海道の宿場町・由比にある静岡市東海道広重美術館では、名所絵を得意とした歌川広重と役者絵や美人画で人気を博した三代歌川豊国の幕末を代表する二人の絵師が、一つの画面に筆を寄せた『雙筆五十三次(そうひつごじゅうさんつぎ)』、『東都高名會席盡(とうとこうめいかいせきづくし)』の作品をご覧いただける展覧会が開催されます。同じ画面の中で二人の絵師の筆遣いや発想の面白さを感じられ、新たな発見もあるのではないでしょうか。

 

また、1970年代にイラストレーターの山藤章二さんや和田誠さんに絵師になっていただきアダチ版画の彫・摺の技術で制作した現代の木版画も展示。江戸と現代の人気絵師による「めいしよ(名所)」と「にかほ(似顔)」の筆くらべをお楽しみいただける展覧会です。

秋の行楽シーズンに、由比を訪れてみるのはいかがでしょうか。



静岡県東海道広重美術館 (静岡 由比)
めいしよ×にかほ -浮世絵筆くらべ-
2014年11月18日(火)~2015年2月1日(日)


◆ アダチ版復刻浮世絵の取り扱いがある美術館・博物館

下記でご紹介する美術館・博物館では、常時アダチ版復刻浮世絵をお求めいただけます。(お求めいただけない商品もございますので、ご了承ください。)


太田記念美術館 (東京 原宿)
没後150周年記念 歌川国貞
2014年10月1日(水)~11月24日(月)


中山道広重美術館 (岐阜 恵那)
サカツ・コレクション 日本のポスター芸術
浮世絵、引札から始まった広告アート」
2014年10月2日(木)~11月30日(日)


広重美術館 (山形 天童)
勇 《国芳の武者絵》
2014年10月31日(金)~11月24日(月)

 

北斎館 (長野 小布施)
秋の館蔵 肉筆名作選
2014年9月11日(木)~11月24日(月)


東京国立博物館 (東京 上野)
浮世絵と衣装-江戸(浮世絵)
2014年10月28日(火)~11月24日(月)

 

◆ その他、オススメの浮世絵展覧会

会場出口にてアダチ版浮世絵販売あり!

上野の森美術館 (東京 上野)
ボストン美術館
浮世絵名品展 北斎
2014年9月13日(土)~11月9日(日)

会場出口にてアダチ版浮世絵販売あり!

京都市美術館 (京都 左京区)
ボストン美術館
華麗なるジャポニスム展
2014年9月30日(火)~11月30日(日)



フランス国立美術館連合
グラン・パレ
(フランス パリ)
国際交流基金・グランパレ共催
「北斎展」
2014年10月1日(水)~1月18日(日)

 

東洋文庫 (東京 千石)
東洋文庫創立90周年 岩崎コレクション
~孔子から浮世絵まで~
2014年8月20日(水)~12月26日(金)


水田美術館 (埼玉 坂戸)
食べて健康!浮世絵にみる江戸の食
2014年11月11日(火)~12月6日(土)


秋田県立近代美術館 (秋田 横手)
招き猫亭コレクション「猫まみれ展」
2014年9月21日(日)~11月24日(月)

品質へのこだわり

品質へのこだわり

アダチの浮世絵は、手にして初めて分かる、熟練の技術と日本の伝統が詰まっています。

製作工程

制作工程

一切機械を使うことなく一枚一枚職人の手仕事により丁寧に作られている木版画です。

厳選素材・道具

厳選素材・道具

江戸当時の風情を感じられる当時の浮世絵の再現にこだわり、厳選した素材と道具を使用。

職人紹介

職人紹介

最高の作品を創り出すために、日々技術の研鑽を積む熟練の職人たち。

浮世絵の基礎知識

浮世絵の基礎知識

意外と知らない?浮世絵の世界。浮世絵の基礎知識をご紹介。