国芳の猫愛を深く堪能する、太田記念美術館 「江戸にゃんこ」展レポート

国芳の猫愛を深く堪能する、太田記念美術館 「江戸にゃんこ」展レポート

古今東西、芸術家たちが愛し、数多くの作品のモティーフとしてきた生き物は、猫ではないでしょうか。多くの場合は美女と共に、そして時には単体で、アートの中に生き続けてきた猫。そんな猫が描かれた浮世絵を集めた展覧会が、4月1日から東京の原宿にある太田記念美術館にて開催されています。前期と後期でほぼ丸ごと展示替えし、総数180点に及ぶ猫が描かれた浮世絵を見せる「江戸にゃんこ」展のプレビューに、猫を愛してやまない筆者がお邪魔してまいりました! 猫愛炸裂の展覧会リポートです。

歌川国芳「山海愛度図会 七 ヲゝいたい 越中滑川大蛸」(後期展示)個人蔵

猫浮世絵ブームの立役者・歌川国芳 自由自在に動き回る猫たち

江戸時代、最も身近な動物のひとつであった猫は、人々の暮らしを描いた浮世絵にもたびたび登場しました。その姿は、何気ない生活の一風景の中に描かれたり、時には化け猫になったり、はたまたジョークや風刺を交えた戯画(ぎが)として描かれたりと、さまざま。これらの多様なスタイルの浮世絵の中の猫を楽しめるのが、本展「江戸にゃんこ」です。

猫を描いた浮世絵師と言えば、先ず挙げられるのが江戸時代後期に活躍した歌川国芳(うたがわくによし・1798-1861)でしょう。国芳が描いた猫の作品は数多く、また国芳自身も無類の猫好きであったと伝えられています。絵を描いている時にも懐に猫を入れていたというエピソードも残るほどで、その尋常ならざる猫愛は広く知られています。

「よし」がつくものを集めた、めでたづくしの浮世絵「浮世よしづ久志」。画面の片隅で、国「芳」と思しき人物が猫を「よしよし」している。

本展も、まずはその国芳の描いた猫から始まります。前期展示の目玉ともいえる「猫の当字」シリーズの5作。その名の通り、水中生物の名前を猫の姿で形作った作品で、本展(前期)では「かつを」「たこ」「なまづ」「ふぐ」「うなぎ」の5図が展示されています。

「猫の当字」シリーズ5作が一堂に揃うのは、おそらく本邦初。

この作品の見どころは、ただ猫の姿を文字に当てはめたのではなく、表題の水中生物と共に色々な猫たちが、色々なポーズで文字を形作っていて、しかもそれらがとても自然なところ。サイズや模様もさまざまで、前を向いたり、横を向いたり。それぞれの猫がのびのびと自由自在に駆け回っているような、猫好きならば思わず微笑まずにはいれられないような、そんな作品です。

歌川国芳「猫の当字 かつを」(前期展示)個人蔵

国芳と天保の改革 擬人化された猫たち

ご覧の通りの確かな画力に、奇想天外なアイディアが相まった国芳の浮世絵は、多くの人々の支持を得ました。

歌川国芳「猫の百面相(荒獅子男之助ほか)」(前期展示)個人蔵

中でも、国芳が描いた猫の擬人化(人間の擬猫化)は人気を博し、歌舞伎役者たちが猫の姿で団扇絵に描かれ、更にその猫団扇が歌舞伎の舞台で使用され、更にそのシーンを描いた浮世絵が描かれる、というメディアの連鎖も生まれたほどです。

国芳の猫のモデルとなった歌舞伎役者が、舞台に猫団扇を持ち込んでいる。

そんな折、江戸の町には天保の改革の風が吹き始めました。風俗や思想を取り締まり、贅沢を禁じた改革の影響は、庶民の楽しみであった浮世絵も直撃。これまで人気であった役者絵や遊女を描いた美人画などを禁じた他、使用する色数などにも新たな制約をもたらしました。

天保の改革による出版統制が、国芳の猫たちの人気の追い風に!?

しかし、江戸のマスメディアであった浮世絵を世に送り出していた版元と絵師は、統制を逆手に取ったアイデアで幕府からの逆風に立ち向かっていきます。「役者や遊女を描いてはいけないのなら、別のものに置き換えてしまえばよい!」という反骨精神で、絵師たちはユニークな擬人化表現を次々と考案しました。そしてその流れを大きく牽引したのは、紛れもなく国芳の描いた擬人化猫たちだったと言えるでしょう。

やっぱり国芳の猫愛は格別! 猫好きならではの視点がたっぷり

猫の浮世絵が多く描かれた背景には、こうした天保の改革などの政治的な要因もありましたが、やはり一番の理由は「猫が多くの人に愛されていたから」だと思うのは筆者だけでしょうか。

歌川国芳「其まゝ地口 猫飼好五十三疋 上中下」(後期展示)ギャラリー紅屋蔵
日々猫と暮らす人にはお馴染みのあんな仕草やこんな仕草。国芳の猫好きが伝わってくる。

江戸の町のどこにでも存在し、庶民に広く愛された猫。そしてその猫をこよなく愛した浮世絵師・歌川国芳が描いた猫だからこそ、人気を博したのではないかと思うのです。

本展では、国芳以外の絵師の猫を描いた浮世絵も数多く展示されていますが、それらを一同に展観してみると、国芳がどれほど猫好きであったのかということに改めて気付かされます。国芳の筆から生まれた猫たちは、猫好きが知っている、そして猫好きがこよなく愛する、猫独特の動きや表情に満ちています。それはただの観察眼ではなく、まさに「超絶猫愛」からしか生まれ得ないもの。

(左)月岡芳年「古今比売鑑 薄雲」(後期展示)個人蔵 (右)歌川広重「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」(後期展示)太田記念美術館

江戸の愛され猫は尻尾が短い!?

かくして本展のプレビュー中、改めて国芳の猫愛を実感、そして堪能し、にやにやしてしまった筆者でありますが、会期中は同じく猫好きの人々が会場でにやにやしながら国芳の猫を眺める姿を容易に想像してしまいます。貴方が無類の猫好きであるのなら絶対に、そして猫好きでない方にも是非ご覧いただきたい猫尽くしの浮世絵の展覧会が「江戸にゃんこ」展です。

広重が描いた猫も。いろんな模様の猫が描かれているが、総じて尻尾が短かい。

さて、4月29日から始まる後期展示も絶対に観に行かねばと心に誓う筆者が、プレビュー中にふと思ったのが「江戸の猫は尻尾が皆短かい?」ということでした。そうなんです。出てくる猫はどれも短尾ちゃんなのです。猫の品種にジャパニーズボブテイルと言う尻尾の短かい猫がありますが、浮世絵の中の猫たちは皆それぐらいか、それよりちょっと長めの尻尾なのです。

化け猫が登場する歌舞伎の演目。頬被りをして踊る猫の尻尾の先が二つに分かれている。

しかし、尻尾の長い猫も描かれています! でも、それはほぼ「猫又」。つまり妖怪ということ。江戸の人々は「尻尾の長い猫は尻尾の先が裂けて猫又になるから、縁起が悪い」と考えていたよう。それゆえ、尻尾の短かい猫が好まれ、繁殖していったようです。たまたま尻尾が長く生まれてしまった猫たちの苦労も偲ばれると涙してしまった筆者でした(ちなみに、筆者は尾の長い猫が特に好き!)。

美術館の受付にいるこの子たち(新商品)も見つけてくださいね。
江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし
会 期:2023年4月1日(土)〜5月28日(日) ※前後期で全点展示替え
   前期 4月1日(土)~4月25日(火)/後期 4月29日(土・祝)~5月28日(日)
時 間:10:30〜17:30(入館は閉館30分前まで)
休館日:4月3日、10日、17日、24日、26〜28日、5月1日、8日、15日、22日
会 場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
観覧料:一般 1200円/大高生 800円/中学生以下 無料
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

文・中山浩子