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アダチ版画研究所とは

私たちは、昭和の初め頃より浮世絵に培われた伝統木版技術を継承し、木版制作を続けてきました。
日本独自の印刷技法である伝統木版画は、絵師、彫師、摺師の三者と
その三者をまとめてプロデュースする版元によって生み出される総合芸術と言えます。

伝統木版画の優れた彫りと摺りの技術は職人によって日々研鑽され、
山桜の版木、水性顔料、手漉き和紙など日本独自の材料を使用し、
他の版式では表現できない色鮮やかで、温かみのある作品を作り出しています。

アダチ版画研究所では、これまで伝統木版の技術保存・発展のために浮世絵版画の復刻をはじめ、
源氏物語絵巻に代表される大和絵、墨絵の再現、日本画巨匠の木版画作品、
現代アーティストの作品等数多くの作品を発表し続けています。

商号
株式会社 アダチ版画研究所
設立
昭和3年
代表者
会長 安達 以乍牟 (あだち・いさむ)
社長:中山 年
所在地
〒161-0033 東京都新宿区下落合3-13-17
TEL
03-3951-2681
FAX
03-3951-2137
資本金
2,000万円
事業内容
1 木版画の技術保存及び普及活動
2 木版画の制作及び出版
3 展覧会の企画及び運営
4 前各号に付帯する一切の業務

アダチ版画研究所の歴史

1928(昭和3)年 東京 西巣鴨にて創業

安達豊久 東京豊島区西巣鴨において、安達豊久(アダチ版画研究所創立者)が、個人営業として浮世絵復刻版の制作・出版・販売を始める。豊久は、浮世絵の魅力を正しい形で世に知らしめたいという思いで仕事を始めた。まず、膨大な数の浮世絵版画から芸術的に優れた作品を選りすぐり、それを江戸時代と同じ材料・技術を使って復刻作業をおこなった。高い技術を持った摺師と彫師を集め、一つ屋根の下で仕事をする形態を確立したのも創業時からで、アダチ版画研究所は今なお工房スタイルを続け、高品質の木版画の制作に努めている。

創業と同時に始めた写楽の完全復刻
豊久は、東洲斎写楽に特別な思いを持っていた。写楽の資料の多くは海外にあったが、豊久はこの頃から資料を集め始め、戦前には写楽関連の文献のほとんど網羅していた。しかしその後、戦災によってすべてを失ってしまう。

1941年頃 国宝「源氏物語絵巻」を木版で再現

国宝「源氏物語絵巻」東京芸術大学・徳川黎明会によって国宝「源氏物語絵巻」を木版で再現する試みが始まり、アダチ版画研究所もその制作に関わった。しかし、戦争で中断し、戦後再開された。この事業は昭和40年代前半まで続いた。木版による絵巻完成後、昭和24(1949)年、東京国立博物館にて国宝「源氏物語絵巻」と木版で再現された「源氏物語絵巻」が同時に展示された。東京国立博物館に復刻版が陳列されたのは初めてのことであった。

1945(昭和20)年 戦災により東京 渋谷区幡ヶ谷に移転

戦災で失った東洲斎写楽複刻のための再び資料の収集をはじめ、復刻活動も再開する。

1946(昭和21)年頃 資生堂香水瓶シールの制作

資生堂香水瓶シール東京大空襲・敗戦により、それまでに制作した版木の総てを焼失してしまったアダチ版画研究所の再建は絶望的に思われた。そのような時、資生堂から香水瓶に貼るシールの制作依頼を受ける。焦土と化した東京とその周辺では印刷機が破壊され、機械によるカラー印刷ができず、代わりの印刷技術として木版に白羽の矢が立てられたのである。

1947(昭和22)年 渋谷区幡ヶ谷よりもとの工房があった豊島区巣鴨へ再度移転

1948(昭和23)年頃 木版クリスマスカードの制作開始

木版クリスマスカード戦後、企業が次々と再興され、企業は輸出にその活路を見出していった。海外事業の活発化とともに、欧米へ向けてクリスマスカードの発送がさかんになる。日本独自の印刷技法と日本的な題材が多く使われた木版は、欧米向けのクリスマスカードの制作に最適で、多くの企業から木版クリスマスカードの注文を受けるようになった。

外務省発注による浮世絵撰集の制作

※浮世絵撰集:浮世絵の歴史に沿って体系的に数十点の復刻浮世絵を収めた作品集

1965(昭和40)年頃 現代日本画家の木版作品の制作を開始

現代日本画家の木版作品日本の住宅事情の変化により、これまでより大型の絵画の需要が高まり、有名な日本画家の作品の版画制作がさかんになる。伝統木版の材料は日本画のそれに近く、他の版種より原画の雰囲気をより濃厚に醸し出せることから、アダチ版画研究所でもこれらの日本画家の木版作品の制作を始める。その制作は木版の新たな可能性を示し、今日まで続けられている。

1967(昭和42)年 現所在地である東京都新宿区下落合へ移転

1970(昭和45)年頃 日本郵船“氷川丸”のメニュー制作を開始

これまで盛んであった企業からの木版クリスマスカードの注文は、第一次石油ショックの影響で急速に減少していった。一方、この頃日本郵船が太平洋航路に就航した「氷川丸」の上等船客用食事メニューの表紙制作を開始する。このメニューは、氷川丸の2週間のアメリカ西海岸への航海中、毎晩異なる図柄で出されたもので大変好評であった。14種の表紙は木版にて事前に印刷され、当日のメニューの内容は料理長の決定に基づき船内で印刷された。このメニューの表紙制作は、氷川丸が引退するまで続いた。

1979(昭和54)年 「木版と現代」制作・展覧会開催

当時、伝統木版の技術を後世に伝えるためには過去の浮世絵を復刻するだけではなく、時代にあった「現代の浮世絵」を作ることが不可欠であると考えていた。工房には彫師と摺師はいるが、絵師はいない。伝統木版において最も大切なものが「線」である。その北斎や広重のような美しい線を木版のために描ける絵師が現代に存在するか、ということが現代の木版にとって大きな課題であった。そんな時にヒントとなる言葉が、海外で出版された浮世絵研究書に見つかった。

“illustrated by Hokusai” “designed by Hiroshige”
海外では、北斎や広重イラストレーターやデザイナーと同様に扱われているという事実が、新たな方向性をもたらした。それは、線を基本に制作をしているのが「デザイナー」であり「イラストレーター」であるということである。この「伝統木版と現代の絵師の出会い」という新たな試みに、粟津潔・勝井三雄・田中一光・山藤章二・和田誠という活躍中のイラストレーター・デザイナーが賛同し、現代の浮世絵が誕生した。これらの作品は「木版&現代」展としてリッカー美術館(当時)で開催され、大きな注目を集めたと同時に、伝統木版の新たな可能性を見出すことができた。

1981(昭和56)年 「黒川紀章木版画展」がリッカー美術館(当時)で開催

建築家 黒川紀章のドローイングを木版で制作。

1982(昭和57)年 アダチ版画研究所の創業者である安達豊久 没

1984(昭和59)年 「東洲斎写楽全142図完全復刻」完成

東洲斎写楽浮世絵版画 全142図創業者 安達豊久の悲願であった「東洲斎写楽浮世絵版画 全142図」が完成する。この完成を誰よりも待ちわびていた豊久は完成を見ることなく、1982(昭和57)年没した。その豊久の夢の完成と没後1年を記念して「アダチ版 東洲斎写楽」展が銀座松坂屋で開催された。写楽の残した浮世絵版画全てを展覧できるとあって、この展覧会は大変好評であった。その後10都市で巡回開催された。

1987(昭和62)年 ボストン美術館所蔵 北斎のオリジナル版木の昭和摺

1985(昭和60)年、米国ボストン美術館で江戸時代に制作された葛飾北斎の版木が大量に発見された。その際におこなわれた現地での調査に関わる。アダチ版画研究所所属のディレクター・摺師が研究者と共に現地へ赴き、実際に版木の調査や試し摺をおこなった。その後発見された版木の調査研究が進み、1987(昭和62)年、東京のたばこと塩の博物館で「-ボストン美術館所蔵版木- 帰ってきた北斎」展が開催された。同展は好評を博し、その後全国15都市で巡回開催された。アダチ版画研究所では、同展における「浮世絵版画摺実演」を担当し、日本各地を巡回して伝統木版の技術を披露した。

1991(平成3)年 フランク・ロイド・ライトが持ち帰った広重のオリジナル版木の再摺

1991(平成3)年 フランク・ロイド・ライトが80年ほど前にアメリカに持ち帰った歌川広重「江戸名所張交図会」のオリジナル版木が里帰りをした。その版木を用いて、再び歌川広重の浮世絵の摺りをアダチ版画研究所の摺師が担当。その版木と再摺した浮世絵の展覧会(フランク・ロイド・ライト文書館主催)を東京にて開催。

1994(平成6)年 (財)アダチ伝統木版画技術保存財団設立

伝統木版の技術の継承と啓蒙普及を目的としたアダチ伝統木版画技術保存財団が文部省(当時)に認可され、設立される。財団の最大活動目的である「後継者の育成」には、アダチ版画研究所所属の技術者が講師となり、後継者の育成に努めた。この後継者の育成事業は、平成9年に財団独自の技術研修所が設置されたことをきっかけに一層具体化、活発化することとなる。

1999(平成11)年 「木版画の技と美 -浮世絵今昔-」展開催

図録NHK・NHKプロモーションの主催、アダチ伝統木版画技術保存財団協力によって「-浮世絵今昔- 木版画の技と美」展が東京高島屋で開催される。同展では、浮世絵の歴史と作品を体系的に見せるだけではなく、それらを作り出した伝統木版の技術にも焦点をあて構成された。また同展のために、今も生き続ける伝統木版の技術で現代作家の作品を木版で制作する試みもおこなわれ、完成した作品が展示された。会場では浮世絵版画の摺実演もおこなわれ、大変好評を博した。同展は、その後京都高島屋でも巡回開催された。

2005(平成17)年9月 東京目白に新社屋完成

東京目白新社屋東京都新宿区下落合にあった旧アダチ版画研究所工房を改装し、新たな伝統木版の拠点として営業を開始した。これまで東京 赤坂にあったショールームも新しい建物に移され、より充実した展示や広報活動をおこなえるようになった。

2006(平成18)年10月 北斎「冨嶽三十六景」全46図復刻完成

北斎の「冨嶽三十六景」全46図の復刻を完了。自社ショールームにてアダチ版「冨嶽三十六景」全46図を展示した企画展「富士、極まる。 〜冨嶽三十六景のすべて」には、約1ヶ月の会期中に、3000人を越える人々が訪れた。