新作浮世絵の制作進行中! 画家・山口晃が初代国立劇場の舞台裏に潜入

新作浮世絵の制作進行中! 画家・山口晃が初代国立劇場の舞台裏に潜入

今秋、再整備事業のために閉場する東京・半蔵門の国立劇場。同劇場では現在「未来へつなぐ国立劇場プロジェクト」と題して様々な公演・企画を行なっています。その中の企画の一つが「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」。日本の伝統芸能の歴史を未来へとつないでいく国立劇場の姿を、画家・山口晃氏が浮世絵版画にするというものです。(現在、国立劇場伝統芸能情報館にて、山口晃氏の新作浮世絵のためのスケッチを展示中!)過日、作品制作のために国立劇場を訪問した山口晃氏に「北斎今昔」編集部が密着。舞台の裏側をのぞかせていただきました。

広い! 深い! 国立劇場の檜舞台

某日、国立劇場の正面に、手元の紙に熱心に何かを書き込む男性の姿がありました。あ、やっぱり、画家の山口晃先生! 今日はよろしくお願いします。

赤い提灯がずらりと並ぶ国立劇場の正面に佇む山口画伯。

この日、新作浮世絵の制作のための取材で、国立劇場を訪れた山口先生。国立劇場の皆さんが特別に、国立劇場の建物の内部をご案内くださるとのことなんです。

半蔵門に立つ国立劇場は、昭和41(1966)年竣工。以来、半世紀以上にわたり、日本の伝統芸能にまつわる様々な公演が行われてきました。学生時代に、鑑賞教室で訪れたという方も多いのではないでしょうか。

正倉院の校倉造りにならった、国立劇場の外観デザイン。

今秋、この国立劇場、そして隣接する国立演芸場や伝統芸能情報館などの施設が、再整備事業のために閉場します。過去と未来が混在する緻密な都市鳥瞰図などで知られる山口晃先生は、日本の芸能文化の歴史、そして半世紀にわたる劇場の歴史の上に、一体どんな新しい劇場像を描き出すのでしょうか。新作の浮世絵に期待が高まりますね。

それでは、伝統芸能を未来へつなぐ国立劇場の特別ツアーのはじまり、はじまり〜。

花道に立つ先生。よっ、千両役者!

国立劇場には、大劇場と小劇場の二つの劇場があります。大劇場は3階席まであり1610席(花道設置時は1520席)、小劇場は590席(花道設置時は522席)。歌舞伎公演は主に大劇場で、文楽公演は主に小劇場で行われています。早速、休演中の劇場の舞台に上がらせていただきました。

山口先生、国立劇場の檜舞台に立つ役者の気分はいかがですか?

大劇場の間口(舞台の幅)は22.0m、奥行き26.95m。そう、舞台上に25mプールが丸々一個入っちゃうような広さなんです! この広大な空間に柱が一本もないというんですから、すごいですよね。そしてこの舞台床、すべてヒノキ材が張られているんだそう。正真正銘の「檜舞台」です。

大劇場の広い舞台。向こうの舞台袖がずいぶん遠く……

そして大劇場・小劇場ともに、舞台上には「廻り舞台」と大・中・小の「迫り(セリ)」といった設備があります。舞台の円形の床が廻って別の場面の背景が出てきたり、舞台の下から大道具や役者が出てくる演出をご覧になったことのある方は多いはず。大劇場の廻り舞台は直径20m、大迫りは長辺が15m以上ある巨大なもの。

国立劇場の方が、大迫りで舞台の下(奈落)まで案内して下さいました。

大迫りで奈落へ。広くて深い、国立劇場の舞台。

大規模な機構を備えた舞台の下には、巨大な装置がありました。ヘルメットの装着や警告色の床面のライン、稼働時のブザー音や警告灯の点滅など、劇場というより、まるで工場見学のよう。私たちが普段見ている「劇場」は、建物全体のごく一部でしかないことがよく分かります。

天井の高い地下は、大道具や機材の収納場所でもある。
舞台の裏側の構造に興味津々の山口先生。

さらに今回、貴重な「スッポン」の体験も。「スッポン」とは花道にある小さな迫り。この「スッポン」の位置は、花道を7:3に分ける場所(七三)にあり、原則として、妖術使いや妖怪、幽霊などの登場・退場に使われます。人ならざるものの通り道ということですね。

山口画伯、あちらの世界へ。
先生、そこから何が見えますか?

伝統芸能の上演が行われる舞台ならではの設備や装置。これらの由来や機能を知ると、より舞台の内容が楽しめそうです。(「スッポン」をはじめ、伝統芸能特有の舞台の設備や呼称については、日本芸術文化振興会が運営する「文化デジタルライブラリー」のコンテンツ「歌舞伎事典」でも紹介されています。)

日本の伝統芸能を支える大勢のスタッフ

さて、国立劇場の特別ツアーはまだまだ続きます。これだけの規模の劇場ですから、舞台以外の施設部分も広く、いろんな部屋があります。劇場の方々のお話をうかがうと、ひとつの公演を大勢のスタッフが支えていることが分かります。

まさに舞台の裏側。舞台操作室も見学。

特に山口先生が興味を示されていたのは、国立劇場のボイラー室。これだけの規模の施設なので、ボイラー室があっても不思議はないのですが、確かに、伝統芸能の舞台裏でボイラーが稼働していると考えると、ちょっと面白いですよね。

国立劇場の図面に、書き込む山口先生。

また落語好きで知られる山口先生、隣接する国立演芸場も見学させていただきました。

寄席に欠かせない「めくり」。見事な壁面収納。
開演前の舞台をチェックするスタッフさんを嬉しそうに眺める山口先生。

伝統芸能の担い手を育てる

そして国立劇場(日本芸術文化振興会)の事業は、伝統芸能に関する公演だけではありません。伝統芸能の伝承者の養成も、重要な事業の一つです。国立劇場では研修制度を設け、劇場内にある養成所にて、歌舞伎俳優や歌舞伎音楽の担い手を目指す若手に向けた研修を行っています。この日も稽古に励む歌舞伎音楽(竹本)の研修生の姿が。

稽古場で、さらさらっとスケッチ。

1日の見学を通じて、国立劇場が、日本の伝統芸能を未来へつないでいくための大切な場所であることを改めて実感しました。

そして最後に、国立劇場の屋上も特別に視察。国立劇場の前には国道20号が走り、その先は皇居のお濠(桜田濠)になっているので、屋上の景色は広々としています。今回の再整備事業で、この風景はどう変わるのでしょうか。

夕暮れの国立劇場の屋上にて。作品制作のための特別に視察。

なお、国立劇場ではこれまで一般の方に向けても、劇場施設をガイド付きで巡る「オープンシアター(ロビー見学/ステージツアー)」を開催してきました。毎回すぐにチケットが完売してしまう人気イベントですが、外国人の皆様(同伴・引率の日本人も参加可能)を主な対象とした英語ガイドツアーは、現在まだ9・10月の回の申し込みを受け付けています。貴重なこの機会、海外のお友達を誘って参加してみては?(※本記事でご紹介したエリアすべてを見学できるものではございません。あしからずご了承ください。)また、ご予定が合わない方は「国立劇場VR」で、オンラインからいつでも国立劇場を見学することができます。

国立劇場の中にある楽屋稲荷。「国立劇場VR」で見つけて下さいね。

そして国立劇場伝統芸能情報館では、10月26日まで、山口氏の新作浮世絵制作のためのスケッチを展示中。伝統芸能情報館は観劇のチケットをお持ちでない方も、どなたでも無料で入場できる施設です。ぜひ足を運んでみてください。浮世絵ポータルサイト「北斎今昔」では、今後も「未来へつなぐ浮世絵プロジェクト」の情報をお届けしてまいります。

国立劇場伝統芸能情報館にて展示中の山口晃氏のスケッチ。方眼紙いっぱいに、新作浮世絵のアイディアが。

文・「北斎今昔」編集部
協力・ミヅマアートギャラリー、日本芸術文化振興会