北斎・広重が描いた花鳥風月 ロックフェラー・コレクション花鳥版画展レポート

北斎・広重が描いた花鳥風月 ロックフェラー・コレクション花鳥版画展レポート

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現在、千葉市美術館では「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」が開催されています。アメリカの美術大学、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインが所蔵する日本の花鳥版画のコレクションの中から、北斎や広重を中心に163点が来日。日本の四季折々の美しさと、花鳥風月を愛でる豊かな文化を再認識できる展覧会です。展覧会をレポートします。

モダン・レディの花鳥版画コレクション

本展出品の花鳥版画のコレクションは、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(1874-1948)というアメリカ人女性によって築かれました。アビーは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の設立に尽力し、同館草創期の運営において見事な手腕を発揮したことで知られています。

展覧会場の最初の部屋に掲げられたアビーの肖像写真。

彼女が最初にオークションで日本の花鳥版画を購入したのは1916年のことでした。それ以後、十数年をかけ収集された花鳥版画は、実に700点余。幼い頃から培った審美眼を以て、丁寧に集められた珠玉の花鳥版画コレクションは、世界に類を見ないものとなりました。このコレクションは、1934年にアビーの生まれ故郷・プロビデンスにある美術大学、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(通称RISD)に寄贈され、現在同大学の美術館に収蔵されています。

展覧会のメインビジュアルには、広重(左)と北斎(右)の浮世絵が使用されている。

このコレクションから、北斎・広重の作品を中心に、選りすぐりの163点の作品が来日しました。1990年に開催された「ロックフェラー浮世絵コレクション展 甦える美・花と鳥と」以来、36年ぶりの日本での展示です。本展は、RISD美術館と以前から学術交流のあった千葉市美術館を皮切りに、山口県立萩美術館・浦上記念館、三重県立美術館、北斎館の4会場を巡回します。

絵師、判型で区分した統一感のある展示空間

展覧会の会場で一番最初に私たちを迎えてくれるのは、アビーが最初に購入した広重の花鳥画2図、「水葵に鴛鴦」と「紫陽花に川蝉」です。水の流れの爽やかな藍色、紫陽花の花の淡いグラデーションが美しい作品です。

ロックフェラー・コレクションの物語の冒頭を飾る、広重の「水葵に鴛鴦」(左)と「紫陽花に川蝉」(右)。

この2作品を展覧会のプロローグとして、会場は下記の全6章で構成されています。

1章 花鳥版画を手がけた浮世絵師たち
2章 広重花鳥版画の華―大短冊判花鳥版画を中心に
3章 北斎と北斎派の花鳥版画
4章 季節の風情「団扇絵」の名品
5章 詩歌と絵を楽しむ―広重の短冊判花鳥画
6章 小さく愛しき花と鳥

絵師、判型でコレクションを様々に区分することで、章ごとに統一感のある展示空間になっていて、とても見やすい展示になっています。

あの絵師も、この絵師も、みんな描いた花鳥画

1章では、喜多川歌麿、渓斎英泉といった絵師たちが描いた花鳥画が並びます。鈴木春信が描いたとされている猫の作品は、「空摺(からずり)」の技法が用いられていて、近くで見ると、ふわふわの毛が和紙に摺られた凹凸で表現されていました。

猫の輪郭線を空摺で表した「秋海棠に蝶と猫」。

藍摺(あいず)りブームの火付け役の英泉の花鳥画は、やっぱり藍色です。花鳥画は、役者絵や美人画に比べると市場規模は小さかったと思いますが、それでも、これだけの絵師たちが描いていたことに驚きました。

藍色の濃淡で表現された、おめでたい「一富士二鷹三茄子」。

広重・北斎の花鳥画の競演

続いて2章では広重、3章では北斎の花鳥画を紹介します。

広重の花鳥画の中で、「大短冊判」や「竪二枚継」といった縦長の画面の作品が並ぶ2章。

とりわけ広重は、「東海道五十三次」に代表される「風景画の絵師」という印象が強いですが、花鳥画というジャンルが、彼にとってもう一つの得意分野であったことが、2章ですぐにわかります。


愛らしい2羽の雀を描いた「雪中椿に雀」は、背景の異なる2つの作品を展示。雀の羽毛には「空摺」も施されている。

四季折々の花と鳥に詩歌を添え、絶妙な余白を設ける画面構成の巧みさは、他の絵師の追随を許さないものがあります。展示作品いずれからも、季節感に対する、広重の繊細な感性が読み取れます。風景画と花鳥画とで、広重はまさに日本の風土を描き続けた絵師だったのだと思いました。

広重の花鳥画は、見る者の記憶の中にある春夏秋冬の情景に語りかけてくるかのよう。

対する北斎は、大胆な構図と明快な色彩で見る者を飽きさせません。特に、濃い藍色の背景に喉元の赤い鷽(ウソ)と淡い紅色の枝垂れ桜の枝を配した「鷽に垂桜」をはじめとする作品群は、小品ながらもインパクト抜群。日本の花鳥画というより、ヨーロッパの工芸デザインを見ているようです。

西洋絵画の影響も色濃い北斎の花鳥画は、画面の構成力が際立つ。

風景画に比べて画面の中の要素が限られる分、花鳥画を見比べると、広重と北斎の個性の違い、それぞれの興味がはっきりと見えるように思います。

代表作「冨嶽三十六景」の版元、西村永寿堂から刊行された大判の花鳥画シリーズも。

いつも暮らしのそばに

4章では「団扇絵」の作品が展示されています。名前の通り、団扇用に作られた浮世絵です。楕円形の画面を切り抜いて、団扇の骨に貼って使用しました。自分の好きな浮世絵で、マイ団扇を作っていたなんて、江戸の人々は本当にオシャレですね。「団扇絵」は実用品なので、現存作例が少ないのですが、アビーのコレクションには、この団扇絵がおよそ30点も入っているそうです。

団扇に仕立てることを想定した「団扇絵」。画面が楕円形になっている。

花鳥風月を描いた絵画を、日常的に愛でていた日本人の文化水準の高さ、そして、こうしたフルカラー印刷を、庶民が手にすることができる価格で提供できた、日本の高い技術力にも改めて驚かされます。


凄味のある上目遣い(?)が特徴的な、北斎の鶏ファミリーうちわ。実際の使用例も展示されている。

愛おしさ増す、小さな判型

5・6章では、これまでの展示作品に比べて、やや小さい画面の作品が展示されています。現代の私たちがA4判やB5判といったサイズの紙を使用しているのと同じように、浮世絵にも大まかな紙の規格があり、和紙の分割の仕方によって、いくつもの判型があります。

ふたたび広重の花鳥画を紹介する5章。広重がいかに多くの花鳥画を手がけたかが分かる。

切手になったことで有名な広重の「月に雁」は「中短冊判」という規格の浮世絵です。私たちが目にする浮世絵の大半を占める「大判」の紙を、さらに縦長に半裁した判型です。スリムな画面に、雁と月と雲だけをストイックに配したことで、秋の夜の澄み渡る空気と物悲しさを表現した名作でしょう。

小さな画面や細長い画面でも、余白を設け、絵画の中に詩的な空間を生み出す広重。

展示作品の中には、四六判くらいのサイズの浮世絵も多数あり、江戸の人々が、こうした小さな花鳥画を日常の中でどのように楽しんだか、想像が膨らみます。絵画という仰々しさがなく、雑貨のような親しみやすさの作品群。小さな画面ゆえに、小禽のいじらしさもひとしおです。美術館のお土産にポストカードを買う習慣のある方は、より共感できるかも知れません。

絵の中に、自分の知っている花や鳥を見つけるとなんだか嬉しいのは、世界共通なのかも知れない。

和やかな空気に包まれた展覧会

最初から最後まで花鳥版画で構成された展覧会の会場は、とても和やかな空気に包まれていて、終始穏やかな心で作品を鑑賞することができました。絢爛豪華な襖絵の花鳥画とも、枯淡な水墨の花鳥画とも異なる、軽やかな明るさと親しみやすさに満ちた木版画の花鳥画群。人々の日常の暮らしを彩った作品群から、浮世絵師の、購入者の、そしてコレクターの慈しみ深い自然へのまなざしが感じられました。

「目白押し」の語源にもなった、枝の上でくっついて並ぶメジロの様子。愛らしい名品が目白押しの本展を象徴するかのようだ。

アビーは、この花鳥版画に特化したコレクションについて、著作などを通じて収集の動機を語ることはありませんでした。アビーが日本の花鳥版画を収集した20世紀前半は、国内外の情勢のきわめて不安定な時代です。筆者は本展を通じて、平和な日々へのささやかな祈りを感じ取りました。

江戸から米国ロードアイランドへ、いくつもの時代と多くの人々の手を経て集まった花鳥版画コレクションから、皆さんは何を感じ取るでしょうか。会期中、講演会や邦楽の演奏会、浮世絵版画の摺り実演など、関連イベントも盛りだくさんの展覧会です。ぜひ千葉市美術館にお出かけください。

展覧会情報

ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に
会 期:2026年1月17日〜3月1日
時 間:10:00~18:00(入場受付は閉館30分前まで)
 ※金・土曜日は20:00まで
休館日:月曜日(ただし2/23は開館)、2月24日
会 場:千葉市美術館(千葉県千葉市中央区中央3-10-8)
観覧料:一般 1,800円/大学生 1,200円/高校生以下 無料
お問合せ:043-221-2311(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/26-1-17-3-1/

文/撮影・松崎未來(ライター)
協力・千葉市美術館