新版画へのオマージュ!麗しの浴衣美人が木版画に 日本画家・宮﨑優さんインタビュー

新版画へのオマージュ!麗しの浴衣美人が木版画に 日本画家・宮﨑優さんインタビュー

繊細な描線と柔らかな色彩の美人画で、多くの人を魅了している日本画家・宮﨑優さん。第9回アダチUKIYOE大賞の大賞を受賞し、2018年に現代の職人たちと浮世絵版画を制作しました。その時の作品「花ざかり」は好評につき、商品化され完売。あれから5年、宮﨑優さんが再び現代の職人たちとともに、新作版画「櫛にながるる黒髪」を発表します。(2023年7月17日発売予定。)新作版画の制作・出版を行う工房兼版元のアダチ版画研究所を訪れた宮﨑さんに、お話をうかがいました。

新版画・橋口五葉へのオマージュ

――アダチUKIYOE大賞で大賞を受賞され、現代の彫師・摺師と木版画を制作して以降、浮世絵の見方は変わりましたか?

「はい、ずいぶん変わりました。作品に使用されている技術に、今まで以上に着目するようになりました。たとえば歌麿の『衝立の男女』や『婦人泊り客之図』といった作品に見られる薄い布地や蚊帳の表現ですね。木版だからこそ、あれだけ細かい模様や細い線を、大胆に人物の描写の上に載せながら、フラットに見せることができるのだと思います。


喜多川歌麿「婦人泊り客之図」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

こうした表現は、彫師・摺師の技術が前提となります。絵師・彫師・摺師が互いを意識し、高め合うようにして編み出されていった技術であり、表現なのだと思います。

私がUKIYOE大賞に応募するきっかけになったのは、着物の柄や染めの美しさを木版画の中でどこまで再現できるかということへの興味でした。筆で着物の柄を描こうとすると、どうしても塗りムラや絵具の厚みが出てしまって、本来の着物の質感から遠ざかってしまうと感じていたんです。実際に第一作目の『花ざかり』が木版画として摺り上がったのを見たときは、想像以上の仕上がりに驚きました。」

アダチUKIYOE大賞を受賞し、現代の彫師・摺師とともに制作した2018年の作品「花ざかり」。

――日本画の制作において、宮﨑さんの中で何か具体的な変化はありましたか? 

「実践したこととしては、着物の柄を描く際に、着物を染める際の『糊置き』の工程をなぞるように、マスキングの技法(※)を取り入れました。とても手間のかかる方法ですが、着物の表現の幅が広がりました。この技法は、木版画の美しさに出会っていなければ、少なくともこんなに早くは辿り着けなかった技法だと思っています。
※画面上の着色しない部分を、後から剥離可能な素材や型紙で被覆してから着色する技法。

でも未だにグラデーションの美しさは、木版画には到底及びません。和紙の繊維の中に顔料が摺り込まれていくことで生まれる、地と自然に溶け合っていくようなグラデーションを、今後どのように本画で描けるかが課題です。」

新作「櫛に流るる黒髪」の版木の制作風景。江戸時代から続く伝統の技術で制作されている。

――今回の新作は「大正の歌麿」と呼ばれた橋口五葉へのオマージュだとうかがっています。五葉は、浮世絵の制作技術を受け継いだ大正の彫師・摺師とともに、素晴らしい美人画を制作しました。宮﨑さんは、五葉の作品のどんなところに惹かれますか?

「橋口五葉の作品で最も惹かれるのは、女性の髪の表現です。髪の毛の立体的な動きの表現――生え際からの流れや、手前から奥に向かう回り込みなどが、他の同時代の作家と比べても抜きんでていると思います。中でも『髪梳ける女』の髪の表現は本当に素晴らしいです。初めて見た時は、これが木版画だということが衝撃でした。

橋口五葉「髪梳ける女」大正9年(『橋口五葉版画集』より)(参照:国立国会図書館デジタルコレクション

絵画の中で髪の自然な流れを表現するのは、とても難しくて、毎回自分の制作においても大きな課題です。『髪梳ける女』の、細く長い線で構成された、あの繊細な黒髪の表現にたどり着くまで、恐らく五葉は先人たちの作品を学習し、何枚も何枚も写生を繰り返したのではないでしょうか。細部にまで神経が行き渡りながら、全体の構図も絶妙です。

橋口五葉は、歌麿などの浮世絵をひたむきに研究し、復刻事業も手がけ、その技を自らのものとし、より深化させていきました。そういった真面目でストイックな人柄によるところなのかは分かりませんが、五葉の女性画は、色気もありながら、それ以上に品があるように感じます。女性の美しさに対するリスペクトのようなものを感じるんです。

宮﨑さんからの質問に答える彫師。頭髪の部分だけでも複数の版を用いて艶やかな黒髪を表現している。

私はアダチUKIYOE大賞を受賞したことで、一枚の木版画が世の中に出るまでには、多くの人が関わり、時間的・経済的コストがかかるものだということを知ることが出来ました。『髪梳ける女』を見ていると、橋口五葉や当時制作に関わった人たちが、採算度外視で、自分たちが培った技能の全てを注ぎ込んで『木版画の表現はここまで出来るんだよ』ということを後世に伝えようとしてくれているような気がしてきます。」

美人画の春夏秋冬 山口の伝統と季節

――宮﨑さんの描く美人画は、和装の女性が多いですね。また四季折々の情趣を織り込んだ作品が多いように思います。古典的なものへの興味と言いますか、和装の女性を描くようになったきっかけはあるのでしょうか?

「私は在日コリアン2世として大阪の下町に生まれ育って、ずっと韓国の伝統芸能に親しんでいました。実は独身時代は、各地で演奏活動もしていたんですよ。韓国にルーツを持つ仲間が多い中で、私に一番熱心に演奏の指導をしてくれたのは、日本の方でした。その方は韓国の伝統芸能を本当に愛していて、請われれば何処へでも行って演奏の指導をしていました。

このときの活動を通じて、私は、文化が人種や国籍を越えるものだということを強く実感したんです。私の中にある伝統や文化に対する肯定感は、こうして芽生えたのだろうと思います。その後、山口県に移住して、演奏活動からは遠のいてしまったのですが、山口は本当に自然が美しくて、季節の草花の絵をたくさん描くようになりました。

画集『つむがれゆく縁』(芸術新聞社)と前作の木版画「花ざかり」

着物への興味が本格的に湧いたのは、山口で地元のお祭りに行ったのがきっかけでした。女の子たちがみんな浴衣を着ていました。そしてそれは大阪の女の子たちのカラフルで派手やかな浴衣姿とは少し違っていました。シンプルな藍染めの浴衣に、小さな女の子は、きっとお母さんに着付けしてもらったんだろうな、という感じの帯結びで。

どの子の浴衣姿も、自然体な感じがしたんです。昔から人々がこうして浴衣を着てお祭りを楽しんできたということが伝わってきて、それがすごく美しいと思えたんです。この情景を絵にしてみたいと思いました。

コロナ禍に発表した作品には、中止となった地元の夏祭りへの想いも。宮﨑優「りんご飴」2020年。(画像提供:宮﨑優)

そこから日本の着物について調べてみると、模様や柄が季節に密接に結びついていました。ここまで四季折々の風物を取り込んだ民族衣装は、世界的にも珍しいように思います。日本の着物は、明確な四季がある土地で、人々が長い年月をかけて育ててきた、日本文化の象徴と言っても良いのではないでしょうか。和装の女性を描くと、それに合わせて季節感のあるものを描くようになりますね。

もちろんそれだからこその細かなルールやマナーもあります。たとえば、着物の柄は基本的には季節を先取りするものなので、桜が満開の時に桜の柄の着物を着るのは無粋とされます。でも最近の和装のコーディネイトはとても自由で、そういう現代的な感覚も柔軟に作品に取り入れられたらなと思っています。」

――山口への移住が、今の宮﨑さんの作風の基礎を築いたのですね。今回の新作の女性も、藍色の染め模様が美しい浴衣を着ています。

「はい。新作のテーマは、ずばり夏です。前回の『花ざかり』は春でした。出来ることなら、この次は秋、そして冬、と春夏秋冬の木版画を制作できれば、画家冥利に尽きます。」

前作「花ざかり」に続く女性のバストアップ。歌麿に始まる美人大首絵の構図を踏襲している。

職人の手仕事への敬意

――四部作の構想、ぜひ実現していただきたいです。前作「花ざかり」と新作「櫛にながるる黒髪」のモデルさんは同じ方だとうかがいました。実際にモデルさんにお着物を着ていただくんですか?

「はい。和装の女性を描く際には、着付けの方にお願いして、モデルさんに着物を着ていただき、写真を撮り、その素材写真をもとに構図などを決めていきます。そして実際に描くときは、写真を参考にしながら、必ず実物の着物を手に取りながら描いています。

人の手が作り出したものに触れていると、職人さんたちが辿った道を、自分も辿っているような感覚になるからです。そうやって着物の魅力を肌で感じながら作品に落とし込むことで、着物そのものに宿っている力を絵にも込めたいと思っています。」

摺師が試摺りしたものを確認する宮﨑さん。原画(コピー)と見比べながら、彫師・摺師に的確に要望を伝えていく。

――今回の打ち合わせの際に、アダチ版画研究所の職人たちが参照できるようにと、日本橋の老舗呉服店・竺仙(ちくせん)さんの浴衣の端切れをお持ちくださっていましたね。前作「花ざかり」の女性の着物も竺仙さんの着物です。竺仙の着物へのこだわりをうかがえますか。

「和装の女性を描きたいと思ってから、まずは自分で着付けができるくらには着物のことを知らなければと、着物を購入することにしました。インターネットでいろんなお店の着物の画像を見ていく中で、自ずと四季の草花が描かれた模様に惹かれました。でも、よく見ると梅の花に椿の葉がついていたり、桜の花に細い葉が茂っていたり、不可思議な模様が意外と多かったんです。

そうした中で、竺仙さんの浴衣に出会いました。描かれた草花がどれも自然でありながら、葉脈の一本一本までが美しくデザインされていて、もう一目惚れでした。見る柄どれも全部欲しくなって選びきれず、結局、思い切って二着注文し、仕立てていただきました。職人さんが一点一点手作りしている竺仙の着物の美しさを絵画で表現したいという強い想いが、これまでの色んな作品を生む原動力になったと思います。

アダチUKIYOE大賞への応募時に提出したポートフォリオ収録の一図。竺仙の浴衣を着た女性が描かれている。宮﨑優「風鈴」(画像提供:宮﨑優)

少し抽象的なお話になるのですが、絵を描いていると、時々絵の方から私に語り掛けてくることがあります。絵は言いたい放題、無茶な要求をしてくるのですが、その要求に応えれば応えるほど絵の完成度が上がり、最終的に満足のいく絵が描き上がります。着物だったり木版だったり、職人さんたちの手仕事に触れると、そうした絵からの要求はさらに厳しくなります。それでも、その先に見える景色が見たくて、つい頑張ってしまうんです。」

浴衣の質感や色味の参考に、実際の浴衣の端切れを持って来られた宮﨑さん。

世界に"Bijin-ga"を発信していきたい

――アダチUKIYOE大賞受賞後、NHKドラマ「浮世の画家」(原作:カズオ・イシグロ/2019年3月)の劇中画制作や、日曜美術館「美人画の神髄〜歌麿の技の錦絵〜」(2021年4月)へ出演されるなど、宮﨑さんの活動は様々な方向へ広がりを見せていますね。昨年は待望の画集『つむがれゆく縁 』も出版されました。最近の宮﨑さんの新たな挑戦を教えてください。

「間もなく公開される映画『岸辺露伴ルーヴルへ行く』の劇中画を制作しました。主人公・岸辺露伴が、ルーヴル美術館に眠る『この世で最も黒い絵』を探しに行く物語です。250年前に日本で描かれたと伝わる『この世で最も黒い絵』を描き、撮影現場で俳優さんの日本画指導もさせていただきました。原作漫画のファンだったので、お話をいただいた時は本当に嬉しかったです」


――物語の鍵となる作品ですね。ぜひ映画館のスクリーンで宮﨑さんの描いた『この世で最も黒い絵』を拝見したいと思います。新作版画の完成も楽しみにしつつ、最後に、今後のご活動についての抱負や目標をうかがってもよろしいでしょうか。

「今後も日本文化を学びながら、自身の作品に取り入れて発信していきたいと思っています。そして日本国内に限らず、世界中の人々に楽しんでもらえたらとても嬉しいです。今はSNSで簡単に世界に発信できる時代ですので、そういったものを積極的に活用していくことで、いつか“Bijin-ga”が“UKIYOE”と並ぶような日本の文化になってくれたら嬉しいです。」

和やかにお話しされる宮﨑さん。5月27日まで、SASAI FINE ARTS(東京・銀座)にてグループ展に出品中。
宮﨑優 新作木版画「櫛にながるる黒髪」
[価 格]絵のみ 88,000円(税込)/額付 110,000円(税込)
[画寸法]35.2 × 24.0 cm
[用 紙]越前生漉奉書
[購入方法]アダチ版画研究所 目白ショールーム、およびオンラインストアより
 ※ SASAI FINE ARTS(東京・銀座)で7月開催の展覧会会場でも販売を予定しています。

取材・編集 「北斎今昔」編集部