北斎の名品がロンドンからやって来た!「大英博物館 北斎」展レポート

北斎の名品がロンドンからやって来た!「大英博物館 北斎」展レポート

2022年4月16日より、六本木の東京ミッドタウン内にあるサントリー美術館で「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―」が始まりました。はるばるイギリスからやってきた大英博物館の所蔵品を中心とした北斎の名品展。世界トップクラスのクオリティのコレクションで、北斎作品を鑑賞できる貴重な機会です。

大英博物館の名品でたどる画狂老人の半生

19世紀の終わりに海を渡り、世界中を魅了した日本の浮世絵。現在、世界各国の美術館・博物館に浮世絵が所蔵されていますが、その中でも屈指の北斎コレクションを誇るのが、イギリスはロンドンにある大英博物館です。六本木のサントリー美術館で開催中の展覧会「大英博物館 北斎 ―国内の肉筆画の名品とともに―」は、この大英博物館の所蔵品に、日本国内の機関が所蔵する作品を一部交え、前後期で120件余の北斎作品および関連作品・資料を展示する、北斎の名品展です。
 


展示は第一章から第六章まで2フロアに渡って展開。広大なサントリー美術館の空間を埋め尽くす(版画作品は一点一点のサイズがさほど大きくないにもかかわらず!)北斎作品のパワーに改めて驚かされます。今回の展覧会では、90年という長寿を全うした北斎の人生の中でも、特に代表作を多く生み出した最後の30年にフォーカス。非常に濃密で充足感のある展示となっています。

会場入ってすぐのスペースに鎮座まします「赤富士」こと「冨嶽三十六景 凱風快晴」(大英博物館)。

会場に入って最初の展示ケースでは、あの「赤富士」こと「凱風快晴」が私たちを出迎えてくれます。遠目からでもはっきりと分かる、青い空と赤い山肌のコントラスト。隈研吾氏が手がけた和モダンな美術館の建築と相まって、富士の姿はとてもエレガントに見えます。スタートからのこの静かな高揚感。来場者の期待を裏切らず、この後も惜しみなく名品が並んでいます。

傾斜のついた台に並べられた「冨嶽三十六景」シリーズ。

「北斎今昔」イチオシポイントは、版画作品の展示方法。絵画の展覧会の場合、壁に垂直に掛けられた作品を鑑賞することが多いと思いますが、本展では展示品の多くが傾斜をつけた台の上に並べられています。江戸時代、浮世絵版画は庶民が手頃な価格で買って気軽に楽しんでいたもの。おそらく多くの購入者が手に持って眺めていたでしょう。ガラス越しではありますが、「大英博物館 北斎」展では当時の庶民の目線を追体験できるようになっているんです。

あの「神奈川沖浪裏」も、覗き込むように見ることができます。(そしてなんと、この作品は撮影も可能!)絵草紙屋の店頭で、新発売の北斎の波の絵を手にしたときの江戸の人々の衝撃と感動をぜひ体験してみてくださいね。

「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(大英博物館)。江戸時代の人々はどんな気持ちで、店頭でこの作品を手に取ったのだろう。

そしてもう一つのイチオシは音声ガイド。今回の展覧会の音声ガイドのナビゲーターを担当したのは、映画「HOKUSAI」(2021年)で老年期の北斎を演じた舞踊家・俳優の田中泯さんです。ガイドの中で特段それを意識させるような演出はないのですが、最終章で静かに語られる北斎の最期は、かえって一層胸に迫るものがありました。北斎の飽くなき探究心と向上心への共感が、田中泯さんの言葉には自ずと滲み出ていたように思います。

「あの絵知ってる」「見たことある」つもりにならずに改めて!

さて、今やポスター、TVCM、商品パッケージとさまざまなデザインに使用され、日常で何かと目にする北斎作品。「北斎今昔」の読者の中には、美術館や博物館で北斎の作品を見たことがある、という方も多いと思います。名画ゆえの諸刃の刃ですが、ここまで図像がありふれてしまうと、せっかく浮世絵展の会場に足を運んでも既知の図の確認作業になりがちです。

モダンなデザインでも様になる北斎の富士山。4階から3階へのアプローチの途中に。

が、「大英博物館 北斎」の展示作品は、きっと多くの方の北斎作品の印象を刷新してくれるでしょう。会場には、200年近く前のものとは思えないくらい美しい、選りすぐりの作品が並んでいます。なんと言っても、あの北斎の「神奈川沖浪裏(The Great Wave)」を3点も所蔵している大英博物館ですから、コレクションのクオリティにまるで妥協がありません。いや、それにしても大英博物館さん、お目が高い。

「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(大英博物館)。大英博物館が所蔵する3枚の「神奈川沖浪裏」の中でも、今回来日しているのは、気品のある色遣いの一図。

ここで「なぜ大英博物館は同じ図を3枚も?」と思われる方もいらっしゃるかと思います。浮世絵版画は、同じ図柄でもさまざまな状態の作品が存在するのです。まず、制作(増刷)の過程で複数名の職人が関与するため、色味や摺の状態が制作時期によって異なります。時には売れ行きを見ながら摺の工程を意図的に変更することもありました。

また増刷を重ねることで版は摩耗していくので、初めの摺と後の摺ではだいぶ違った印象を受けますし、作品を保管する環境にも左右されます。そしていろんなバージョンが存在するということは、その浮世絵がそれだけ量産され流通した人気作だったということを証明します。

「垂櫻 鷽」(大英博物館)。海外から輸入されたプルシャンブルーの絵の具を用いた花鳥図。新素材の藍を用いた絵づくりに挑戦する北斎と職人たちの会話を想像する。

今回、大英博物館からやって来ている北斎の版画作品は、間違いなく当時の一流の職人の手に成るもの。特に摺師の豊かな色彩感覚には目を見張るものがあります。隆起した水面の立体感、やわらかな花弁の質感、晴れ渡る空の拡がり。指定された色をただ摺っているのではなく、北斎とともに絵づくりをしているのが伝わってきます。ぜひ会場では「知ってる」「見たことある」作品ほど、丁寧に見てみてください。きっと新たな発見があると思います。

外科医に詩人、北斎に魅了されたコレクターたち

それにしても、なぜこんなに多くの北斎の名品が、日本から遠く離れた大英博物館にあるのでしょうか。大英博物館は、総数800点を超える世界最大級の北斎コレクションを所蔵しているそうです。今回の展覧会は、この北斎コレクションの礎を築いた6人のコレクターについても紹介しています。

大英博物館の北斎コレクションの礎を築いたコレクターたちを紹介するパネル。

すなわち、外科医のウィリアム・アンダーソン。大英博物館の学芸員であったオーガスタス・ウォラストン・フランクス。作家のアーサー・モリソン、画家のチャールズ・ヘーゼルウッド・シャノン、詩人のローレンス・ビニョン、そして学者のジャック・ヒリヤー。この多彩な顔ぶれからも、北斎芸術のボーダレスな影響力をうかがい知ることができるでしょう。

「大英博物館 北斎」展プレス説明会に届いた大英博物館からのビデオメッセージ。大英博物館アジア部日本セクション学芸員のアルフレッド・ハフト氏。©The Trustees of the British Museum

中でもウィリアム・アンダーソンは、御雇外国人として約7年間日本に滞在し、その間に日本美術の一大コレクションを築き上げ、帰国後『日本絵画芸術(Pictorial Arts of Japan)』という本まで出版しました。彼の日本文化に対する造詣の深さは驚くべきもので、同書からは彼が日本の美術を体系的にとらえようとしていたことが分かります。その中でも彼は浮世絵師の中で特筆すべき存在として北斎を取り上げ、北斎の作品を複数の図版を以て紹介しています。

ウィリアム・アンダーソンが所蔵し『日本絵画芸術』の図版にも使用した「為朝図」(大英博物館)。

19世紀後半、ジャポニスムの中心はフランスでしたが、このようにイギリスでも北斎の作品を高く評価し、その魅力を広く伝えることに尽力した人々がいたのです。そしてその想いは現在まで続いています。2020年、大英博物館が北斎の幻の挿絵「万物絵本大全図」103点(※)を購入したというニュースは、皆さんの記憶にも新しいと思います。浮世絵は今なお世界中で愛され、その歴史は更新され続けているのです。(※今回の展覧会には出品されていませんが、大英博物館のウェブサイトで全図を見ることができます。)

最後に、内覧会で大英博物館の学芸員・アルフレッド・ハフト氏が紹介されたローレンス・ビニョンの言葉を引用したいと思います。「世界は我々の想像を上回る驚きに満ち、我々を狂気させる力の源であることを北斎は明らかにした。それは、これから我々自身が発見していくことができるものでもあるのだ」

森羅万象、目に見えるものも見えないものも描き尽くそうとした北斎。ローレンス・ビニョンは北斎作品との出会いを「美と驚きがひとつになった衝撃」と表現している。

「大英博物館 北斎 ―国内の肉筆画の名品とともに―」は、北斎という一人の絵師の類稀なる創意はもちろん、浮世絵文化を支えた名もなき職工たちの弛まぬ努力、それらを慈しみ、評価し伝えてきた芸術文化の愛好者たちの熱意に心打たれる展覧会です。春の六本木で、ぜひ北斎と世界の天才を生み出した人々の物語をお楽しみください。会期中の5月14日には浮世絵版画を生んだ日本の伝統的な木版技術を紹介するデモンストレーションも開催されます。※要事前予約・先着順

展覧会情報

大英博物館 北斎 ―国内の肉筆画の名品とともに―
会 期:2022年4月16日~6月12日 ※作品保護のため、会期中展示替えあり
時 間:日・月・水・木 10:00~18:00
金・土および4月28日(木)、5月2日(月)〜4日(水・祝) 10:00~20:00(※入館は閉館の30分前まで)
 ※10:00〜11:00は入館方法(3階までのルート)が限られますのでご注意ください。
休館日:火曜日(5月3日、6月7日は開館)
会 場:サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)
観覧料:一般 1,700円/高大生 1,200円/中学生以下 無料
お問合せ:03-3479-8600 
公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2022_2/index.html

文・松崎未來(ライター)
協力・サントリー美術館