錦を思わせる色鮮やかさから「錦絵」と呼ばれた多色摺の浮世絵版画の誕生から、ちょうど今年で250年。
その節目となる年を記念したアダチ版画の新作復刻、「錦絵」誕生の祖と呼ばれる浮世絵師・鈴木春信の傑作「夜の梅」がこの度、完成いたしました。
闇夜に漂う香りに誘われ、手燭をかざして白梅を見上げるひとりの美人。
深い黒の背景に白梅と美人の姿が浮かび上がる情景を幻想的に描いた本図は、闇夜の静寂やそこに漂う白梅の香りまで感じられそうな一枚です。 |
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鈴木春信 「夜の梅」 |
「錦絵」が誕生するまで
今年、250年を迎えた「錦絵」。その誕生と春信の関わりとはどんなものだったのでしょうか。
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今から250年前、明和2年(1765年)に鮮やかなフルカラーの「錦絵」が登場するまで、浮世絵は墨に紅・草(緑)などの色を入れた「紅摺絵」が中心でした。
多色摺ではあるものの、「紅摺絵」の時点では色数は墨以外の二色程度が重ねられたものでした。 |
石川豊信 「中村喜代三郎 市村亀蔵 おきく 幸助」
<墨と紅・草(緑)で表現された「紅摺絵」> |
この限られた色数で便宜上の色を表現していた「紅摺絵」に対し、目に見える色をそのまま再現できる「錦絵」が出現したときの圧倒的な存在感には、当時の人々はさぞ驚いたことでしょう。
「錦絵」誕生のきっかけ
この「錦絵」誕生のきっかけとなったのは、明和2年に起こった絵暦交換会のブームでした。絵暦とはその名の通り絵入りのカレンダーのこと。
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江戸時代の暦は太陰暦でしたので、30日ある大の月と29日ある小の月が毎年変動していました。
この大小の月を絵の中にはめ込んだものが絵暦です。 |
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<浴衣の柄にその年の大の月が書き込まれています> |
鈴木春信 「夕立」 |
絵暦の交換会が流行すると、裕福で教養のある趣味人たちがそれぞれに趣向を凝らした絵暦を作り、互いに優劣を競い合いました。その中心となったひとりが旗本・大久保甚四郎、俳名を「巨川(きょせん)」と言います。
巨川は他の誰より優れた絵暦を求め、春信に作品を描かせると共に、一流の彫師・摺師たちに技術の改良をさせたと言われています。巨川というスポンサーのもと春信と職人たちは創意工夫を凝らし、色彩豊かな多色摺りの「錦絵」を完成させたのです。
職人たちの創意工夫
では、それまで不可能だったフルカラーの「錦絵」を可能にした、職人たちの工夫とはどんなものだったのでしょうか。
◎ 画期的な発明――「見当」
「見当」とは色を正確に摺り重ねるために版木に刻まれた紙の位置を示す目印です。版木の右下のカギ見当と、左下の一文字の引き付け見当に紙を合わせることで、ずれることなく何色も版を摺り重ねることが出来ます。
一見、とても簡単なことのように思われますが、この「見当」の発明によってそれまで不可能だった多色摺りが可能になった、非常に画期的な発明でした。
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<紙の水平を取る「引き付け見当」(左)と紙の角を合わせる「カギ型見当」(右)> |
「紅摺絵」の頃にも版木に印をつけ目印にしていた可能性はあるものの、紙一枚分の溝がつくられた「見当」が開発されたことで、精度が高くより効率的に多色摺りが実現したと考えられます。ちょっとした工夫が浮世絵の発展を促したと言えますね。
【まめ知識】
浮世絵版画で重要な意味を持つこの「見当」。皆さんもよく聞く慣用表現にある「見当をつける」は、この浮世絵版画の「見当」と一緒なんです!
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◎ 丈夫で発色の美しい和紙――「奉書」
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春信の絵暦に用いられたのは、「奉書」と呼ばれる公文書にも用いられた上質の和紙でした。繊維が長く厚手でふっくらしており、丈夫で発色も良いのが特徴です。
この紙を使うことで、何度も版を摺り重ねる多色摺りに耐えるとともに、「錦絵」の鮮やかな色彩を表現することが出来たのです。 |
<丈夫で発色の美しい、ふっくらとした風合いの奉書> |
巨川の指揮のもと春信と職人たちが試行錯誤の末、完成させた色鮮やかで美しい絵暦。その美しさに目を付けた版元が私的な配り物だった絵暦を一般向けの賞品として売り出すと、「錦絵」は江戸庶民の評判を呼びました。
当時、文化の中心は上方(京都)であり、その上方からの「くだりもの」が高級品とされる一方、江戸地産のものは「くだらない」と言われ評価をされませんでした。
その「くだらない」吾妻(東)の地で誕生したフルカラーの浮世絵は「吾妻錦絵」と呼ばれ、江戸の名物となりました。世間を驚かせた春信の「錦絵」は、上方を越える美術工芸品として江戸っ子たちの誇りとなったのです。 |
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そして「錦絵」誕生により評判となった春信は、当代一の人気絵師となりました。 |
今回錦絵誕生250周年を記念して新復刻、完成した「夜の梅」は、現存数の少ない貴重な作品であるとともに、作品の随所に春信の世界観をご堪能いただける傑作です。和紙に色鮮やかに摺りあげられた、まさに「錦」のような本作をどうぞお楽しみください。
次回はその傑作「夜の梅」について、制作の視点からご紹介致します。どうぞご期待ください!
新作復刻完成!鈴木春信「夜の梅」 商品詳細ページはこちら >>