浮世絵で朝活!? サントリーの寺子屋が教えてくれた、日常の中に見出す「学び」

浮世絵で朝活!? サントリーの寺子屋が教えてくれた、日常の中に見出す「学び」

日本では近年、ビジネスパーソンの教養の必要性がしきりに説かれています。が、今さら何から手をつけたら良いかわからない、という人は多いはず。本を買おうか、教室に通おうか、いやいや仕事忙しいのに続くかな……と尻込みしている方、もしかしたら「教養」のハードルを自分自身で上げているだけかもしれません。今回は、社員一人一人の働き方に寄り添った、サントリーグループの「学び」のプラットフォーム「寺子屋(TERAKOYA)」を取材しました。

あらゆるところに、学びの機会はある

寺子屋(TERAKOYA)」は、サントリーグループの「学び」のための社内プラットフォーム。様々なイベント・講座(寺子屋内では、それらを「祭」と呼んでいます)が開催されていて、サントリーグループの社員であれば誰でも、興味のあるものに原則無料で参加することができます。また、自ら講師となったり、話を聞いてみたい講師を社員自らが呼ぶサポートもしているのだそうです。2017年のスタートから、年々規模を拡大し、現在利用者はのべ1万5千人(※2020年のデータ)となっています。

その寺子屋のコンテンツの一つとして、なんと浮世絵の講座も開催されているんです。今年は、アダチ版画研究所(浮世絵の復刻を手がけている版元兼工房)の代表取締役が講師を務める浮世絵講座が、月に一度、朝の8:20から定期開催されています。ビジネスパーソンの朝活に浮世絵とは、これいかに? 「寺子屋」の事務局を務める、サントリーホールディングス株式会社・キャリア開発部の服部亜起彦さんにお話をうかがいました。

サントリーホールディングス株式会社 キャリア開発部 服部亜起彦さん

——なぜ「寺子屋」には、浮世絵をはじめとする文化系の講座があるのでしょうか。

「何から学びを得るかは人ぞれぞれで、学びを規定するのは難しいと思います。ですから、寺子屋ではできるだけ幅広い学びの機会をつくるようにしています。明日からすぐに使えるPC操作や、ロジカルシンキングなどのビジネススキル系から、哲学・芸術といったリベラルアーツ系まで、様々なイベント・講座を開催しています。

サントリーグループの社員は、みんな会社が大好きで、離職率も非常に低いのですが、その分、目の前の課題にのめりがちになって、何事も社内で完結してしまう傾向があるように思います。寺子屋というプラットフォームが、より視野を広げ、外部の人と繋がったり、新しいアイディアを生み出す場所になっていけば、と。そういった観点から、リベラルアーツ系のコンテンツは、サントリーグループの社員の『学び』の場において、重要な柱になっていると思います。」

過去にはコーヒーの淹れ方講座なども。なぜか無性にBOSSを飲みたくなってきたのは、私だけだろうか。
(家子史穂『1億人のWeb会議・動画配信 「導入後の次の一手」がわかる実践&運用最強メソッド』より)

——浮世絵講座は朝の忙しい時間帯にもかかわらず、毎回参加者が多いことに驚きました。しかもコメントなど拝見していますと、ただ聞き流しているのではなく、非常に積極的な意志をもって参加してくださっているのが伝わっってきます。

「寺子屋では、参加者が気軽に参加できることを大切にしています。どの講座も、基本的には事前準備不要で、参加後に提出を義務付けるものもありません。それでもアンケートを取ると、参加者の半数近くが回答してくれたりするんです。率直な意見に耳の痛いこともありますが、それだけ参加者が『寺子屋』を『自分たちのプラットフォーム』と認識し、楽しみながら、みんなでより良いものにしていこう、と考えていくれているのだと思っています。」

現在、月に一度開催している朝の浮世絵講座。10月の回では、切手にもなった広重の名作を、版画制作上の工夫から読み解いた。(画像提供:アダチ版画研究所)

ピンチをチャンスに替えて、世界中の社員を繋ぐコミュニケーションの場に

——コロナ禍のリモートワークによって、業務連絡以外のコミュニケーションが少なくなってしまいがちな中で、部署を越えたサークルのような雰囲気のイベントもあって良いですね。先日、浮世絵の講座を聴講させていただきましたが、皆さんが思い思いに作品についてコメントされていて、直接の面識は無いながらに、それぞれの方のお人柄が感じられました。(※寺子屋は匿名での参加も可能。)

「2019年まではリアルイベント中心でしたが、コロナ禍でオンラインでの開催に舵を切ったことで、日本国内はもとより世界中のグループ社員が参加できるようになりました。各部署がどんな業務を行なっているかを話す機会を設けたり、海外の駐在員の生の声を聞くイベントなども行なっていまして、参加者のキャリア自立や将来設計に活かしてもらっています。

最近では新規事業の担当者が寺子屋上でプレゼンを行い、それをみんなで応援するような活用も始まりました。多くの社員に向けてメッセージを発信できる場として、機能するようになってきているんです。」

ゴールデンウィークや夏休みには、社員の家族も参加できるファミリー向けイベントも。
(家子史穂『1億人のWeb会議・動画配信 「導入後の次の一手」がわかる実践&運用最強メソッド』より)

——幅広い「学び」がどんどん拡がりをもって、大きなコミュニティとなっているんですね。そんな豊かな「学び」の中の一つに浮世絵講座があるというのは、われわれ浮世絵のポータルサイトとしても非常に嬉しいことです。ぜひ今後の展望をお聞かせください。

「スタート時から『社員が主体となって自由にコンテンツを立ち上げられる、自立自走するプラットフォーム』を目標に掲げていました。自ら登壇者となることは、まだまだハードルが高いようですが、それでも昨年秋の時点で、社員が講師となるイベント・講座が、全体の7割を越え、当初の目標には到達したと思っています。

事務局としては、現在の『寺子屋』の基礎に今後どんどん機能をアドオンしていき、より自由で誰もが参加しやすいプラットフォームに進化させ、『寺子屋』の新しい価値をつくっていきたいと思っています。現在進行中の企画ですと、たとえばサントリーグループ社員向けの選書をする『本の寺子屋』構想があります。個人の『学び』をより深め、サステナブルなものにしていく企画を、事務局としてどんどん提案していきたいと思っています。」

——服部さんのお話で、人事の概念が一新されました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

浮世絵版画の摺りの実演も

こうしたサントリー「寺子屋」の熱い想いに対し、朝の浮世絵講座では特別回として、9月の平日夜に、浮世絵版画の制作工程を紹介する実演を開催。若手の摺師がビデオカメラを前に、北斎の代表作「神奈川沖浪裏」の制作工程の一連をライブ配信しました。

摺台の前にビデオカメラとマイクを設置し、真っ白な和紙から北斎の「神奈川沖浪裏」の図が完成するまでの行程を約40分で披露。

講師を務める中山さん(アダチ版画研究所代表取締役社長)は、こう話します。「日本にとどまらず、世界中で活躍されているサントリーグループの社員の方々に、伝統的な木版技術の保存・継承に努める私たちの取り組みを知っていただくことは、非常に意義のあることだと思います。今回は20代の女性摺師が実演を行いました。同世代の社員の方々に共感いただけていれば幸いですし、彼女自身にとっても、刺激のある経験になったと思っています。」

実演終了後、参加者からの質問(チャット)に、照れながら答える摺師の鈴木さん。

日本のビジネスパーソンの教養やアートへの関心について、しきりに言及されるようになった背景には、近年の急速なグローバル化があると思います。各国の人々とのコミュニケーションにおいて、日本人は自国の文化をほとんど知らず語れない、という危機意識。禅、茶、そして浮世絵は特に、世界中に熱心な傾倒者が多く、来日したパートナー企業の方のほうが詳しかった、ということもしばしば。

木版による印刷物であった浮世絵については、19世紀後半に大量に海外に流出したことで各国の有名な美術館・博物館に収蔵されており、関連書籍も他言語で刊行されているので、海外での評価は非常に高いです。せっかく相手が、そんな素晴らしい日本文化についての話題を振ってくれたのに、こちらがしどろもどろでは、ちょっと悲しいですよね。サントリーの「寺子屋」の浮世絵講座が毎回好評なのも、知的好奇心旺盛で海外志向の強い社員の方が多いからなのかもしれません。

浮世絵は「学び」の宝庫

今回は、サントリーグループの人材育成に対する、熱心かつ大らかな姿勢に感心しきりの取材でした。教養とはやはり、にわかに身につけるものではなく、日々アンテナを高く張り、モチベーションを維持し続ける中で生まれてくるものだということを実感(個人的には、ほぼ反省に近い)しました。

我が身の無教養を、日本の教育制度のせいだと嘆いたり、「大手の企業はやっぱり違うよね〜」と他人事にしてしまったら、そこから何も進みません。日々の暮らしの中の何気ない出来事や、これまで自分には無関係と見過ごしていたものの中に、自分にとっての大きな学びがあるかもしれません。

浮世絵の制作技術は、現代にまで継承されています。同時代に生きる人が今も浮世絵を作っていると知るだけで、ちょっと身近に感じられはしないでしょうか?(画像提供:アダチ版画研究所)

現在のような通信・交通手段のない時代に、言語の壁を軽々と飛び越えて、東西文化交流の架け橋となった浮世絵。今でこそ芸術品と位置付けられているそれらは、かつて庶民の日常にありふれた商業印刷でした。そして版元の綿密な販売戦略、日本の職人の高度な技術力、絵師たちのクリエイティブな発想などなど、そこは「学び」の宝庫でもあります。何より浮世絵は、それまで一部の特権階級のものでしかなかった美術や教養を、庶民が自らの手で獲得した、類い稀なる文化と言えるでしょう。

日本のビジネスパーソンの皆さまにとって、そんな浮世絵を、知り、楽しむきっかけに、当サイト「北斎今昔」がなれれば幸いです。

協力・サントリーホールディングス株式会社 キャリア開発部
文・松崎未來(ライター)