アダチセレクト 話題の一枚 歌川広重「真間の紅葉手古那の社継はし」 |
アダチセレクト・話題の一枚は、毎回一人の絵師とその作品を取り上げ、木版制作工房としての視点なども含めながら、作品とその制作背景などをご紹介していく連載企画です。 今回は、今この季節にふさわしい、風景画の大家・歌川広重が描いた秋の名作をご紹介します。 |
「真間の紅葉手古那の社継はし」は、広重が晩年に江戸近郊の様々な風景を描いたシリーズ「名所江戸百景」の中の一図。ここに描かれている真間は、現在の千葉県市川市にあたります。真間の手古那神社の近くには、紅葉の名所・弘法寺があり、作品の中央には、その弘法寺の継橋が描かれています。近景には赤く色づいた楓の葉を大きく配し、その間から筑波山などを望む大胆な構図が印象的な名作です。
今回は、中でもひときわ目を引く「紅葉」に焦点をあて、制作の視点から広重のアイデアに迫ってまいります。 |
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■ 紅葉を染めるビビッドな橙色 ー 「丹(たん)」 |
作品の中央に描かれた紅葉に用いられている、明るい橙色。あまり他の浮世絵には見ない色合いで、珍しさを感じる方も多いのではないでしょうか?ここで用いられているのは、「丹(たん)」という鉛を含んだ鉱物系の絵具です。 |
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丹の絵具。その成分から鉛丹とも呼ばれます。 |
この「丹」を筆で手彩色した「丹絵(たんえ)」など、初期浮世絵の時代からアクセント的な色として使用されてきた「丹」。 |
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 初代鳥居清倍「市川団十郎 竹抜き五郎」 |
しかしながら、多色摺が可能になった鈴木春信以降の浮世絵師の多くは、橙色を摺る時に「丹」は使わず、赤や黄色などの絵具の混色によって橙色を表現してきました。広重と同時代の浮世絵師、北斎の「冨嶽三十六景」の中の一図、「甲州三坂水面」に描かれた富士山の山肌の橙色の部分にも「丹」は使われていません。 |
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葛飾北斎「甲州三坂水面」 澄んだ空気の中そびえる富士の山肌は、丹に比べると軽やかな橙色です。 |
一方で広重は、今回取り上げた「真間の紅葉手古那の社継はし」をはじめ、「丹」を用いて秋の山々を染める紅葉を表現しています。 |
華やかで存在感のある「丹」は、燃えるような紅葉を表すのにぴったりの色合いです。
更に、紅葉以外で「丹」が用いられているものも見てみましょう。歌川国芳は、勇ましい侠客が手にする刀に「丹」を用いました。 |
透明度が低く、独特の質感を持つ「丹」からは、強さや重厚感が感じられます。武者絵を彩るのにも、「丹」は似合いの色だといえるでしょう。
このように「丹」は、混色によって作り出される橙色では表現することのできない鉱物系特有の重さがあり、強い存在感をはなつ絵具です。浮世絵師たちは、このような存在感が必要だと思われる部分に「丹」を使用し、その独特の風合いを活かしてきました。 広重は、この作品では特に紅葉の存在感を押し出したかったので、「丹」という絵具を使ったのでしょう。 |
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■ 紅葉を際立たせる構図と摺の技 |
また、「真間の紅葉手古那の社継はし」は、摺の工程において微妙な色のバランスが難しい作品でもあります。
近景の紅葉、中景の手古那神社や弘法寺の継橋、遠景の山々、そして多用されているぼかしと、数多くの要素の中でも、手前に描かれた大きな紅葉がひときわ目を引くようにするために、どのような工夫が施されているのでしょうか。摺師に制作のポイントを尋ねてみました。 |
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紅葉の奥には、神社などの建物や行き交う人々、 林や山々など様々なものが描きこまれています。 |
「この作品の主役である紅葉を引き立たせるためには、なんといっても遠近感が重要だと思っています。手前に大きく紅葉を配置した構図をより効果的に見せるために、近景に描かれているものが鮮やかに見えるよう、全体の色調を調整して摺るように意識しました。 |
また、絵の中に描かれているものが多いので、紅葉の存在感がきちんと出るように、紅葉に用いられている2色の丹の色合いやコントラストにも特に気を配っています。」 |
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たしかに本作を見てみると、暗い色合いの水性の絵具が画面の奥の方に、「丹」などの存在感の強い鉱物性の鮮やかな絵具が画面の手前の方にあります。 |
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紅葉に用いられた「丹」の絵具の鮮やかさや質感も、遠近感に影響を与えています。 |
この色調や質感の差によって画面に遠近感が生みだされており、摺師はこうした絵師の意図を汲み取りながら作品を摺り上げているのです。 |
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今回は画中の「紅葉」というモチーフと、それに用いられた「丹」の絵具に注目して、歌川広重「真間の紅葉手古那の社継はし」に迫ってまいりました。実は広重は、このほかにもこの「丹」を用いて紅葉を描いた作品を残しています。 |
他の絵具にはない、独特な存在感のある「丹」という絵具をつかって紅葉の魅力を存分に表現した広重。この秋は広重の描いた紅葉の名作で、紅葉狩りを楽しんでみてはいかがでしょうか。 |
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また、アダチ版画の目白ショールームでは、作品を実際にお手に取ってご覧いただけます。写真や画像では伝わりきらない魅力的な質感を間近にお楽しみいただけますので、ぜひお近くにお越しの際にはお立ち寄りくださいませ。 |
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