東京・目白に工房を構え、復刻版の浮世絵や現代木版画を制作しているアダチ版画研究所では、毎月、全国各地で行われている浮世絵の展覧会情報を更新しています。現在開催中、および8月開催のオススメ浮世絵展覧会をご紹介します!各地で魅力的な浮世絵の展覧会が目白押しです。
なお、新型コロナウイルスの影響により営業時間等が変更になる場合がございますので、必ず各館の公式HPをご確認の上お出かけください。

 

◆ 8月のPick up!オススメ展覧会

 

東京・原宿にある太田記念美術館では、7月30日より、企画展「浮世絵動物園」が開催されます。

 


浮世絵にはさまざまな動物が登場します。ペットとして愛される猫や犬、日々の営みを助けた馬や牛など身近な動物はもちろん、おめでたい鶴や亀、舶来の象や豹、はては地震を起こすとされた鯰までもが描かれています。また浮世絵師たちは、想像力を駆使し、擬人化した動物やこの世に存在しない珍獣も生み出しました。
本展では、葛飾北斎や歌川広重をはじめとする代表的な絵師の作品はもちろん、擬人化動物を得意とした歌川芳藤や、太田記念美術館のTwitterのアイコンでもお馴染みの、愛らしい珍獣・虎小石を生み出した歌川芳員など、40人におよぶ絵師の作品約160点が展示されます。(前期・後期で全点入替え)バラエティに富んだ浮世絵の動物表現を存分に楽しめる、見応えたっぷりの展覧会です。
また、7月9日(土)~9月25日(日)の期間中、「渋谷で日本美術めぐり」と称し、太田記念美術館と山種美術館の2館相互割引もございます。ぜひこの夏は美術館で涼しい夏を過ごされてはいかがでしょうか。



 
太田記念美術館 (東京・原宿)
浮世絵動物園
7月30日(土)~9月25日(日)



◆ アダチ版復刻浮世絵の取り扱いがある美術館・博物館

下記でご紹介する美術館・博物館では、常時アダチ版復刻浮世絵をお求めいただけます。(お求めいただけない商品もございますので、ご了承ください。) 「実際に復刻版の浮世絵を見てみたいけれど、目白のショールームまで来るのは難しい...」という方も、ぜひお近くの美術館・博物館でご覧いただければ幸いです。

すみだ北斎美術館 (東京・両国)
北斎 百鬼見参
6月21日(火)〜8月28日(日)
信州小布施 北斎館 (長野・小布施)
わくわく!WORK
6月18日(土)~8月28日(日)
中山道広重美術館 (岐阜・恵那)
人だらけ-街の雑踏を見る-
7月28日(木)~8月28日(日)
 
東京国立博物館 (東京・上野)
浮世絵と衣装―江戸
通年展示
静岡市東海道広重美術館 (静岡・清水)
浮世絵で学ぶ日本史
源平の争いと鎌倉幕府
7月12日(火) ~9月11日(日)
 

◆ その他、オススメの浮世絵展覧会

安城市歴史博物館 (静岡・南安城)
怖~い浮世絵
7月16日(土)~9月4日(日)
港区郷土資料館 (東京・白金台)
"Life with ネコ"展
7月16日(土)~9月11日(日)
国立歴史民俗博物館 (千葉・佐倉)
水滸伝ブームの広がり
8月3日(水)~ 9月4日(日)
 
名古屋市博物館 (愛知・名古屋)
もしも猫展
7月2日(土)〜8月21日(日)
山種美術館 (東京・広尾)
水のかたち
7月9日(土)~9月25日(日)
 




島根県立美術館 (島根・松江)
北斎コレクション
常設展示

アダチ版「凱風快晴」
摺順序・版木の展示あり!


白山文化博物館 (岐阜・郡上)
葛飾北斎『諸国瀧廻り』と阿弥陀ヶ滝
7月23日(土)~9月19日(月・祝)
アダチセレクト「話題の一枚」大はしあたけの夕立


前回は、「大はしあたけの夕立」が印象派の画家たちに与えた影響や、広重が本作に込めた工夫とこだわりについてご紹介してきました。後半となる今回は、本作に秘められた浮世絵制作の技について迫ります。(2023年5月6日 追記・再編集)

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版下絵から見えてくる制作の秘密

絵師・彫師・摺師・と分業制の浮世絵制作において、浮世絵師は線だけで構成された版下絵(はんしたえ)を描きます。
ここで、「大はしあたけの夕立」の版下絵を見てみましょう!

歌川広重「大はしあたけの夕立」の版下絵
<歌川広重「大はしあたけの夕立」の版下絵>


えっ?これだけ!?と驚かれたのではないでしょうか?
本作品の完成図と比べてみると、描かれていない部分が多いことが見て取れるかと思います。

版下絵に描かれているのは、手前を横切る大橋・急ぎ足で橋を渡る人々・そして川に浮かぶ船と船頭ただそれだけなのです。

 

それに対し、皆さんがよくご存知の葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を見てみましょう!

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵
<葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵>


絵のほとんどが線で描かれているので、摺り上がりの全体像が、輪郭線だけで想像することができるかと思います。


輪郭線の中に一色ずつ色を摺るという"線"と"面"で構成される浮世絵版画。
上の二図を比べてみても、北斎が"線"で描くことを得意としたのに対し、広重は"面"を効果的に利用した絵師といえるでしょう。


そして、本作の場合、対岸にかすんで見える街並みは、輪郭線をあえて描かずに、面を使ってシルエットで柔らかく表現しています。

かすんだシルエットで表現された対岸の街並み
<かすんだシルエットで表現された対岸の街並み>


二次元の絵の中で、効果的に空間と距離を感じさせる見事な表現方法といえるのではないでしょうか。

わずか二回の摺りで大雨を降らせる!夕立の秘密

では、本作の見どころともいえる"夕立"は、いったいどのように表現されたのでしょうか。

版木二面だけで表現する激しく降りつける雨
<版木二面だけで表現する激しく降りつける雨>

実際に雨を摺る際に使う版木を見てみると、まるで定規で線を引いたかのようにまっすぐな線が無数に彫ってあります。
摺り上がりでは幾重にも見える雨ですが、実際にはわずか版木二面を使っているだけなのです。

うすい墨と濃い墨の二種類で摺り分け、さらに雨の角度に微妙な変化をつけることで激しく打ち付ける夕立を表現しています。


2つの雨の版を図解してみると、雨の線を重ね合わせることで強い雨脚を表現しているのがわかります。

この降りつける夕立を作り出すには、なんといっても緻密な彫が重要。
一円玉と比較すると一目瞭然です。

熟練の技術を要する緻密な彫


これほど繊細な彫となると、当時から技術を認められた彫師だけが彫ることを許されたと考えることができます。熟練の技術を要する緻密な彫は、まさに彫師の腕の見せどころ。間近で見ていただきたいポイントです。

熟練の技術を要する緻密な彫
<熟練の技術を要する緻密な彫>


暗雲が垂れ込む!摺師の技が魅せる空模様

そして、空には黒々とした雨雲が垂れ込めています。本作で描かれている夕立は、まさに今でいうところの"ゲリラ豪雨"でしょうか。

作品上部にぼかしを入れ、その色を変えることで季節や時間・天候までをも表現した広重ですが、本作においても墨でぼかしを入れることで暗雲を表現しています。

暗雲が垂れ込む空模様
<暗雲が垂れ込む空模様>

 

この雨雲がモクモクと垂れ込む様子を表現するために、"あてなしぼかし"と言われる摺りの技法が使われています。これは版木に雲の形が彫ってあるのではなく、平らな板の上を刷毛を使って雲の形を描くようにぼかしを作ります。

一度に100枚程度を仕上げる摺師にとって、まったく同じ形の雲に摺るこの"あてなしぼかし"は、熟練の摺師にしかできない大変高度な技なのです。

摺師の腕の見せどころ あてなしぼかし
<摺師の腕の見せどころ"あてなしぼかし">

 

2回に渡って歌川広重の代表作「大はしあたけの夕立」をご紹介しましたが、本作の魅力を充分にお楽しみいただけましたか?

風景画の常識を破り、縦長の画面を最大限に活かした大胆な構図や、和紙に水性の絵の具を摺り込むことで生まれた"広重ブルー"など、江戸の庶民を楽しませるために工夫したことで生まれた浮世絵の魅力が、西洋の画家たちにも大きな影響を与えたと言えるのではないでしょうか。
このコラムを通して、広重が本作に込めた工夫とこだわりを感じていただければ幸いです。

歌川広重「大はしあたけの夕立」
歌川広重「大はしあたけの夕立

 

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アダチセレクト「話題の一枚」大はしあたけの夕立

突然の激しい夕立に慌てる人々が急ぎ足で橋を渡っていく。
そんな一瞬の季節の情景を鮮やかに描いた本図は、印象派の画家ヴァン・ゴッホが模写をしたことで世界的にも知られています。

第三弾となるアダチセレクト「話題の一枚。」は、風景画の大家・歌川広重の最も有名な代表作「大はしあたけの夕立」。その見所と共に、本図が海外の美術へ与えた影響や、制作に秘められた技まで2回にわたって詳しくご紹介いたします。(2022年7月5日 追記・再編集)

工夫とこだわりが詰まった、歌川広重の集大成!

本図「大はしあたけの夕立」は、江戸近郊の様々な風景を描いたシリーズ「名所江戸百景」の中の一図。隅田川の下流、幕府の御用船安宅丸の船蔵があった辺りに掛かっていた大橋を見下ろすような構図で捉え、突然降り出す夏の夕立の激しさを詩情たっぷりに描いた臨場感あふれる傑作です。この作品を描くにあたり広重は様々な表現の工夫を凝らしました。

◎風景画の常識を破る縦長の構図

西洋でもそうですが、ほとんど風景画は横長の画面に広く描くのが定番といえるのではないでしょうか。広重自身も、30代で描いた代表作「東海道五十三次」は横長の画面で描いています。
その後、広重は試行錯誤の末、縦長の画面で風景の一部分を切り取って描く表現方法に辿り着いたといわれています。広重は最も描きたい部分を限定して画面の中に切り取ることで存在感を強調し、更に俯瞰や遠近法といった自在な視点の変化を組み合わせて、非常にインパクトのある構図を作り出しました。
この縦長の画面を最大限に生かしているのが晩年に手掛けた「名所江戸百景」シリーズ。天高くから降る雨の激しさが際立つ本図もその一つです。

Pick up!「名所江戸百景」
代表作「東海道五十三次」を始めとする全国各地の風景を描いてきた歌川広重が最晩年に手掛けた、広重の画業の集大成といえる一大シリーズ。大胆奇抜な構図と四季折々の豊かな季節感を感じさせる優れた名作が揃っています。

歌川広重「庄野 白雨」 歌川広重「大はしあたけの夕立」
歌川広重 「庄野 白雨」 歌川広重 「大はしあたけの夕立」
<30代で描いた雨の傑作「庄野 白雨」は横長の画面> <晩年の60代に描いた本図。縦長の画面。>
 
歌川広重「庄野 白雨」 歌川広重「大はしあたけの夕立」
「庄野 白雨」の雨の板 「大はしあたけの夕立」の雨の板
<「庄野 白雨」では面で、「大はしあたけの夕立」では線で表された雨。雨脚の強さも異なって見える。>

 

◎躍動感を与える斜めの画面構成

本図を見ると画面を斜めに横切る橋が手前に描かれ、雨に霞む遠景の対岸は橋と逆の角度でやはり少し斜めに描かれています。このジグザグとした傾きが画面に動きを与え、雨や橋の上を行き交う人々の勢いを強調しています。
写実性よりも臨場感を重視した表現方法に、感性を重視する広重の柔軟な発想が伺えます。


<ジグザグとした傾きが画面に動きを与えている>

 

◎世界で賞賛される"広重ブルー"

川の流れに入れられた濃い青のぼかし。水面の浅い水色からのグラデーションが川の深さを感じさせ、画面に自然な奥行きを与えています。

この一際目を惹く濃い青色に用いられているのが、当時、海外から新しく輸入された人工の絵具プルシアンブルーです。元々ベルリンで科学的顔料として作られたため、浮世絵においてはベロリン(ベルリン)の藍、通称「ベロ藍」と呼ばれました。
これまでの浮世絵には使われていなかった鮮やかな発色は江戸っ子の評判を呼び、それを受けて北斎や広重の風景画にも非常によく使われました。

<画面に奥行を与え、水の深さを表現する濃い青のぼかし>


水で溶いた絵具を和紙に摺りこむことで生まれる浮世絵特有のすっきりとした軽さや鮮やかな発色はが、それまでの西洋絵画の厚みのある油彩を見慣れた人々の目に新鮮に映ったのではないでしょうか。

こうして元は西洋で生まれた青色は、浮世絵を生んだ絵師・広重のセンスや職人の高度な木版技術によって、日本の浮世絵を代表する色「広重ブルー」として全く新たな評価をされるようになったのです。

<和紙に水性の絵具を摺りこむ木版画ならではの鮮やかな発色>

 

様々な工夫や拘りを込めて描かれた広重の作品は当時の江戸庶民を楽しませただけでなく、海を越えた印象派の画家たちに大きな衝撃を与えました。中でも、「ひまわり」などの作品で世界的に高い評価を受けているゴッホはこの「大はしあたけの夕立」や同シリーズの「亀戸梅屋舗」を熱心に模写し、その作風にも多大な影響を受けたと言われています。

西洋にはあまり見られない、上から見下ろすような大胆な構図や、和紙に水性の絵の具を摺りこんだ木版特有の鮮やかで明るい色彩は、ゴッホの目に非常に魅力的に映ったことでしょう。

このように見てくると「大はしあたけの夕立」は、構図や色を含め、独学で絵を学んだゴッホにとって非常に得ることの多い新鮮なものだったといえます。

それは、和紙と水性の絵具という日本特有の素材と当時世界でも類を見ない高度な木版技術によって浮世絵が制作されていたからこそともいえるのではないでしょうか。

日本独自の木版画技術が込められた浮世絵。
次回は、西洋の画家までもを魅了した「大はしあたけの夕立」に込められた、木版画の技術をご紹介しながら作品の魅力に迫ってまいります。
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品質へのこだわり

品質へのこだわり

アダチの浮世絵は、手にして初めて分かる、熟練の技術と日本の伝統が詰まっています。

製作工程

制作工程

一切機械を使うことなく一枚一枚職人の手仕事により丁寧に作られている木版画です。

厳選素材・道具

厳選素材・道具

江戸当時の風情を感じられる当時の浮世絵の再現にこだわり、厳選した素材と道具を使用。

職人紹介

職人紹介

最高の作品を創り出すために、日々技術の研鑽を積む熟練の職人たち。

浮世絵の基礎知識

浮世絵の基礎知識

意外と知らない?浮世絵の世界。浮世絵の基礎知識をご紹介。