28枚にも及ぶ大判サイズの役者大首絵という華麗なるデビューを果たした謎の絵師、東洲斎写楽について二回にわたりご紹介してきました。
最終回となる今回は、本作の特徴的な黒い背景に焦点を当て、アダチならではの制作の視点からその魅力について迫ります!
シンプルな黒い背景に隠されたこだわり
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何も描かれず、鈍く光を反射する黒い背景。
この背景の部分には、鉱物の一つである雲母(うんも)の粉末と、接着剤の役割をする膠(にかわ)を混ぜた「雲母(きら)」といわれるものを刷毛で和紙の上にのせています。 |
<「三世大谷鬼次 江戸兵衛」の黒い背景> |
以前、話題の一枚でも取り上げた喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」と同様に、背景以外の人物の部分が隠れるように渋皮の型紙をあて、雲母(きら)を刷毛で引いてくこの技法は、「雲母引き(きらびき)」と呼ばれています。 |
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<当時の浮世絵と同じ質感を再現する“雲母引き”> |
「三世大谷鬼次 江戸兵衛」の場合は、黒い背景から黒雲母(くろきら)と呼ばれています。
歌舞伎では現代のように照明が明るくなかった江戸時代に、薄暗い中でも舞台映えするために、白塗りをするようになったと言われています。
白塗りの顔をさらにはっきりと見せるため背景に黒雲母(くろきら)を施す工夫を凝らしたのではないでしょうか。
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<“雲母引き”がより一層白塗りを際立たせている> |
制作の工夫が垣間見える"省略の美"
歌舞伎は江戸庶民の娯楽の中心とされていました。そのため役者絵は大変人気があり、歌舞伎役者のブロマイドの役割を果たしていました。
版元は、芝居の演目・役者・役柄に合わせ、興行が始まると同時にいかに早く歌舞伎役者の浮世絵を出版するかを考え、競い合うかのように制作したと言われています。
そうしたなかで、版の枚数や摺りの回数を極力抑え、少ない工程で魅力的な作品をつくりあげるために、制作の工夫が生み出されたのではないでしょうか。
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<“雲母引き”がより一層白塗りを際立たせている> |
いかに早く出版するかという限られた制約の中で作り上げられた浮世絵だからこそ、省略された雲母引き(きらびき)の背景や、簡略化された線の美しさを感じることができます。
そうした"省略の美"が私たちを引き付ける浮世絵の魅力の一つかもしれません。
3回に渡ってご紹介した「三世大谷鬼次 江戸兵衛」の魅力、充分に感じていただけたでしょうか。浮世絵制作に秘められた版元や絵師、職人たちの情熱や気概は、今なお現代に息づいています。
江戸庶民が手に取り浮世絵の魅力を味わったように、本作をお楽しみください。 |
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東洲斎写楽「三世大谷鬼次の江戸兵衛」 商品詳細はこちら >>