■広重作品の叙情性の秘密 ~制作の視点から読み解く~
広重の風景画はどれも詩的な趣や叙情性を高く評価され、今でも風景画の名手としてその名を広く知られています。それでは、なぜ広重の作品はこれほどまでに叙情性に溢れ、人々の心を惹きつけるのでしょうか。現在雨の浮世絵の企画でご紹介している2つの作品の制作工程を通して、広重作品の抒情性の秘密を見ていきましょう。 |
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■雨も山も見当たらない?!広重作品の版下絵
まずは、霧雨を描いた「伯耆大野 大山遠望」と夕立を描いた大はしあたけの夕立」の「版下絵」を見てみましょう。「版下絵」というのは、絵師が描く版画のための下絵のこと。浮世絵版画の場合には、色のついた完成図を絵師が描くのではなく、墨一色の線のみで描いたものが原稿となり、色の部分は、後から色ごとに指定していくことになります。2図ともに、線で描かれている部分は少なく、版下絵を見ただけでは完成する作品の全体像が読みとれません。 |
こちらは葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵。広重の版下絵と比べると、北斎は、細かい部分まで線を描いており、版下絵を見ただけで、作品の完成図がだいたい想定できます。 |
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絵師によっても「版下絵」そして版画の作り方、絵の見せ方が異なるのがこれだけでもわかりますね。 広重の「線」で描かれていない部分は、どのように作られるのかというと、「色板」と呼ばれる、色ごとに分けられた板を用いて、一色ずつ「面」として表現されることになります。 それでは実際にどのように表現されているのか、摺の工程とともに見ていきましょう。 |
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■職人の技術が生きる 「面」の表現
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浮世絵では初めに輪郭線を摺り、その後一色ごとに摺り重ねていきます。
これは「伯耆大野大山遠望」の輪郭線と、農作業をする人々の傘と蓑の部分が摺られている段階です。まだ、背景の山や雨は表現されていません。 |
背景の部分を摺っていきます。 いくつかに分けられた色の板を使い、濃淡を巧みに表現していきます。また、本図では「ぼかし」の技法が多く使われています。 |
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摺り上がりを見ると、山や木々などの比較的大きな対象物に輪郭線がとられていないため、作品の印象も柔和で繊細な印象となります。 |
そして、もう1図「大はしあたけの夕立」のシンプルな版下絵の状態から、奥行きのある抒情豊かな名作に仕上がるのかを摺の工程をふまえ、ご紹介いたします。 |
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■「大はしあたけの夕立」摺師の高度な技術から生まれる作品の奥行き
本図では手前に描かれた橋の遠景に、夕立で霞む対岸の景色が描かれていることにより、画面に奥行き生まれ、作品により抒情的な深みを持たせています。 「大はしあたけの夕立」の20回近くの摺工程の中から抜粋した5つの工程を以下にご覧ください。奥行きの変化が一目瞭然です。 |
1. アウトライン |
2. 手前の橋に色が入りました |
3.背景の川と空の部分に 色板の面で色が入りました |
上空に立ち込める暗い雲を、濃い墨を用いて表現しています。 前回のメールマガジンでもご紹介しましたが、「あてなぼかし」と呼ばれるこの技法は、平らな板の上に刷毛で雲の形を描くように絵の具をのせて摺る技法。すべて同じ形に摺るためには、熟練の高度な技術が必要となります。 |
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そして薄い墨を用いて、対岸の遠景が摺られていきます。シルエットのみで表現されるこの情景により、作品に一気に奥行きが生まれるため、制作においても大変重要な工程となります。 |
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この対岸の部分の版木です。この板を使って、二回の摺を行います。 一度目の摺で対岸部分全体を摺り、二度目の摺で上部にぼかしをかけていきます。 |
また、彫りにも注目をすると、実は対岸にある木々や建物のシルエットまで、細かく表現されていることがよく分かります。 作品に深みを持たせる重要な部分だからこそ、摺師の高度な「ぼかし」の技術が加わることによって魅力的な遠景を作りだしているのです。 |
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このように、広重の作品にみられる「奥行き」のある抒情性あふれる表現の裏には、木版構造や技法が大きく影響していることがご覧いただけたと思います。広重は、線だけでなく色面をどのように使うか、そして摺師の技術をどう活用するかを考えて「版下絵」を描いていたのでしょう。
次回は、いよいよ「雨」の表現についてご紹介していまいります。「伯耆大野 大山遠望」と「大はしあたけの夕立」どのような違いがあるのかも必見です!どうぞお楽しみに。 |
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