いま見たい、この一枚! 〜歌川広重「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」(貨幣・浮世絵ミュージアム)〜

いま見たい、この一枚! 〜歌川広重「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」(貨幣・浮世絵ミュージアム)〜

名古屋の繁華街・栄にある三菱U F J銀行名古屋ビル。同ビルの1階に、昨秋ユニークな文化施設がリニューアルオープンしたのをご存じでしょうか? 古今東西の貴重な貨幣資料と江戸時代の浮世絵を展示している、その名も「貨幣・浮世絵ミュージアム」! 現在リニューアルオープン記念として、あの広重の代表作「保永堂版 東海道五拾三次」の企画展を開催中です。同館学芸員の鏡味さんに、展示作品の中から名古屋ゆかりの一枚をご紹介いただきました。 


貨幣・浮世絵ミュージアム 学芸員 鏡味千佳(かがみ・ちか)さん
名古屋ボストン美術館学芸員を経て、2019年より現職。担当展覧会は「花鳥画の煌き―東洋の精華」(2005年)、「江戸の誘惑」(2006年)、ボストン美術館浮世絵名品展シリーズ「錦絵の黄金時代」(2010年)、「北斎」(2013年)、「鈴木春信」(2017年)をはじめ、「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」(2014年)、「俺たちの国芳 わたしの国貞」(2016年)など多数。

広重が描いた東海道の最高傑作を、良質なコレクションで

——このたびはリニューアルオープンおめでとうございます。開催中の「保永堂版 東海道五拾三次展」の内容や見どころを教えてください。

本展では、歌川広重(1797‐1858)の代表作である保永堂版「東海道五拾三次之内」全55枚を一挙公開しています。当館は広重の手がけた東海道シリーズを多く所蔵していますが、なかでも保永堂版は比較的初期に摺られ状態も良いと定評があります。本展は東海道を4つの地域に分け、江戸・日本橋から京都・三条大橋までの東海道を旅するように辿るとともに、江戸時代に詠まれた川柳句集『誹風柳多留』から、各宿場と関連する句をピックアップして合わせて紹介しています。川柳とのコラボレーションで一層広がる豊かな絵画世界をご堪能ください。

貨幣・浮世絵ミュージアムの「浮世絵展示室」。約1800点の所蔵品の中から、企画に合わせて作品を展示。

江戸時代の鳴海の街並みにタイムトリップ

——広重が描き出した宿場の賑わいが、川柳の言葉と相まって一層味わい深いものになりますね。展示作品の中で、鏡味さんおすすめの作品を教えてください。

歌川広重の「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」をご紹介しましょう。

歌川広重「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」天保4年(1833)頃 横大判錦絵 貨幣・浮世絵ミュージアム蔵

ここは鳴海の宿場から東へ一里(およそ4キロ)ほどの有松村(愛知県名古屋市緑区)。この辺りは三河や知多半島など良質な木綿の産地と近く、それを絞(しぼ)り染めにした「有松絞」が有名です。この絞りには、『東海道中膝栗毛』の弥次・喜多も魅了されており、「ほしいもの有まつ染よ人の身のあぶらしぼりし金にかへても(人の身の油を搾った金にかえてでも欲しいものは有松絞だ)」とあり、東海道のお土産として人気が高かったことがうかがえます。

有松絞は、蜘蛛(くも)絞り、三浦絞り、縫絞りなど、絹よりも丈夫な木綿だからこそ生み出された多様な技法が特徴で、百種類以上を誇る手法が今も当地に伝わります。画中でも、道沿いに軒を並べる絞問屋の店先には木綿を藍や紅で染めた美しい布地が掛けられ、あたかもウィンドウショッピングをしている気分にさせられます。また、建物は防火のために漆喰を塗り込めた塗籠(ぬりごめ)造りで、2階は目の細かな縦格子が並ぶ「虫籠窓(むしこまど)」になっており、有松の町並みの特徴をよく捉えています。

歌川広重「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」(部分) 貨幣・浮世絵ミュージアム蔵

その店の前を歩く旅人たちは、みな女性ばかりです。「あの浴衣、素敵ね」「可愛い手拭が欲しいわ」など、今にも声が聞こえてきそうです。今も昔も、女性たちのお洒落と買い物好きは変わりません。ウィンドウショッピングとファッション談義に花を咲かせつつ進む旅路は、女性の旅人で大賑わい。街並みに一層の華やぎを加えています。

「絞り程鳴海の沖にいわし雲」という江戸時代の川柳がありますが、画中の空は絞りの藍と呼応するように爽やかな晴天が広がっています。

ちなみに、お店の暖簾には広重の「ヒロ」印や「竹内」「新板」の文字が白く染め抜かれ、本シリーズの宣伝にもぬかりがありません。

歌川広重「東海道五拾三次之内 鳴海 名物有松絞」(部分) 貨幣・浮世絵ミュージアム蔵

2019年5月、有松は文化庁から「日本遺産」に認定されました。現在でも、江戸時代の面影を残す美しい町並みが広がっています。本作のほかにも、広重の「東海道五拾三次之内」には風光明媚な景色にとどまらず、各地の名産や名物が多く描かれています。見ている私たちまで、なんだか旅に出たくなる、そんな魅力のある一枚です。

——名古屋ならではのご当地浮世絵をご紹介いただき、ありがとうございます!

浮世絵だけじゃない、名古屋の街なかミュージアム

——最後に「北斎今昔」の読者の皆さまに、メッセージをお願いします。

当館は、東海銀行(三菱 U F J銀行の前身である一行)の創立20周年事業として、昭和36年(1961)に貨幣を紹介する貨幣展示室を開室したことに始まります。古今東西の珍しい貨幣約1万5千点と歌川広重の浮世絵版画を多数所蔵し、長く「貨幣資料館」として親しまれてきました。2021年11月29日より「貨幣・浮世絵ミュージアム」と館名を新たにし、名古屋・栄の三菱U F J銀行名古屋ビル1階にリニューアルオープンいたしました。

本展はその記念展で、保永堂版の公開は当館でおよそ10年ぶりとなります。浮世絵だけではなく、浮世絵に登場する人物たちも使ったであろう江戸時代の多種多様な貨幣や大判・小判も合わせてご覧いただけます。装いも新たにした当館で、江戸時代へのタイムスリップをぜひお楽しみください。

——栄のショッピング帰りに気軽に立ち寄れる場所に、こんな素敵な(しかも無料!)ミュージアムがあるなんて。これはぜひ足を運ばねば。今後の展示も楽しみです。

展覧会情報

リニューアルオープン展「保永堂版 東海道五拾三次展」
会 期:2021年11月29日(月)~2022年2月13日(日)
時 間:09:00〜16:00(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:祝日・年末年始(12月31日~1月3日)
会 場:貨幣・浮世絵ミュージアム(愛知県名古屋市中区3-21-24 三菱UFJ銀行名古屋ビル1階)
観覧料:無料(団体見学の方は事前にご連絡ください)
お問合せ:052-300-8686
公式サイト:https://www.bk.mufg.jp/currency_museum/index.html

寄稿・鏡味千佳(貨幣・浮世絵ミュージアム 学芸員)
協力・貨幣・浮世絵ミュージアム