まるで浮世絵師! 3人のデザイナーのアート作品で「北斎模様」をとことん楽しむ!

まるで浮世絵師! 3人のデザイナーのアート作品で「北斎模様」をとことん楽しむ!

江戸時代の天才浮世絵師・葛飾北斎(かつしかほくさい・1760-1849)は、実はデザイナーとしても一流でした。北斎が描いた着物の図案集『北斎模様画譜(新形小紋帳)』。同書に掲載された数々のパターンは「北斎模様」の通称で、明治以降も長く愛されてきました。この北斎模様にインスパイアされたデザイナー3名が、1987(昭和62)年に木版画シリーズ「甦る北斎模様」を発表。令和を迎えてなお色あせない、デザイナーたちの遊び心あふれる全7作をご紹介します。

版木発見で注目された「北斎模様」を3名のデザイナーがアート作品に!

1986年、米国ボストン美術館の収蔵庫で、江戸時代の浮世絵の版木が大量に発見され話題となりました。その中には、北斎が描いた図案集『北斎模様画譜(新形小紋帳)』の版木も含まれていました。

これらの版木は日本に持ち運ばれ、江戸時代以来の伝統的な木版画の技術を受け継ぐアダチ版画研究所の職人たちの手によって再び摺られることに。100年以上の歳月を経て、現代によみがえった浮世絵は、TBSのテレビ番組、および「ボストンで見つかった北斎展」(全国8会場を巡回)で多くの人に紹介されました。

* 「北斎模様」およびボストン美術館所蔵の古版木の再摺プロジェクトについては、下記の記事もご参照ください。
 北斎はファッションデザイナー!? 「北斎模様」ってなに?(「北斎今昔」編集部/2020.07.11)
 浮世絵の宝庫・ボストン美術館には江戸時代の北斎の版木が眠っていた!(「北斎今昔」編集部/2020.09.20)

「ボストンで見つかった北斎展」会場展示風景。1987年5月、大阪髙島屋にて。(撮影:アダチ版画研究所)

こうしてふたたび注目された「北斎模様」。北斎のデザインセンスは、1980年代後半の人々の目にも新鮮に映りました。これに触発されたのが、当時第一線で活躍していたデザイナー、浅葉克己氏、故・佐藤晃一氏、松永真氏の3名。

そもそも絵師・彫師・摺師の三者による共同制作によって生み出される浮世絵版画は、アートとプロダクトの性質をあわせ持っており、浮世絵師とデザイナーの仕事は親和性が高いと言えるでしょう。

アダチ版画研究所には、江戸時代以来の浮世絵版画の制作技術を継承した彫師・摺師が在籍する。(撮影:アダチ版画研究所)

3名のデザイナーは、ボストンの古版木を再摺したアダチ版画研究所の職人たちと、「北斎模様」をテーマにした新たな木版画作品を生み出しました。それが「甦る北斎模様」と題された全7作のシリーズ。そこには、デザイナー各氏のアイディアが満載です。

さあ、3名のデザイナーの作品で、北斎模様をとことん楽しみましょう!

北斎のユーモラスかつ鋭い視点に共鳴した浅葉克己氏

浅葉克己氏がまず注目したのは、『北斎模様画譜』の各パターンの円形のトリミング。1ページに2つの円が並んでるのを、メガネの形に見立てたんです! 浅葉氏の作品は題して「北斎さんの色メガネ」。タイトルまで洒落っ気が利いていますよね。

浅葉克己「北斎さんの色メガネ1」

浅葉克己「北斎さんの色メガネ2」

正面から見たメガネを画面中央に配したミニマルデザイン。あくまで北斎模様を主役に据え、白い背景は和紙の肌地を楽しめるものです。「北斎さんの色メガネ1」「北斎さんの色メガネ2」ともに構図は同じで、メガネのレンズが異なります。浅葉氏の作品は2作のみですが、同構図の異なるデザインを見せることで、鑑賞者は「北斎さんの色メガネ」の無限に近いバリエーションを想像することができます。

そして配色にもご注目。もともとモノクロの北斎模様。「北斎さんの色メガネ1・2」では、赤・緑・青の3色がベースになっています。これ、いわゆる液晶画面などに用いられるRGBカラー。伝統的な木版画の技術で、デジタルの三原色を表現するというセンスも、浅葉氏ならではの新しい北斎の解釈ではないでしょうか。

北斎模様の遊び心を表現した佐藤晃一氏

故・佐藤晃一氏は、北斎模様の楽しさを、おもちゃの中に取り入れました。図案集の円形をサイコロの目に見立てた「サイコロ」、そして海外から注目される日本文化のひとつである折り紙によって、日本の木と紙の文化を表現した「奴さん」。

佐藤晃一「サイコロ」

佐藤晃一「奴さん」

「サイコロ」はサイコロの展開図の体裁をとっています。サイコロの側面にある21(=1+2+3+4+5+6)の目(円)に北斎模様を使用。佐藤氏は『北斎模様画譜』に掲載された100を越える模様の中から、幾何学的なものを中心にセレクトし配置しています。模様と色との組み合わせも無数にあり、図柄の選定から配色まで、整理しなければならない情報量は膨大ですが、最終的に全体をバランスよくすっきりまとめているのは、さすがのひと言。

そして浮世絵版画の技法のひとつ「空摺(からずり)」によって北斎模様を表現したのが「奴さん」。一見、真っ白い折り紙の奴さんに見えますが、よく見ると和紙の表面に、北斎模様の陰影が浮かび上がっています。空摺とは、いわゆるエンボス加工。版木に絵具をつけずに摺ることで、和紙の表面に凹凸を生み出すのです。

江戸時代の浮世絵には、作品のアクセントとして美人画の着物の柄や花鳥画の鳥の羽など、要所要所に用いられていますが、ここまで空摺を主体にしたものはありません。伝統の技術で新しいアートピースを生み出そうとする佐藤氏のチャレンジ精神がうかがえます。

北斎のモダニズムを追究した松永真氏

最後にご紹介する松永真氏の三つの作品は、北斎のデザインが、現代においてもいかにモダンであるかを証明しています。「北斎模様」の中から幾何学的なモチーフを取り出し、立体的な画面を構成した松永氏。「DEEP SEA」「MOON」「CUBE」という英語タイトルも、北斎模様にしっくり馴染んでいます。

松永真「DEEPSEA」

松永真「MOON」

松永真「CUBE」

一見すると、北斎模様だとは気づかないほど、さりげなく北斎の模様を作品の中に取り入れた松永氏。模様の反復をパズルのように組み合わせ、抽象的な作品に仕上げています。漆黒の背景に並ぶ北斎模様を、深海(DEEP SEA)や月(MOON)の景色に見立てる詩的なセンスも素敵ですね。

近代以降の芸術家の木版画は素朴さや荒削りな点を魅力とするものが多いですが、江戸文化の中で培われた職人による木版技術は、緻密で端正。そんな木版画のシャープな線と鮮やかな発色を最大限に見せてくれる松永氏の作品。

江戸時代、人々は浮世絵を自宅の壁や襖、柱などに貼って楽しんでいたりもしたそうです。そうした日常空間の中で楽しまれた浮世絵の歴史を踏まえると、現代の住宅建築に溶け込む松永氏の作品は、現代における浮世絵を体現しているかもしれません。徐々にポストモダンへと移行する当時(1960年代)の建築様式などとあわせて見ると、さらに時代を反映した表現としての面白さも見えてきます。

200年前のデザインとは思えないほど斬新な「北斎模様」。そして制作から三十余年を経てなお色あせない木版画シリーズ「甦る北斎模様」。これらは、優れたデザインとは何か、愛されるデザインとは何か、ということを改めて私たちに教えてくれます。

なお、北斎生誕260年を記念し、2020年9月23日よりアダチ版画研究所のオンラインストアにて、1987年制作の「甦る北斎模様」7図が再販されます。時代を超えて輝き続けるデザインの魅力を、伝統の技によって生み出された木版画で、ぜひお楽しみください。(在庫数には限りがありますので、売り切れの場合はご了承ください。)

作品情報

■ 浅葉克己、佐藤晃一、松永真「甦る北斎模様」
・浅葉克己「北斎さんの色メガネ1」
・浅葉克己「北斎さんの色メガネ2」」
・佐藤晃一「サイコロ」
・佐藤晃一「奴さん」」
・松永真「DEEP SEA」
・松永真「MOON」
・松永真「CUBE」
[価格]各図 35,000円(税別)/7図セット 245,000円(税別)
[購入方法]アダチ版画研究所 目白ショールームおよびオンラインストアにて

文・「北斎今昔」編集部