アダチセレクト「話題の一枚。」

 

28枚にも及ぶ大判サイズの役者大首絵という華麗なるデビューを果たした謎の絵師、東洲斎写楽について二回にわたりご紹介してきました。
最終回となる今回は、本作の特徴的な黒い背景に焦点を当て、アダチならではの制作の視点からその魅力について迫ります!

シンプルな黒い背景に隠されたこだわり

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛

何も描かれず、鈍く光を反射する黒い背景。

この背景の部分には、鉱物の一つである雲母(うんも)の粉末と、接着剤の役割をする膠(にかわ)を混ぜた「雲母(きら)」といわれるものを刷毛で和紙の上にのせています。

<「三世大谷鬼次 奴江戸兵衛」の黒い背景>

以前、話題の一枚でも取り上げた喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」と同様に、背景以外の人物の部分が隠れるように渋皮の型紙をあて、雲母(きら)を刷毛で引いてくこの技法は、「雲母引き(きらびき)」と呼ばれています。

雲母引き
<当時の浮世絵と同じ質感を再現する“雲母引き”>

「三世大谷鬼次 奴江戸兵衛」の場合は、黒い背景から黒雲母(くろきら)と呼ばれています。

歌舞伎では現代のように照明が明るくなかった江戸時代に、薄暗い中でも舞台映えするために、白塗りをするようになったと言われています。
白塗りの顔をさらにはっきりと見せるため背景に黒雲母(くろきら)を施す工夫を凝らしたのではないでしょうか。

<“雲母引き”がより一層白塗りを際立たせている

制作の工夫が垣間見える"省略の美"

歌舞伎は江戸庶民の娯楽の中心とされていました。そのため役者絵は大変人気があり、歌舞伎役者のブロマイドの役割を果たしていました。
版元は、芝居の演目・役者・役柄に合わせ、興行が始まると同時にいかに早く歌舞伎役者の浮世絵を出版するかを考え、競い合うかのように制作したと言われています。

そうしたなかで、版の枚数や摺りの回数を極力抑え、少ない工程で魅力的な作品をつくりあげるために、制作の工夫が生み出されたのではないでしょうか。

摺順序
<“雲母引き”がより一層白塗りを際立たせている

いかに早く出版するかという限られた制約の中で作り上げられた浮世絵だからこそ、省略された雲母引き(きらびき)の背景や、簡略化された線の美しさを感じることができます。

そうした"省略の美"が私たちを引き付ける浮世絵の魅力の一つかもしれません。

3回に渡ってご紹介した「三世大谷鬼次 奴江戸兵衛」の魅力、充分に感じていただけたでしょうか。浮世絵制作に秘められた版元や絵師、職人たちの情熱や気概は、今なお現代に息づいています。

江戸庶民が手に取り浮世絵の魅力を味わったように、本作をお楽しみください。

写楽「三世大谷鬼次 奴江戸兵衛」

東洲斎写楽「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」 商品詳細はこちら >>

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第二回目は、異色の絵師・写楽がどのように誕生したか?その謎に迫ります!

華麗なるデビュー、その裏には!?

写楽は、本作「三世大谷鬼次奴江戸兵衛」をはじめとする28枚の大判サイズの役者絵でデビューしました。大判サイズというと、皆さんもよくご存知の北斎「神奈川沖浪裏」と同じサイズで浮世絵では一般的な大きさです。

しかし当時は、出版リスクを回避するということもあったようで、絵師は細判といった小さなサイズの作品を手がけるところから始まることがほとんどでした。同じ版元の蔦屋からデビューした北斎ですら、細判の役者絵から始めたのですから、無名の絵師であった写楽が大判からというのは異例だったと言えます。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛 三世大谷鬼次の奴江戸兵衛 三世大谷鬼次の奴江戸兵衛
<写楽のデビュー作> <北斎初期の役者絵> <いずれも版元は蔦屋>

なぜ、無名であった写楽が大判で、しかも雲母摺と呼ばれる豪華なつくりをした一連のデビュー作を発表することができたのでしょうか。
その背景に迫ります!


写楽がデビューした頃は、天明の飢饉からの不況と寛政の改革による贅沢の禁止で、歌舞伎界は、幕府公認の芝居小屋として繁栄していた中村座をはじめとする三座も公演を打てないほど衰退していたようです。その影響は浮世絵にも及んでおり作品の内容から版元や絵師が罰を受けることもありました。今回取り上げる蔦屋もこの禁止令により写楽登場の数年前に罰を受けており、版元にとっては厳しい世の中であったことがわかります。
そんな厳しい状況ではありましたが、寛政6年は、三座とも初春恒例の「曽我物」を上演し評判も上々だったようで、興行が成功だったときに祝う「曽我祭」が各座で行われたといわれています。この「曽我祭」が行われた寛政6年5月は、ちょうど蔦屋が写楽の28図を出版した時期と重なります。

このことは、蔦屋がこのシリーズの出版にあたり「曽我祭」が行われ、歌舞伎界が活気を取り戻すことを願うと同時に、写楽のインパクトある作品を出版し、ヒットさせることで自らが置かれていた厳しい状況を一変させたいという願いもあったのではないでしょうか。写楽のデビューした時期が歌舞伎の初春や顔見世などの旬な時期ではなく一番地味なときであった理由もここからきていると言われています。
無名だけれども個性的な絵を描く絵師が豪華雲母摺りで、ブロマイドとしてだけではなく芝居の雰囲気に重点を置き描く新しいスタイルで庶民を驚かせ成功させることが蔦屋の狙いだったようです。
写楽の描く役者絵はただ格好良いだけではなく、歌舞伎などの古典芸能の醍醐味でもある、男性が女性を、老人が青年を演じることによる味わいや役者としてのチャレンジと鍛練の成果を見るという点も良く描かれており、当時の人々は芝居を見るように写楽の浮世絵を見たのではないでしょうか。

この「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」は28図の中でも一際インパクトがあり、手と顔の大きさや体勢のアンバランスさが個性的で、その芝居の臨場感を引き出しています。そして鬼次の顔は非常に特徴的で写真もなかった当時、庶民はどんな役者が演じているかをリアルに知ることができたでしょう。


大首絵から全身像、その変化とは?

「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」のように大首絵と呼ばれる役者のバストアップの構図で28図出したあと、第二期として同年7月に全身像をメインとした作品群を発表しています。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛

第二期の中で同じ役者「三世大谷鬼次」を描いた作品がこちら。写楽が描く個性豊かな表情から鬼次とすぐにわかりますが、その作風はがらりと変わり、まるで芝居のワンシーンを目の前で見ているようです。

<一世市川男女蔵の冨田兵太郎と三世大谷鬼次の川島治部五郎>

第1回でも取り上げた2枚の作品を並べて観ることによる臨場感は第二期以降も受け継がれ、大首絵から全身像へと移り変わりまた違った芝居の動きが感じられます。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛 三世大谷鬼次の奴江戸兵衛
<一世市川男女蔵の冨田兵太郎(左)/三世大谷鬼次の川島治部五郎(右)>

この変化は、第一期で役者の個性を描ききったあと、第二期では全身を描くことによって芝居の内容を描き出したかったからだと考えられています。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛

ダイナミックでインパクトのある第一期に対して女形ならではの足裁きやよじれた体の表現などが細かく描かれており、蔦屋と写楽が芝居の素晴らしさ・おもしろさを伝えようとする思いが感じられます。

<四世岩井半四郎の信濃屋お半>

 

写楽の役者絵シリーズは全部で四期に分けられていますが、中でもやはり江戸の人々を驚かせた第一期のデビュー作は、より役者の真に迫った描写がされていると同時に、黒い雲母を使った背景の処理が当時とても革新的であったといえます。その革新さは、現代の私たちにとっても変わることなく「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」は中でも人気No.1の名作といえます。

次回は、この写楽の革新さを支えた黒い雲母をはじめとする制作の秘密について焦点をあて取り上げていきます。

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アダチセレクト「話題の一枚。」

 

世界が認めた異色の絵師・東洲斎写楽の傑作

年末の定番・忠臣蔵の公演や年始の顔見世など、一年で最も歌舞伎界が活気づき話題にも登るこの季節。
今年最後のアダチセレクト「話題の一枚。」は、東洲斎写楽が描いた役者絵の傑作「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」をご紹介します。


悪役VS善玉!対立する迫力の構図

誰もがどこかで一度は目にしたことのあるこの作品。具体的にはどのような役のどのような場面なのでしょうか。

本図は寛政6年5月、河原崎座で上演された、大名の家臣・伊達与作と奥女中・重の井の不義密通を巡る事件を中心にした芝居「恋女房染分手綱」の登場人物のひとりを描いたもの。

若殿・佐馬之助が芸者を身請けするために用意した大金を運ぶ奴一平を襲う悪役がこの江戸兵衛です。
脅すように両手を広げて迫る様子は確かに悪者の凄味が感じられます。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛 市川男女蔵の奴一平
<金を奪おうと迫る江戸兵衛(左)と守ろうと構える奴一平(右)>

 

写楽は対立するこの二人の関係を画面上でも表現しようと試みました。この二人を描いた二図の大首絵を並べると、互いに向き合い構えた、まさに見せ場の場面になっているのが分かります。舞台の緊張がそのまま伝わってくるような、臨場感溢れる構図です。


人気の役者絵こそ浮世絵の本質!?

写楽が「恋女房染分手綱」の舞台を描いたのは、この対になる二図だけではありません。
同じ演目から他にも七図の様々な役者と役柄を描いています。

当時の役者絵はいわば人気アイドルのブロマイドのようなものであり、興業にあわせて舞台上の役者を描いた作品が売りだされると、ファンはそれぞれが贔屓にする役者の絵をこぞって買い求めました。

市川鰕蔵の竹村定之進 四世岩井半四郎の乳人重の井 三世坂東彦三郎の鷺坂左内 谷村虎蔵の鷲塚八平次 坂東善次の鷲塚官太夫妻小笹と岩井喜代太郎の鷺坂左内妻藤波 三世市川門之助の伊達の与作 二世小佐川常世の竹村定之進妻桜木
<河原崎座の上演にあわせて売り出された役者絵の数々>

現在数多く残る風景画の浮世絵が脚光を浴びるのは後年、葛飾北斎が「冨嶽三十六景」で評判となって以降であり、それまではこうした役者絵や美人画が浮世絵のメインジャンルでした。

今一番評判の芝居、評判の役者といった世間の流行の最先端をいち早く描き、鮮度の良い話題性のある作品を生み出すことこそ「浮世を描いた絵」浮世絵の本質といえます。


世間を驚かせた異色の役者絵

歌舞伎の公演の度、様々な絵師によって数多くの役者絵が制作されましたが、その中でなぜ写楽が今日これほど知られているのでしょうか。

当時のファンが買い求めた役者絵は役者をいかに見栄え良く描くかが重要でした。

対して写楽は大首絵でクローズアップした役者の顔の特徴を誇張を加えて克明に描き、その素顔をリアルに描き出しました。その特徴が特に顕著で分かりやすい作品こそがこの「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」です。

きつく釣った目元や大きな鷲鼻、突き出した顎の線。ここでの大谷鬼次は決して美男には描かれていませんが、悪役になりきって演じる役者の迫力に満ちています。

三世大谷鬼次の奴江戸兵衛
<釣った目元や鷲鼻を誇張した描写に悪役の迫力が良く出ています>

 

三世沢村宗十郎の大星由良之助 かうらいや

この斬新な作風は始め驚きをもって迎えられましたが、顔立ちの欠点まで浮き彫りにする描写は役者やファンの支持を得られず、役者絵において時の寵児となったのは美麗な画風で人気を得た同時期の絵師・歌川豊国でした。

左/豊国「三世沢村宗十郎の大星由良之助」
右/豊国「かうらいや」

<写楽と同時期にデビューした豊国は華のある画風で人気を得ました>

 

こうして当時は大成できなかった写楽ですが、それから約100年後ドイツ人ユリウス・クルトの著書によって世界三大肖像画家の一人として紹介されると、他の絵師とは一線を画す真に迫った描写が世界で絶賛され改めて評価をされるに至りました。

ユリウス・クルト「写楽 SHARAKU」
<世界三大肖像画家の一人として写楽を取り上げたドイツ人ユリウス・クルトの著書>

 

絵師としては異色であった写楽と本図が後世において誰もが知るところとなったのは、その鋭い観察眼と忌憚のない正直な表現によって美醜だけではない役者の人柄や内面までも描き出してみせた点にあると言えるでしょう。

世界が認めた浮世絵師・東洲斎写楽。
次回はその異色の絵師誕生の背景に隠された謎に迫ります!

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風になびく罌粟の花を絶妙な筆致で表現した北斎。目に見えないものを描くことに北斎がいかに試行錯誤をして本図を完成させたかということについて、2回にわたってご紹介してまいりました。

最終回の今回は、アダチ版画ならではの制作の視点から、この作品の魅力を左右するといっても過言ではない職人の技術、特に摺りにおける見どころをご紹介してまいります。

罌粟を引き立てるシンプルな背景に秘密が?

構図に特徴があるものの「ぼかし」などいわゆる技法的なものは、特に見当たりません。そのような中で今回ご注目いただきたいのが罌粟の花を引き立てている薄い藍一色の背景です。

このなんの変哲もない部分に色を平らにそして綺麗につけるのには摺師の技術、そして、ある秘密が隠されているのです。
その秘密とは一体?

罌粟

 

摺師の強力サポーター

浮世絵版画は、山桜に彫られた版木に水性の絵具を馴染ませ、和紙を置いて馬連で摺っていきます。

私たちが使う和紙・奉書は特に繊維が長くその繊維の中に絵具を摺りこむことで独特の発色が生まれます。つまり、摺師にとってきちんと摺りこむことがとても重要なことなのです。
本作品の背景は「つぶし」と言われ、面積も広く、より一層力が必要な部分です。

<罌粟のバックの部分「つぶし」を摺る>

 

まず、摺師の作業風景をご覧ください。

普通の平らな机と異なり版木がのっている摺台が前方へ傾いていることに気づかれるのではないでしょうか。
これは、手前から奥へいくほど全身の力が強く伝わるような構造になっているのです!この摺台の傾きが江戸時代から変わらず摺師をサポートしてくれているのです。

摺台
<摺台が前に傾いている状態>

 

馬連

そして、もう一つ摺師をサポートしてくれるとっても重要な道具があります。
それは、皆さんお馴染みの馬連です。

馬連は摺師をどのようにサポートしているのでしょう?

<プロの摺師は数枚の馬連を常時使い分ける>

 

摺師は、何面かの馬連を普段から使い分けています。外見はどれも同じように見えるのですが、実は竹皮に包まれた中味が違うのです。

馬連の中味は写真のようになっています。
これは、竹の皮を裂いて紐状にしたものをさらに編んだものが芯となっていて、芯の編み目が太いか細いかで使い分けているのです。

芯
<馬連の「芯」左は細く、右は太いもの>

強い力が必要な本作品「罌粟」の背景を摺る時には、太い芯の馬連を使うというわけです。

<全身の力を馬連に伝えて、きっちりと摺り込んでいる様子>

 

このように摺台そして馬連という江戸時代の職人達の英知と技が一つになって、「罌粟」の花を引き立ててくれる背景が生まれたといえますね。

まさに、絵師北斎の構図力と摺師の技が合わさることで生まれた名品と言って良いでしょう。

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先週末の13日(土)から東京・上野の森美術館で始まった、ボストン美術館の名品を集めた北斎展。週末は、入場制限もかかるほど連日大盛況とのこと。今回「話題の一枚。」でも取り上げている「罌粟」を含む大判サイズの花鳥画シリーズは全10枚のうちの9枚が揃い、特に本図はまるで摺りたてような色鮮やかな状態とのことで、必見の価値あり。

今回のコラムでは、風や空気、時間といった目に見えない動きのあるものまでをも表現しようとした北斎の才能について迫ります!

まさに江戸のデザイナー!?北斎流のデザインとは?

浮世絵は、大量生産の商業印刷として木版で作られていたため、制作費に直接影響のある板の枚数や摺る回数がなるべく少なくなるように版下絵を描いていました。つまり、版元からの注文を受けた北斎は、一定の制約の中で作品を描くことを常に求められました。

現代に置き換えると絵師は画家というより、依頼主の要望に沿って制約の中で制作する"デザイナー"に近いと言えます。英語の書物では"designed by Hokusai"と訳されているのも納得です。

ここで、水の流れを巧みに表現し北斎の非凡なデザインセンスを垣間見れる「諸国滝廻り」シリーズの一図、「下野黒髪山きりふりの滝」を見てみましょう。

下野黒髪山きりふりの滝

水が流れ落ちる途中、岩に当たって霧のような飛沫から"霧降の滝"と呼ばれる所以とされたそうです。

勢いよく幾筋にも砕け分かれて、岩肌を這うように流れ落ちる水が、北斎の手にかかると見事にデザインされ、より一層印象強いものになっています。

<北斎流にデザインされた水の流れ>

 

罌粟

では、「罌粟」の場合はどうでしょう。

強風にあおられしなやかになびく罌粟の花は、ただ単に見たまま写生したわけではなく、画面全体を使ってダイナミックに描かれています。北斎は本図の中に、目に見えないはずの"風"をデザインし、見事に表現したと言えるでしょう。

<目に見えない“風”を感じさせる北斎流のデザイン>

 

偶然か?意図的か?ビックウェーブが隠れている!?

水色一色の背景に画面いっぱいに揺れる罌粟の花だけを配した構図。風に吹かれて揺れる姿とはいえ、不自然とも言えるかたちで描かれています。北斎はなぜこのように描いたのでしょうか。

画面右上部に大きく空間を持たせた配置、どこかで見たことのある構図ではないでしょうか。ではそのままの縮尺で、本図と誰もが知る名作「神奈川沖浪裏」を重ねてみましょう。


なんということでしょう!腰をくねらせた「罌粟」の花と「神奈川沖浪裏」の大波がこんなにもピッタリと重なるくらい同じ構図がとられています。この二図に共通するダイナミックな構図は、風や波といった動きのあるものを表現するのに最適だったのではないでしょうか。


罌粟

前回のコラムでもご紹介した作品によって描き分ける北斎の"静"と"動"の表現。赤富士が堂々とそびえる「凱風快晴」が"静"ならば、大迫力の波を描いた「神奈川沖浪裏」は"動"。

特に水や風、波など留まることのない"動"の一瞬を切り取り、表現することに長ける北斎ならではの構図への探究心が「罌粟」を生み出したのではないでしょうか。

 

次回は、木版画制作の技術をご紹介しながら、アダチ版画ならではの制作の視点から本図の魅力をご紹介します。
乞うご期待!

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ふわりと開いた罌粟の花が風に大きくしなる一瞬を捉えた一枚。
本図は、今年日本中を巡回し間もなく上野で開催されるボストン美術館の名品を集めた北斎展にも登場し、注目を浴びている作品です。

今回のアダチセレクト 「話題の一枚。」は今、国内外で静かな人気を呼んでいる葛飾北斎の花鳥画「罌粟」をご紹介いたします。第一回目は導入編。まずこの作品を含む花鳥画のシリーズ全体から見ていきたいと思います。

罌粟

 

葛飾北斎が描いた花鳥画の傑作シリーズ

代表作「冨嶽三十六景」をはじめとする風景画で知られる北斎ですが、花鳥画においても数々の優れた作品を描いています。中でも大判の画面を横長に使った全10図からなるこの花鳥画集は傑作揃いのシリーズです。

あやめにきりぎりす 百合 牡丹に蝶 桔梗に蜻蛉 菊に虻
あやめにきりぎりす 百合 牡丹に蝶 桔梗に蜻蛉 菊に虻
朝顔に雨蛙 桧扇 紫陽花に燕 芙蓉に雀 罌粟
朝顔に雨蛙 桧扇 紫陽花に燕 芙蓉に雀 罌粟

 

傑作を生み出す鋭い観察眼と自在な表現方法

北斎の花鳥画を見てまず驚くのはその造形の細かさと正確さではないでしょうか。

例えば本シリーズの中の「菊に虻」は、繊細な細い線でボリュームのある花びらの一枚一枚や特徴のある葉の形だけでなく、風に翻った葉の裏表まで描き分けています。

菊に虻
<細かく正確な線で描きこまれた花>

菊に虻

また一方で「芙蓉に雀」などは葉の部分はあえてざっくり描写し、繊細に描かれた花びらに存在感を持たせており、様々な表現に挑む挑戦的な姿勢も伺えます。

<勢いを感じるざっくりした筆遣い>

では、今回取り上げた「罌粟」はどのように描かれているのでしょうか。

花びらの部分はどちらかと言うと細かな線で写実的に表現する一方、葉の部分はあまり線を描きこまず、色の濃淡で明るい部分と影になる部分のコントラストを強調しています。全体の輪郭線にも太さの強弱がついており、筆の勢いが風に揺れる罌粟の躍動感を見事に表現しています。

罌粟
<写実的な花と濃淡で見せる葉>

対象を細部に至るまで観察し、その特徴にあった多彩な表現方法を組み合わせることで生まれる生き生きとした存在感が、この花鳥画シリーズの見どころのひとつです。


一瞬の美を描く「静」と「動」

また、本シリーズの最も特徴的な点といえば、作品によって「静」と「動」という要素を効果的に用いているというところです。
北斎の二大代表作「凱風快晴」と「神奈川沖浪裏」は、前者が「静」後者が「動」を感じさせる作品として良く比較されますが、本シリーズも風が止み静止した瞬間の静かな美しさを描いた「静」の作品と、逆に風に動いた一瞬を捉えた「動」の作品の二つに分けてみることが出来ます。

そのため作品それぞれのみならず、シリーズ全体を通して眺めたときにも「静」と「動」のリズムが見る者を飽きさせないところが、この花鳥画の最も傑出した点と言えるでしょう。

例えば「静」の作品に分けられる「あやめにきりぎりす」は、ぴんと張った葉や花の茎が凛とした緊張感を生み出しています。花に隠れるキリギリスもじっとしていながら、少しの風が吹けば今にも飛び出してきそうな印象です。

あやめにきりぎりす
<静けさを感じるぴんと伸びた葉>

そして「動」に分けられる中でも代表的な作品がこの「罌粟」になります。

大きく柔らかな花弁が風にあおられてたわみ、それにつられて細い茎が大きくしなる様子は、ケシの花の質感や特徴をよく表しています。

この躍動感のある作品はシリーズ中で最も風を感じさせ、ケシの花の可憐さやたおやかさを見事に印象付けています。
花の最も引き立つ瞬間に合わせて、風や空気感までも描き分ける北斎の技量がいかんなく発揮された完成度の高い傑作です。

罌粟
<風によって大きくしなる茎>

それでは次回は、このシリーズの中でも白眉の作品「罌粟」の意外な秘密に迫りたいと思います。
可憐な花鳥画に隠された北斎の仕掛けとは!?どうぞ次回もお楽しみに!

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前回、前々回と歌川国芳「百ものがたり」のみどころや国芳の絵師としての魅力についてご紹介してまいりました。
最終回となる今回は、制作の視点から作品の魅力に迫りたいと思います。

様々な工夫を凝らして作られていた江戸時代の浮世絵。金魚づくしシリーズ「百ものがたり」には、一体どのような工夫が隠れているのでしょうか?


一石二鳥!?サイズに隠された秘密

「話題の一枚。」第一回でご紹介したように「金魚づくし」シリーズは、通常の浮世絵の半分のサイズ(中判)で作られています。

ここで右の2つの作品をご覧ください。「金魚づくし」シリーズのうち「酒のざしき」と「そさのおのみこと」です。

2つの作品を見比べていただくと、使われている色の種類がほとんど同じなのがお分かりいただけると思います。

そして次に、上部の濃い藍のぼかしにご注目ください。ほぼ同じ幅でぼかしが均一に入っているのがご覧いただけますね。

酒のざしき そさのおのみこと
酒のざしき そさのおのみこと

 

酒のざしき

このような作品の様子から、本シリーズは大判サイズの版木に二枚分の図柄を彫って、一度に二種類の浮世絵を制作する"二丁掛(にちょうがけ)"という制作方法で作られたと考えられています。

つまり先ほどのぼかしの部分は、2図分を一度に摺ったということになります。

気軽に楽しんでもらうおもちゃ絵や短冊形の花鳥画などで特にみられる作り方で、絵師をはじめ職人たちの工夫が垣間見られるところでもあります。
特に「金魚づくし」は、子ども向けに作られたおもちゃ絵であり、"二丁掛"で作ることでより安価に多くの人々が楽しんでもらうことができたようです。

このように、国芳は、擬人化した金魚をメインキャラクターすると同時に、木版という版の特徴をうまく活かしコストを抑えることも考えて作品を描いていたことがお分かりいただけると思います。 流石!国芳といったところですね。

 

金魚づくしシリーズ、全何図?

金魚づくしシリーズは近年新たに発見された「ぼんぼん」を含め、現在9図が確認されています。

となると、ちょっと変ですね。"二丁掛"という手法を用いて作品が制作されたと想定すると、この図の登場により「金魚づくし」シリーズには、もう1図あって全10図になるのでは?

まだ見つかっていない図があるかもしれないなんて、なんだかちょっとわくわくする話ですね。

ぼんぼん
<近年新たに発見された「ぼんぼん」>

 

現代も色あせない江戸のセンス

百ものがたり

今回まで全三回に渡って歌川国芳「金魚づくし」シリーズのうち「百ものがたり」についてご紹介してまいりましたが、いかがでしたか?

怪談をする可愛らしい金魚たちの様子や、そんな茶目っ気たっぷりの戯画を多く描いた絵師・国芳の魅力的な人物像。そして制作に込められた工夫やまだ発見されていないかもしれない「金魚づくし」シリーズ10図目のお話など、まだまだ目が離せませんね!


現代もなお、色あせないセンスに溢れた国芳の「金魚づくし」シリーズ。そのなかでも、今回ご紹介した「百ものがたり」は夏の季節にぴったりの一枚です。江戸の人たちが楽しんだ、可愛らしい金魚たちのユーモア溢れる様子を是非お楽しみください。

歌川国芳「百ものがたり」 商品詳細はこちら >>

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近年、若者を中心に人気の高まっている歌川国芳。
『浮世絵界の鬼才』、『反骨の絵師』、『破天荒の浮世絵師』、『時代を先取りしたポップアーティスト』など数々の異名を持つ国芳ですが、一体どのような人物だったのでしょうか?

江戸時代から現代まで多くの人々を魅了する浮世絵師・歌川国芳の生涯に迫ります!


人気を確固たるものにした大ヒットシリーズとは?

歌川国芳は1797年(寛政9年)、江戸日本橋本銀町(現在の日本橋本石町あたり)で営む染物屋の息子として生まれました。幼い頃から絵を描き、15歳で当時役者絵で人気を博していた歌川豊国に入門。

同門には、皆さんもよくご存じの「東海道五拾三次」や「名所江戸百景」などの情緒あふれる風景画を得意とした歌川広重がいました。

1827年(文政10年)、国芳が30歳を過ぎた頃に発表した『通俗水滸伝豪傑百八人(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにん)』という中国の伝奇歴史小説を題材にしたシリーズが大評判となりました。

当時、江戸庶民の間で大人気だったこの小説を題材にした絵は、国芳が描く以前にも北斎が描いた挿絵の本などがあったようですが、豪傑一人一人をクローズアップし描いた『通俗水滸伝豪傑百八人』は、力感あふれる構図と色彩豊かなヒーローの姿に爆発的な人気となりました。

この大ヒットにより"武者絵の国芳"と称され、一躍人気絵師の仲間入りを果たしたと言われています。

浪裡白跳張順 短冥次郎阮小吾
浪裡白跳張順 短冥次郎阮小吾

 

国芳の個性が光る!ユーモアあふれる「戯画」

水滸伝の大ヒットにより人気絵師となった国芳は、その後、錦絵のあらゆるジャンルで作画する機会を得ました。武者絵のほかにも役者絵、名所絵、美人画など幅広く浮世絵を生み出していきましたが、なかでも国芳が最も得意とし、その個性が発揮されたのが、「戯画(ぎが)」と呼ばれるものでした。

戯画とは、その名の通り戯れに遊び心でおもしろおかしく描いたユーモラスな絵のこと。
北斎や広重など他の浮世絵師と比べてみると、国芳は数多くの戯画を残しています。社会のストレスや政治への不満などから心を和ませてくれる国芳の戯画は、江戸庶民に愛されていたのかもしれません。

「百ものがたり」と同シリーズである「金魚づくし」の他の作品を見てみると、金魚たちのユーモラスで滑稽な姿がいきいきと描かれ、江戸時代の人々も癒されたことでしょう。

酒のざしき 玉や玉や そさのおのみこと
<「酒のざしき」より> <「玉や玉や」より> <「そさのおのみこと」より>

ユーモアを好み人々を楽しませることを喜んだとされる国芳にとって戯画は、名所絵や美人画などの他のジャンルよりも重要視し、作品を生み出していったのかもかもしれません。

 

現代でも人気!いま巷で話題の「骸骨」

江戸の庶民に大人気だった国芳ですが、現代においてもその人気ぶりは顕著に表れています。近年では日本各地で国芳の展覧会が開催され、特に若者たちを中心に人気が高まっています。

相馬の古内裏
相馬の古内裏

平将門の娘・瀧夜叉姫が父の仇を討つため妖怪を集めたが、大宅太郎光国という武将に退治されるという場面を描いた「相馬の古内裏」。 この作品は、つい最近まで放映されていたドラマの劇中に使われ、巷でも話題となっています。

三枚に渡って描かれたこの作品は、なんといってもその大迫力の骸骨の姿が魅力です。
まるで実際に骸骨を見ながら描いたかのように細部にこだわり、頭蓋骨や肋骨など忠実に描かれているこの作品は、国芳の抜きんでた画力があってこそこ生まれた傑作と言えるでしょう。

 

百ものがたり

江戸庶民に愛された金魚はよく浮世絵の中に登場しましたが、ほとんどが脇役としてでした。その金魚を主役として、まるで人間のような仕草や表情をユーモアたっぷりに描いた「百ものがたり」。

ラストを飾る次回は、制作の視点から本作の魅力についてご紹介します。乞うご期待!

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爛々と目を光らせ水の中を覗き込む猫の姿に驚き、慌てふためいて逃げる姿、勢い余ってひっくり返る姿、勇ましく立ち向かう姿。まるで人間のような仕草や表情を見せる金魚たちを描いた本図は「金魚づくし」と呼ばれるシリーズの中の一枚。

歌川国芳「百ものがたり」

本格的な夏を目前にした今回のアダチセレクト「話題の一枚。」は、浮世絵界の奇才・歌川国芳が描いた「百ものがたり」を三回に渡ってご紹介します。

第一回目となる今回は、本作の見どころをじっくり見ていきましょう。


 

クールジャパンの元祖!?漫画のような金魚の擬人化

尾びれや胸びれをまるで手足のようにくねらせ、画面上を自在に動き回る金魚やメダカたち。姿は金魚でありながら仕草は人間そのものです。

和金や流金など様々な種類の特徴を押さえつつ人の動きを模倣する金魚たちからは、勇敢だったり気弱だったりとそれぞれの性格まで想像でき、国芳の巧みな表現力に驚かされます。

<ひれの動きや表情がまるで人間のようです>

 

江戸っ子もヒヤヒヤドキドキ!あやかしを呼ぶ百物語

全9図からなる「金魚づくし」のシリーズは、いずれも人々の日常の様々な場面を金魚の姿で描いたもの。その中で本図「百ものがたり」は夏の風物詩である怪談をテーマに描かれた作品です。

百物語とは江戸時代に流行した怪談会で、百本の蝋燭を灯し、怪談話をする毎に一つ灯りを消していき、最後の明かりが消えると本物の幽霊や妖怪があらわれると言われていました。江戸っ子たちは一晩中怖い話にヒヤヒヤしながら夏の暑さをつかの間忘れたのでしょう。

葛飾北斎「お岩さん」

浮世絵師の大御所・葛飾北斎もこの百物語をテーマに取り上げ「お岩さん」や「皿やしき」といった有名な怪談話をモチーフにした作品を描いています。

<有名な怪談を取り上げた北斎の百物語の一枚「お岩さん」>

 

そんな正統派の怪談を描いた北斎とは一線を画し、国芳の百物語は機知に富んでユーモアたっぷり。

本図はまさに百個目の怪談が終わり妖怪があらわれたところですが、金魚を驚かす妖怪といえば化け猫なのは納得ですね。金魚たちにとっては恐怖の一場面でも、つい笑ってしまう可愛らしい「怪談」です。

<金魚といえば天敵の妖怪、化け猫>

 

手軽なサイズで楽しむ絵師の遊び心「戯画」

作品中の「国芳」の文字の下に書かれた「戯画(ぎが)」の文字。これは文字通り戯れに面白おかしく描いた絵という意味です。

そして大きさは通常の浮世絵の半分サイズで描かれており、価格帯もお手頃に、誰もが気軽に手に取れる作品となっています。

気取って描かれたものではない絵師の遊び心が溢れる作品を、江戸の人々もさらりと笑って粋に楽しんだのでしょう。

<画面の大きさも、手軽な通常の半分サイズです>

 

怪談をする金魚! 時代を先取りしたポップカルチャー!

江戸時代初期に本格的な養殖が始まった金魚は、江戸時代後期には広く庶民にも愛好されるようになり品評会も催されるほどの人気となりました。そんなブームを受けて描かれたのがこの「金魚づくし」のシリーズです。

お祭りの出店の金魚すくいや、絵はがきや浴衣の柄のモチーフで、すっかり私たちもお馴染みの夏の風物詩となった金魚。近年では金魚そのものをアートに組み込んだアートアクアリウムが開催されるなど、新たな切り口からも注目を集めています。

江戸時代から現代まで多くの人々に愛されてきたこの金魚を驚くほどポップに、そしてユーモアたっぷりに描いた浮世絵師・歌川国芳とはどんな人物だったのでしょうか。

次回は時代を先取りした型破りな浮世絵師・歌川国芳の人物像に迫ります!

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アダチセレクト「話題の一枚。」

前回、前々回と「大はしあたけの夕立」が印象派の画家たちに与えた影響や、広重が本作に込めた工夫とこだわりについてご紹介してきました。ラストを飾る今回は、本作に秘められた浮世絵制作の技について迫ります。

版下絵から見えてくる制作の秘密

絵師・彫師・摺師・と分業制の浮世絵制作において、浮世絵師は線だけで構成された版下絵(はんしたえ)を描きます。
ここで、「大はしあたけの夕立」の版下絵を見てみましょう!

えっ?これだけ!?と驚かれたのではないでしょうか?
本作品の完成図と比べてみると、描かれていない部分が多いことが見て取れるかと思います。

版下絵に描かれているのは、手前を横切る大橋・急ぎ足で橋を渡る人々・そして川に浮かぶ船と船頭ただそれだけなのです。

歌川広重「大はしあたけの夕立」の版下絵
<歌川広重「大はしあたけの夕立」の版下絵>

 

それに対し、皆さんがよくご存知の葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を見てみましょう!

絵のほとんどが線で描かれているので、摺り上がりの全体像が、輪郭線だけで想像することができるかと思います。

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵
<葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の版下絵>

輪郭線の中に一色ずつ色を摺るという"線"と"面"で構成される浮世絵版画。
上の二図を比べてみても、北斎が"線"で描くことを得意としたのに対し、広重は"面"を効果的に利用した絵師といえるでしょう。


かすんだシルエットで表現された対岸の街並み

そして、本作の場合、対岸にかすんで見える街並みは、輪郭線をあえて描かずに、面を使ってシルエットで柔らかく表現しています。

二次元の絵の中で、効果的に空間と距離を感じさせる見事な表現方法といえるのではないでしょうか。

<かすんだシルエットで表現された対岸の街並み>

 

わずか二回の摺りで大雨を降らせる!夕立の秘密

では、本作の見どころともいえる"夕立"は、いったいどのように表現されたのでしょうか。

実際に雨を摺る際に使う版木を見てみると、まるで定規で線を引いたかのようにまっすぐな線が無数に彫ってあります。
摺り上がりでは幾重にも見える雨ですが、実際にはわずか版木二面を使っているだけなのです。

うすい墨と濃い墨の二種類で摺り分け、さらに雨の角度に微妙な変化をつけることで激しく打ち付ける夕立を表現しています。

版木二面だけで表現する激しく降りつける雨
<版木二面だけで表現する激しく降りつける雨>

 

熟練の技術を要する緻密な彫

さらにこの降りつける夕立を作り出すには、なんといっても緻密な彫が重要。
一円玉と比較すると一目瞭然です。

これほど繊細な彫となると、当時から技術を認められた彫師だけが彫ることを許されたと考えることができます。熟練の技術を要する緻密な彫は、まさに彫師の腕の見せどころ。間近で見ていただきたいポイントです。

<熟練の技術を要する緻密な彫>

 

暗雲が垂れ込む!摺師の技が魅せる空模様

そして、空には黒々とした雨雲が垂れ込めています。本作で描かれている夕立は、まさに今でいうところの"ゲリラ豪雨"でしょうか。

作品上部にぼかしを入れ、その色を変えることで季節や時間・天候までをも表現した広重ですが、本作においても墨でぼかしを入れることで暗雲を表現しています。

暗雲が垂れ込む空模様
<暗雲が垂れ込む空模様>

 

摺師の腕の見せどころ

この雨雲がモクモクと垂れ込む様子を表現するために、"あてなしぼかし"と言われる摺りの技法が使われています。これは版木に雲の形が彫ってあるのではなく、平らな板の上を刷毛を使って雲の形を描くようにぼかしを作ります。

一度に100枚程度を仕上げる摺師にとって、まったく同じ形の雲に摺るこの"あてなしぼかし"は、熟練の摺師にしかできない大変高度な技なのです。

<摺師の腕の見せどころ"あてなしぼかし">

 

ここまで、3回に渡って歌川広重の代表作「大はしあたけの夕立」をご紹介しましたが、本作の魅力を充分にお楽しみいただけましたか?

風景画の常識を破り、縦長の画面を最大限に活かした大胆な構図や、和紙に水性の絵の具を摺り込むことで生まれた"広重ブルー"など、江戸の庶民を楽しませるために工夫したことで生まれた浮世絵の魅力が、印象派の画家たちに大きな影響を与え「ジャポニスム」というブームを起こしたと言えるのではないでしょうか。
このコラムを通して、広重が本作に込めた工夫とこだわりを感じていただければ幸いです。

そしてこの度、ボストン美術館が所蔵している「大はしあたけの夕立」が来日!
あのモネの傑作「ラ・ジャポネーゼ」も同時にご覧いただけるジャポニスム展が、今月28日(土)から東京の世田谷美術館にて開催されます。

展覧会と合わせ、ジャポニスムの一端を担った本作の魅了をじっくりお楽しみください。

歌川広重「大はしあたけの夕立」

 

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品質へのこだわり

品質へのこだわり

アダチの浮世絵は、手にして初めて分かる、熟練の技術と日本の伝統が詰まっています。

製作工程

制作工程

一切機械を使うことなく一枚一枚職人の手仕事により丁寧に作られている木版画です。

厳選素材・道具

厳選素材・道具

江戸当時の風情を感じられる当時の浮世絵の再現にこだわり、厳選した素材と道具を使用。

職人紹介

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最高の作品を創り出すために、日々技術の研鑽を積む熟練の職人たち。

浮世絵の基礎知識

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意外と知らない?浮世絵の世界。浮世絵の基礎知識をご紹介。