北斎の飽くなき探究心に触れる。太田記念美術館「北斎とライバルたち」展レポート

北斎の飽くなき探究心に触れる。太田記念美術館「北斎とライバルたち」展レポート

日本屈指の浮世絵所蔵数を誇る浮世絵専門の美術館・太田記念美術館(東京・原宿)で、2022年4月22日より、企画展「北斎とライバルたち」展がスタートしました。北斎のライバルといえば、同時代に活躍し風景画を得意とした広重などが従来よく取り上げられてきましたが、本展は、北斎と同時代・次世代に活躍した絵師たち、前後期合わせて総勢25名にのぼる「ライバルたち」の作品を紹介。北斎作品をそれらと比較することで「北斎らしさ」に迫ります。

「富士山」を通して絵師たちの個性と工夫を見る

今回の展示は全6章で構成されています。第1章から第5章までは、北斎とその同時代の絵師たちの作品とをジャンルごとに比べた5種の対決形式で展観され、そして最終章では北斎に影響を受けた次世代の絵師たちの作品が紹介されています。北斎が若かりし頃から晩年に至るまでに描いた様々な作品がそろっており、北斎と周囲の絵師たちとの関係性を知りながら、彼の画業を通観することができます。

第1章は「富士山対決」。展示室内に入ると、北斎の代表作である「冨嶽三十六景」の名作がズラリと並んでいます。実はここ、今回の展示の直前に一部改修されたスペース。リニューアルされた広々とした空間で、ゆったりと北斎の傑作たちを鑑賞することができます。

「冨嶽三十六景」の人気作を並べた贅沢な第1章の展示。


次の壁面からは、歌川広重のほか、当時第一線で活躍していた歌川国貞や渓斎英泉など様々な絵師たちが富士山を描いた作品が北斎の富士と並べて掛けられています。鳥居越しに富士を見るといった同じ「構図」、多摩川をはじめとした同じ「場所」、舟のような同じ「モチーフ」を描いた作品など、共通項がある作品たちを見比べてみると、北斎とライバルたちそれぞれの個性が浮き彫りになってきます。

それぞれ異なる視点から松並木を描いた浮世絵を比較。左から、北斎、広重、国芳。

こちらは「松並木越しの富士」を描いた、北斎・広重・国芳の作品。松並木を、北斎は画中の人物と同じ目線で真横から、広重は奥行きを表現するための装置として左手前から、国芳は奥行きを表現しながらも正面から捉えており、三者三様の工夫が凝らされています。


(上段より)葛飾北斎「冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷」、歌川広重「東海道十五 五十三次 吉原 名所左り不二」、歌川国芳「東海道五拾三駅三宿名所 原から蒲原まで三宿」

あえて富士山を小さく描いたり、人々の視線の先に配置して鑑賞者の目を引きつけたりと、他の絵師たちと比較することで見えてくる北斎独特の遊び心にも注目です。

北斎の原動力は「悔しさ」だった?!

第2章は「役者絵対決」。北斎といえば風景画のイメージが強いですが、実は彼が10代で入門したのは勝川春章という役者絵界の第一人者でした。北斎は20~30代にかけて役者絵を数多く制作していますが、同じ勝川派の兄弟子たちに比べ高い評価を得ることはできなかったそうです。本章ではそんな北斎の苦難の時代に焦点が当てられ、勝川派の兄弟子たちの作品、そして北斎が役者絵制作を離脱した直後に現れた歌川豊国や東洲斎写楽などの役者絵界の新星たちの作品が展示されています。

なかなか世間に認められなかった、若き日の北斎の役者絵。

第2章の見どころはなんといっても北斎と周囲の人物との人間関係。当時の北斎の周りには、不仲な兄弟子や、どんどん活躍していく年下の兄弟子、そして15年続けた役者絵の制作をやめた直後に現れた写楽や豊国といった新星たちの存在がありました。キャプションの解説を読みながらライバルたちの作品を眺めていると、若き日の北斎の悔しさがひしひしと伝わってくるようです。こうした苦節の経験が、70代で傑作「冨嶽三十六景」を生み出し、晩年まで真を描くことを追求し続けた北斎の原動力となっていったように感じました。

第3章は「美人画対決」。こちらは浮世絵版画ではなく、絵師本人の描線を堪能できる肉筆の作品を中心に展示。北斎と同世代の絵師たちとの筆致をじっくりと見比べることができます。素早く筆を走らせたであろう部分まで精密な北斎の線を、ぜひ楽しんでいただきたい章です。

絵師本人が直接描いた一点物の肉筆浮世絵。向かって左の三幅対が北斎の作品。

切磋琢磨する北斎とライバルたち

第4章は「風景画対決」。富士山の姿を描いた「冨嶽三十六景」以外にも、北斎は様々な風景画を描きました。歌川豊春がその名を馳せた「浮絵」という手法や、北尾政美(鍬形蕙斎)が積極的に制作していた「鳥瞰図」の手法など、他の絵師たちによって生み出された流行を、北斎は貪欲に吸収していたそう。その探究心の強さが表れていますね。

北斎も他の絵師から影響を受けていたことがよくわかる「風景画対決」のコーナー。

また、北斎が他の絵師を意識していたのと同様に、他の絵師たちも北斎のことを強く意識していたことも伺えます。こちらは木曽街道の上松宿にある小野の滝を描いた北斎と広重の作品。

葛飾北斎「諸国滝廻り 木曽海道小野ノ瀑布」歌川広重「木曽海道六拾九次之内 上ヶ松」

縦と横と、画面の向きは異なりますが、横から滝を眺める視点や描かれた建造物など多くの類似点が見られます。刊行は北斎の作品の方が早く、広重が北斎の作品を念頭に作品を描いたことは間違いないでしょう。

当時の人々も絵師同士のこうした対決を楽しんでいたのかも。
葛飾北斎「諸国滝廻り 木曽海道小野ノ瀑布」歌川広重「木曽海道六拾九次之内 上ヶ松」(いずれも部分図)

第5章は「武者絵対決」。その中には、歌川国芳の代表作の一つ「通俗水滸伝豪傑百八人一個」を意識したであろう北斎の武者絵もありました。北斎は『水滸伝』の読本の挿絵を描いており、自分が国芳よりも先に『水滸伝』を手がけたのだという自負があったのかもしれないとのこと。

二人の絵師のプライドとリスペクトが交錯する。
葛飾北斎「鎌倉権五郎景政 鳥の海弥三郎保則」、歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人一個 出林龍鄒淵」

意識し合い、影響され合う、他の絵師たちとの「ライバル」関係が楽しめる4章と5章。北斎が同時代の絵師たちからも評価されていたことに加え、北斎の負けず嫌いな一面も垣間見ることができ、天才絵師というラベルの下にある人間らしい姿が見えたような気がしました。

天才絵師・北斎を形づくったもの

最後の第6章では「次世代への影響」として、北斎の作品を模倣した興味深い作例が紹介されています。それだけ北斎の実力は当時から高く評価されていたのでしょう。そして現代においても北斎は世界的に有名であり、彼の作品にインスパイアされた作品が数多く制作されています。

今回の展示を通して見ると、北斎がこうして後世まで名を残す天才絵師となったのは、彼自身の努力の賜物であっただけでなく、対抗心を刺激してくれるライバルたちが彼の周りに存在していたことも大きく影響していたのかもしれません。

北斎の絵本の仕事も紹介。錦絵を含むさまざまな江戸の出版物によって、北斎の作品は広く後世にまで影響を及ぼすことに。

多彩なライバルたちの作品との比較を通して、北斎作品の特色や人間性なども含めた「北斎らしさ」に迫ることのできる本展。約2か月間にわたる展示ですが、前後期で全作品が入れ替えとなりますので、ぜひどちらの会期もチェックしてみてくださいね。

展覧会情報

北斎とライバルたち
会 期:2022年4月22日~6月26日
    前期 4月22日〜5月22日/後期 5月27日〜6月26日
時 間:10:30〜17:30(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日、および5月23日〜26日
会 場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
観覧料:一般 1,000円/高大生 700円/中学生以下 無料
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

文&撮影・杉本奈緒(「北斎今昔」編集部)
協力・太田記念美術館