北斎はファッションデザイナー!? 「北斎模様」ってなに?

北斎はファッションデザイナー!? 「北斎模様」ってなに?

数々の名作を世に送り出した天才浮世絵師・葛飾北斎。今や世界的なアーティストとして認識されている北斎ですが、芸術的な作品だけでなく、着物の柄までデザインしていたのはご存知ですか? 北斎が手掛けた図案集「北斎模様」についてご紹介します。

北斎がデザインした、櫛、煙管、そして着物の柄

江戸時代は、現在のように既製服が存在しません。新しい着物を手に入れる場合は、まず布(反物)を購入し、着る人の体型に合わせて仕立てていました。とうぜん写真が豊富に掲載されているファッションカタログもありません。代わりに、流行の着物の柄や着こなしを多くの人に伝えていたのが浮世絵です。

そしてまた、着物や工芸品の図案集(雛形本)も大きな役割を果たしていました。実は、我らが葛飾北斎も、そうした図案集を手掛けています。櫛と煙管(きせる)のデザイン帳『今様櫛きん雛形』(1823年初版)、そして着物のパターン集『新形小紋帳』(1824年初版)です。

葛飾北斎『今様櫛きん雛形』より(参照:国立国会図書館デジタルコレクション

櫛、煙管そして着物といったものに馴染みの薄い方でも、北斎の奇想天外かつ巧妙なデザインに、思わず見入ってしまうことと思います。(現在、どちらも国立国会図書館のデジタルコレクションで全ページをご覧いただけます。)現代でも活用できそうなデザインですよね。


葛飾北斎『北斎模様画譜』より(参照:国立国会図書館デジタルコレクション

特にこの『新形小紋帳』は北斎が亡くなったのち、明治17(1884)年に増刷(復刊)されていて、その際には『北斎模様画譜』という「北斎」を冠した名前で売り出されました。以後、『北斎模様画譜(新形小紋帳)』に掲載されている模様は、「北斎模様」という名前で親しまれるようになります。

「北斎模様」時を越えて、海を渡る

この「北斎模様」がふたたび注目を集めたのは、1986年のこと。『北斎模様画譜(新形小紋帳)』の版木15枚が、なんと米国ボストン美術館の収蔵庫の中から発見されたのです。明治期の増刷(復刊)時に一部手が加えられていたものの、北斎が生きていた当時の版木がそのままのかたちで残っていました。明治のお雇い外国人であったW・ビゲローが日本滞在中に入手し、母国に持ち帰っていたのです。

ボストン美術館で発見された古版木群は、日本に持ち込まれ、アダチ版画研究所の摺師たちによって、ふたたび摺られることになりました。『北斎模様画譜(新型小紋帳)』以外にも、多数の作品の版木が見つかり、その総数は527枚にのぼりました。翌年、再摺した浮世絵を公開する「ボストンで見つかった北斎展」は、全国8会場を巡回し、多くの人に豊かな江戸の出版文化と現代の職人技を伝えました。

アダチ版画研究所がボストン美術館所蔵の古版木を再摺した『北斎模様画譜』(提供:アダチ版画研究所)

さて、こうして昭和の終わりに日の目を見た「北斎模様」。最初の出版から100年以上が経過していましたが、北斎のセンスは多くの人を魅了し、クリエイターの心を刺激しました。特に「北斎模様」に共鳴したのが、現代のデザイナーやイラストレーターでした。そもそも職業画家である浮世絵師の仕事は、芸術家のそれよりも、デザイナーやイラストレーターのそれに近いと言えます。実際に海外では、絵師・彫師・摺師の三者の共同制作である浮世絵版画の作者について、「illustrated by HOKUSAI」や「designed by HOKUSAI」といった説明が為されていました。

1987年、アダチ版画研究所では、アートディレクターの浅葉克巳さん、グラフィックデザイナーの佐藤晃一さん、松永真さんらとともに、「甦る北斎模様」と題した企画で木版画の作品を発表しました。3名がそれぞれ絵師となり、「北斎模様」をモチーフにした作品を制作。これを同社の彫師・摺師が版画にしたのです。3名の作品は「北斎模様」がいかにモダンであるかを十二分に物語りました。

企画「甦る北斎模」で制作された版画作品。浅葉克巳「北斎の色メガネ」(左上)佐藤晃一「サイコロ」(右)松永真「DEEP SEA」(左下)(提供:アダチ版画研究所)

粟津潔 meets 北斎模様

そして「北斎模様」に着想を得て、9図の木版画の連作を生み出したのが、グラフィックデザイナーの粟津潔(あわづきよし・1929-2009)さんでした。粟津さんと言えば、金沢21世紀美術館で開催された大回顧展「粟津潔 デザインになにができるか」(2019年5月18日〜9月23日)が記憶に新しいですね。ポップでありながらダーク、どこか土俗的な匂いがするのにエッジィな独特のデザインは、今なお多くのファンに愛されています。寺山修司主宰の劇団「天井桟敷」のポスターのデザインでご存知の方も多いのでは。

粟津潔「北斎模様・潔彩色図譜」(提供:アダチ版画研究所)

そんな粟津さんが、モノクロの「北斎模様」を画面に再構成し、大胆に「彩色」したのが、9図から成る「北斎模様・潔彩色図譜」の木版画のシリーズでした。こちらの版画制作も、ボストン美術館の『北斎模様画譜』の再摺に携わったアダチ版画研究所の職人たちが行いました。

粟津潔「北斎模様・潔彩色図譜」(提供:アダチ版画研究所)

葛飾北斎と粟津潔という二つの個性が、ぶつかることなく、見事に互いを引き立て合っていると思いませんか。それはおそらく、二人がともに優れたデザイナーだから。

粟津潔「北斎模様・潔彩色図譜」(提供:アダチ版画研究所)

浮世絵師の仕事も、デザイナーの仕事も、多くの人々と共同で作業を行います。浮世絵師は、版元のプロデュースの下で絵を描き、彫師・摺師に自分の描いた絵を委ねます。デザイナーも、納期や予算と折り合いをつけながら、クライアントの要望を汲み取り、実際にものづくりを行う工場や職人と上手にコミュニケーションをとっていかなければなりません。自分の作業だけで完結しない、というのは往々にして困難を伴いますが、一方、各方面のプロフェッショナルが集結することで、想像以上の結果を生み出すこともできます。

さまざまな需要を想定した「北斎模様」は、世紀を越えたコラボレーションにも難なく応え、また粟津さんの北斎に対する深いリスペクト、そして木版画技術への理解が、このような作品を生み出したのではないでしょうか。天才・北斎のデザインの領域、ぜひ皆さんものぞいてみてくださいね。

文・「北斎今昔」編集部