21世紀の浮世絵師はグローバル! 海外からの応募が増える「アダチUKIYOE大賞」

21世紀の浮世絵師はグローバル! 海外からの応募が増える「アダチUKIYOE大賞」

21世紀の浮世絵師を募集する「アダチUKIYOE大賞」は、2009年からスタートしたアダチ伝統木版画技術保存財団主催の公募企画です。伝統的な木版画の技術を受け継ぐ彫師・摺師の育成に力を注ぐ同財団が、彼らと協同し「新たな浮世絵」を制作する「現代の絵師」となる才能を求めて実施してきました。近年は海外からの応募も増え、2年連続(第15・16回)で海外在住の応募者が受賞しています。同財団と第16回優秀賞を受賞したCarmen Ng(カルメン・ウン)さんに取材しました。

「21世紀の浮世絵師」を探して

アダチ伝統木版画技術保存財団は、浮世絵に代表される日本の伝統的な木版画の技術を、次代につないでいくために活動している公益財団法人です。同財団の主要な事業の一つが、技術者の育成です。同財団では「高度技術者研修制度」を設け、職人を志す若い世代が、現役の職人から指導を受けられる機会をつくっています。同制度の修了生の数名は、引き続き職人の下で修行を積み、伝統木版画の彫師・摺師として活躍しています。

現役の職人から指導を受ける研修生。

浮世絵版画は、作品の下絵を描く「絵師」、木版画の版木を彫る「彫師」、そして版木を用い和紙に図柄を摺る「摺師」の三者の分業制です。それぞれのプロフェッショナルの技術と知識が掛け合わされることで、質が高くバラエティに富んだ作品の数々が生み出されてきました。アダチ伝統木版画技術保存財団では、現代の彫師・摺師の育成とともに、彼らと新たな作品をつくり出す同時代の絵師を見つけ出すことも、伝統技術の継承には重要であると考えています。

同財団では設立以来、様々な画家、アーティストに木版画の制作を依頼し、次代を担う彫師・摺師の技術研鑽の場を設けてきました。同時代を生きる表現者と言葉を交わし、その想いや作品の意図を汲み取りながら新しい作品をつくり上げる機会は、若手の彫師・摺師にとって、何にも勝る経験となります。2009年以降は「アダチUKIYOE大賞」の公募企画を通じて、より多様な「絵師」の発掘にも挑戦しています。アダチUKIYOE大賞では、副賞として、受賞者の作品を彫師・摺師が木版画にし、受賞者に進呈します。

同財団が設立以来、様々な作家と制作してきた木版画。その一部が2025年に東京国立博物館 表慶館で展示された。

国際色増す、アダチUKIYOE大賞

昨年で開催17回を迎えた「アダチUKIYOE大賞」は、近年海外からの応募が増え、2年連続(第15・16回)で海外在住のアーティストが受賞を果たしました。これまで財団事務局では、応募要項をたびたび見直し、より多くの人に応募してもらえるよう試行錯誤してきたそうです。

例えば、当初は「木版画として制作するための作品」の募集をしていましたが、現在はポートフォリオ(過去の作品・作家活動がわかる資料)の提出とし、作家としての活動をトータルで評価するとともに、応募のハードルを下げる工夫をしています。また審査員に、版画家の三井田誠一郎氏、美術史家の山下裕二氏、ギャラリストの小山登美夫氏を迎え、様々なジャンルのアーティストを多角的に評価できるようにしています。もちろん、歴代受賞者たちの受賞後の活躍も、アダチUKIYOE大賞の周知に大きく貢献していると言います。

第16回アダチUKIYOE大賞で優秀賞を受賞したCarmen Ngさんは、香港を拠点に活動する画家です。主に水彩画とイラストレーションを制作し、展覧会や出版物など、様々な場で作品を発表してきました。UKIYOE大賞の受賞からおよそ1年、2025年末に、若い彫師・摺師と共に作り上げた木版画が完成したCarmenさんにお話をうかがいました。

Carmen Ngさんの作品(応募時のポートフォリオより)

——アダチUKIYOE大賞への応募の動機を教えてください。

日本で浮世絵の展覧会を訪れて以来、その美しさに魅了され、私は、この表現技法に強い関心を抱くようになりました。色を重ねていく木版表現特有の透明感は、水彩画ともよく似ていると思います。様々な技法を組み合わせることで、どのような効果が引き出されるのか。日本の木版の表現が、私の好奇心を刺激しました

——審査会では、Carmenさんの透明感のある色彩や繊細な線、風景を切り取る大胆な構図が評価されました。静かな都市の風景は、広重の「名所江戸百景」を見ているようでもあり、日本の浮世絵版画との親和性が感じられる一方で、とても現代的です。

私の作品は、以前自分が暮らしていた環境にインスピレーションを受けています。規則的な線で合理的な美しさを、ささやかなディテールで個性を表現しています。人を直接描いてはいませんが、窓枠のデザイン、干された洗濯物、鉢植えなどを通して、その存在を示唆しているんです



なるほど、直接人物を描写せずに、住民の気配やリアルな生活感を表現している点からも、浮世絵っぽさを感じたのかも知れません。

この集合住宅で、住民同士が、頻繁に交流することはないかもしれません。けれど、彼らの日常の生活によって個々に飾られた窓からは、平和で調和のとれた雰囲気が伝わってくると思います

——はい、人工的な高層建築の中にも、各家庭の日常があることが伝わってきます。こうしたCarmenさんの作風を汲み取りながら、今回、日本の彫師・摺師が木版画を制作しました。出来上がった木版画を見て、どのような印象を受けましたか?

完成した木版画には、本当に感動しました。当初は、版木の制作工程の中で、私の原画の複雑なディテール、特に細い線が、失われてしまうのではないかと心配していました。けれど、版画はそれらのディテールを驚くほど見事にとらえていました。また、私の作品の色合いに忠実な、上質な色彩を見て、とても気分が高揚しました

職人たちの手により完成した、Carmen Ngさんの木版画「Neighborhood」

——応募時に抱いていた木版画の表現への関心について、この制作を通じて変化はありましたか?

今回の経験を通して、木版画の表現力への興味がさらに深まりました。浮世絵には以前から興味があったものの、深く学ぶ機会がありませんでした。特に今回、彫りの工程を見せていただいた際に、繊細な線の描写力に感銘を受けました。
試し摺りの段階では、理想とする効果を得るために、摺師の方と何度も色の調整を行いました。その結果、木版画の質感を活かしつつ、水性絵具の軽やかさも伝えられる作品に仕上がりました。この版画作品の豊かなテクスチャは、私の水彩画の特性を見事に引き立ててくれました。私の創作活動において、日本の伝統木版画の表現技法をさらに探究したいという思いに駆られました

——今回の制作を本当に楽しまれたことが伝わってきて、こちらまで嬉しくなります。応募や、受賞後の事務局とのやりとりは、スムーズでしたか?

応募も、その後の主催者とのやり取りもスムーズでした。財団事務局の方々は親切で協力的で、最良の結果が得られるよう、妥協せず様々な方法を話し合ってくれました。作品の配送の手配まで、明確で丁寧でした。今回、彫師、摺師、そして事務局の方々との共同制作を心から楽しみました。大変貴重な経験をさせていただいたと思っています

Carmen Ngさんの木版画と、版木

——Carmenさんは、今後、アーティストとして、どのようなことに挑戦してみたいですか?

私はこれまで、主に都市風景をテーマにした水彩画を制作してきました。今回の経験で、水彩画と木版画の表現が非常に好相性であったことを知り、今後さらに他の表現技法にも挑戦したいと思いました。アクリル画や油彩なども挑戦して、自分の表現の幅を広げていきたいです

——今後のご活動が楽しみです。直近の活動のご予定を教えてください。

香港の多様な住宅形態を探求した本を出版する予定です。古い建物から現代的なデザインまでの様々な建築様式、旧構造の高層ビルの比較などを取り上げます。香港の独特な環境と、それらが紡ぐ物語を、この本でとらえられればと思っています

——それは楽しみですね。改めて、このたびはご受賞おめでとうございます。取材へのご協力ありがとうございました。

同時代の絵師との協同制作を通じて

今回、Carmen Ngさんの木版画を制作したのは、アダチ伝統木版画技術保存財団の研修制度を経て、職人として活躍する彫師の山下さんと摺師の長沼さんです。二人はふだん、江戸時代の浮世絵の復刻も行っています。Carmenさんとの版画制作について、それぞれどのような点に留意したか、どのような工夫をしたか、コメントをもらいました。

彫師の山下さん「今回の制作で難しかったところは、画面全体が、極めて細く均一な線で構成されている点でした。Carmenさんの作品の線は、手描きですが線幅の揺らぎが少なく、美人画の生え際のような細かさとも異なり、江戸時代の浮世絵には見られない独特の線です。Carmenさんの作品の雰囲気を損なわないように注意しながら、主版(輪郭線の版木)を彫りました。技術的に学ぶところが非常に多かった作品です

Carmen Ngさんの作品の版木を彫る彫師。

摺師の長沼さん「浮世絵版画の色は、基本的に薄い色の部分に濃い色を重ねていって表現していきます。一方でCarmenさんの今回の作品は、全体に淡い色調で、細い描線が薄い色と薄い色の境界になっています。印刷業界で『毛抜き合わせ』と呼ばれる版の構成に近く、厳密に見当を合わせる必要がありました。高い集中力が求められましたが、版木制作の段階から彫師の山下さんとも連携し、精度の高い仕事ができたと思っています。Carmenさんからの指示は具体的でわかりやすく、制作はスムーズに進みました。こちらから、背景の空の部分にボカシ(グラデーション)を入れる提案をさせていただいたりもしています。Carmenさんの作品の色彩の軽やかさを伝えられていれば嬉しいです

Carmen Ngさんの木版画を摺る摺師。
Carmen Ngさんの木版画「Neighborhood」(部分図)

木版画制作の一連を統括してきたアダチ伝統木版画技術保存財団の中山浩子理事長は以下のように語ります。
日本で浮世絵の展覧会を見て感銘を受けたと語るCarmenさんとのコラボレーションは、私たちにとって大変有意義なものでした。透明感あふれる水彩表現は、和紙に水性顔料を摺り込む木版技法と高い親和性を持ち、その魅力が木版作品にも見事に再現されています。現在、作品は財団展示場にて公開され、多くの来場者の関心を集めています。2025年のUKIYOE大賞には海外から318点の応募があり、Carmenさんのような新たな絵師との出会いを今後も期待しています

アダチUKIYOE大賞は令和8年度も実施を予定しているとのこと。大賞または優秀賞に輝けば、賞金とともに、現代の彫師・摺師とともに木版画を制作できるという希少な機会を獲得できます。絵心のある方は挑戦してみてはいかがでしょうか。また受賞者の木版画に興味を持った方は、同財団の賛助会員制度をご検討ください。会員(個人会員は年会費2万円)には毎年、現代の彫師・摺師が制作した木版画が進呈されます。伝統技術継承の支援のかたちが、自分の日常の中で楽しめるのは素敵なことですね。

文・「北斎今昔」編集部
協力・アダチ伝統木版画技術保存財団