生誕260年! 全国の北斎に会いに行こう! GO TO ミュージアム【Part2】

生誕260年! 全国の北斎に会いに行こう! GO TO ミュージアム【Part2】

2020年は、江戸の天才浮世絵師・葛飾北斎が生まれてちょうど260年。世界中で愛され、今なお高い評価を得ている北斎、そして彼がその発展に大きく寄与した日本の浮世絵文化。今年はこれらを広く発信するイベントや展覧会が多数予定されていました。しかし、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大のために、多くの催しが中止や延期、あるいは規模縮小の憂き目に。

そこで「北斎今昔」では、ウェブ上で葛飾北斎生誕260年を盛り上げるべく、日本全国の美術館・博物館にアンケートを実施。北斎の偉業を知ることのできる各館自慢の所蔵品をご紹介いただきました! 北斎の代表作はもちろん、同時代のライバルたちの作品や資料を通じて、世紀を越えて語り継がれる北斎のレジェンドをお楽しみください。
[2020.11.07追記]10月20日の公開後に、山種美術館、東京富士美術館、和泉市久保惣記念美術館の3館の情報を追加いたしました。
[2020.11.16追記]新たに東京国立博物館の情報を追加いたしました。

【Part2】アンケートにご回答いただいた美術館・博物館一覧(掲載順)
島根県立美術館「冨嶽三十六景 山下白雨」
山種美術館「冨嶽三十六景 凱風快晴」
東京富士美術館「冨嶽三十六景 甲州三嶌越」
東京国立博物館「くだんうしがふち」
浦添市美術館「琉球八景 中島蕉園」
千葉市美術館「詩哥写真鏡 李伯」
町田市立国際版画美術館「百人一首うはかゑとき 藤原義孝」
藤沢市藤澤浮世絵館「題名不詳(江の島風景)」
和泉市久保惣記念美術館「春興五十三駄之内 日本橋/岡嵜」
くもん子ども浮世絵ミュージアム「風流見立狂言 しどう方角」
広重美術館「吉野之桜・龍田川紅葉」
たばこと塩の博物館「富士に鳥刺し図きせる」
東京都江戸東京博物館 <模型>「北斎の画室」

そして、日本が世界に誇る浮世絵文化を守り続けている全国の美術館・博物館に、ぜひ足を運んでみてください。(作品・資料紹介のあとに、所蔵館のウェブサイトへのリンクがあります。なお、掲載作品の画像の無断使用・転載は固くお断りいたします。)

※ 本企画は2つの記事に分かれています。【Part1】の記事はこちら

雷雲よりも高くそびえる厳かなる富士「冨嶽三十六景 山下白雨」

県外不出!島根県立美術館(島根・松江)の永田コレクションの名品

葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」天保初期(1830~34)頃
島根県立美術館蔵(※島根県立石見美術館にてmdash;永田コレクション名品展」で10/28-11/23の期間展示)

From:島根県立美術館
「『白雨』とは夏のにわか雨のこと。山頂付近は晴れわたっていますが、暗い山腹に一筋の稲妻が走り、にわか雨が地上に降り注いでいます。『凱風快晴(赤富士)』と基本的な構成は同じですが、瑞雲のような雲の表現が観る者の視線を下へと導き、漆黒の裾野が底知れぬ自然の力強さを暗示しています。板木の欠損具合や山肌の色合いから推して、希少な初期の摺りと思われます。」

北斎の青年期から晩年期までの各期を代表する作品や資料を収蔵する島根県立美術館。総数2000件を越える貴重な北斎コレクションの根幹となっているのは、島根県出身の浮世絵研究家・永田生慈氏(1951-2018)が一括寄贈した蒐集品。故人の遺志により、この「永田コレクション」の公開は島根県内のみとなっており、現在この「山下白雨」の雄姿は同県内の島根県立石見美術館の企画展「北斎—永田コレクション名品展」(2020年9月26日〜11月23日)で見ることができます。

作品をご紹介くださった島根県立美術館・専門学芸員の大森拓土さんは上記展覧会の企画も担当。「島根県立美術館のコレクション展示室には浮世絵専用ルームがあり、いつご来館いただいても北斎の作品をご覧いただけます。」とのこと。今秋は島根県の東西にある二つの美術館で、北斎の作品と出会えます。

島根県立美術館ホームページ

日本史上もっとも有名な富士山の絵画「冨嶽三十六景 凱風快晴」

近・現代の日本画の一大コレクションを有する山種美術館(東京・広尾)、実は北斎も

葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」天保元(1830)年頃
山種美術館蔵(※同館で来年7/3より開催の「【開館55周年記念特別展】山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選 ―写楽・北斎から琳派までー」にて展示。)

From:山種美術館
「《冨嶽三十六景》は名所絵(風景画)における北斎の代表作であるだけでなく、浮世絵の中に名所絵というジャンルを確立させた歴史的意義も大きいシリーズです。当初は36図、好評のため追加されて全46図となった中でも、『赤富士』の愛称で知られる本図と、荒れ狂う大波を描く《神奈川沖浪裏》の2図は、特に有名です。

練り上げられた複雑な構図をもつ《神奈川沖浪裏》に比べ、《凱風快晴》は筋雲の棚引く空を背に富士のみを描く単純明快な図様です。『凱風』は初夏の頃に南から吹く穏やかなそよ風のこと。単純な構図に加えて、富士山の山肌の赤茶色と、空の青、裾野の緑との色彩対比が本図の大胆さを増し、存在感のある富士山が表されています。」

近・現代の日本画を中心に約1800余点を所蔵する山種美術館。特筆すべきは、奥村土牛135点、速水御舟120点、川合玉堂70点に及ぶ、一作家の画業を深く掘り下げたコレクションです。また同館の所蔵品の中には、江戸時代の浮世絵作品も含まれており、今回ご紹介いただいた北斎作品以外にも、春信、清長、写楽、歌麿、広重の有名作を揃えています。2009年のリニューアルオープン後は、さまざまなイベントも積極的に開催して同館のファンを獲得し、開館50周年の2016年から3年に一度、日本画の公募展も主催。現在はクラウドファンディングにもチャレンジされています。

現在、同館では「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」(2020年9月19日〜11月15日)を開催中。次回特別展は「東山魁夷と四季の日本画」(2020年11月21日~2021年1月24日)と、同館所蔵の人気画家の展示が続きます。そして開館55周年の来夏には「山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選 ―写楽・北斎から琳派までー」(2021年7月3日〜8月31日)が控えています。

山種美術館ホームページ

これぞ日本の青! 藍摺絵の名品「冨嶽三十六景 甲州三嶌越」

日本・東洋・西洋、オールジャンルのコレクション3万点! 東京富士美術館(東京・八王子)の北斎

葛飾北斎「冨嶽三十六景 甲州三嶌越」天保元〜3(1830〜32)年ごろ
東京富士美術館蔵(※同館にて開催中の企画展「THIS IS JAPAN IN TOKYO 〜永遠の日本美術の名宝〜」(後期)で展示)

From:東京富士美術館
「北斎は『冨嶽三十六景』において、富士山というひとつの対象を様々な場所、季節、気候条件で連作することによって、その諸相を自由自在に描き出しました。鎌倉往還、山梨と静岡の国境にある籠坂峠からの眺望を描く『甲州三嶌越』。街道脇にそびえ立つ巨木に、道をゆく旅人たちもその足をとめています。巨木を前にすると、思わず手を広げてその大きさを確認したくなるのは今も昔も変わりません。

主役の富士山はその背後で雲をたなびかせて泰然自若としています。まるで道端に腰を下ろした地元の古老が、煙草をくゆらせながら旅人たちの仕草を微笑ましく眺めているかのようではないでしょうか。北斎の描く富士は、人々の暮らしに寄り添いながら、ときに暖かくときに厳しく見守ってくれているのです。」

東京富士美術館のコレクションの特徴は、なんと言っても、そのジャンルの幅広さ。オリエント陶磁器、バルビゾン派&印象派、日本の武具・甲冑と、さまざまな美術工芸品のコレクションが揃っています。その数、およそ3万点。浮世絵のコレクションも、北斎、広重、写楽、歌麿と充実しています。現在開催中の企画展「THIS IS JAPAN IN TOKYO 〜永遠の日本美術の名宝〜」(2020年9月1日〜11月29日)は、同館がこれまで海外15カ国1地域で24回にわたり開催してきた「日本美術の名宝展」の集大成ともいえる展覧会。日本美術の1000年の歴史が凝縮された中に、北斎作品も燦然と輝いています。

今回は北斎の「冨嶽三十六景」から、藍摺絵の名品をご紹介いただきましたが、現在、企画展の後期展示にて「山下白雨」「凱風快晴」「尾州不二見原」といった「冨嶽三十六景」の他の代表作も一緒にご覧いただけますよ。

東京富士美術館ホームページ

これも浮世絵!? 若き北斎のあくなきチャレンジ精神

日本で最も歴史あるミュージアム・東京国立博物館(東京・上野)の逸品

葛飾北斎「くだんうしがふち」文化(1804〜18)初期ごろ
東京国立博物館蔵(※現在は展示していません。)

From:東京国立博物館
「タイトルや落款をアルファベットに似せて描いた、葛飾北斎の洋風画研究の様子がわかる作品。消失点を意識した遠近法や銅版画風に引かれた描線に西洋版画の影響がうかがえる一方、陰影や立体感の表現には木版画の板ぼかしの技法が用いられています。西洋を学び日本の技術の中でそれを展開させていく過程は、『冨嶽三十六景』に結実していきます。常に画風を変えて進んでいった北斎らしさがよくうかがえる作品と言えるでしょう。」

東京国立博物館の開館は明治5年。この日本で最も歴史の長いミュージアムには、神戸出身の実業家・松方幸次郎(1866-1950)が収集した浮世絵約8,000点を核とする浮世絵のコレクションがあります。その網羅性と質の高さは日本屈指。北斎の代表作も多数所蔵されていますが、今回ご紹介くださったのは、浮世絵版画のイメージを良い意味で裏切ってくれる、不思議な雰囲気を持った北斎の作品です。

全体的に落ち着いた色彩で、長閑な日常の一場面を描いていますが、どこか鑑賞者を惹きつけてやまない非凡さがあります。それはおそらく北斎の絵画表現に対するあくなき探究心、画面上でさまざまな技法を試みているチャレンジ精神に由来しているのかも知れません。常に変化し続けることが「らしさ」であるということこそ、表現者としての北斎の最大の強みなのではないでしょうか。

東京国立博物館・本館(日本ギャラリー)2階の展示「日本美術の流れ」は、日本の美術の歴史を、同館の膨大かつ良質な所蔵品によって、縄文時代から江戸時代まで順にたどる構成となっています。 浮世絵作品は、10室「浮世絵と衣装—江戸」に展示。およそ1ヶ月ごとに展示替えが行われ、年間通じてさまざまな浮世絵作品に出会うことができます。

東京国立博物館ホームページ

北斎の想像の翼は、沖縄にまで「琉球八景 中島蕉園」

「琉球八景」全8図、さらにその校合摺まで揃える浦添市美術館(沖縄・浦添)

葛飾北斎「琉球八景 中島蕉園」天保3(1832)年頃
浦添市美術館蔵(※同館で12/18より開催の「令和元年度新収蔵品展・葛飾北斎 琉球八景展」にて展示。)

From:浦添市美術館
「天保3(1832)年の江戸立ちに合わせて制作されたと考えられる全八枚揃いの錦絵です。《泉崎夜月》《臨海湖声》《粂村竹籬》《龍洞松濤》《筍崖夕照》《長虹秋霽》《城嶽霊泉》《中島蕉園》といった琉球王国の景勝地が描かれています」

鎖国下の日本で、北斎が異国・琉球の風景を描いたという興味深い作品ですが、実際には北斎は琉球を訪れていません。冊封使・周煌による報告書『琉球国志略』の挿絵《球陽八景》を元に描いたものと考えられています。《球陽八景》は単色ですが、『琉球八景』は北斎の創作により青、黄、緑、黄緑などの色彩で表現され、雪、山、月、舟、人物などの加筆もみられます。例えば、奥武山周辺を描いた《龍洞松濤》では松や建物に積もる雪が表され、かつて遊里として知られた仲島を描いた《中島蕉園》では富士山を思わせる山が表されています。それによって、異国であるはずの琉球の風景には日本的な雰囲気が漂っています。」

森羅万象あらゆるものを描いた北斎。その興味関心は、中国やヨーロッパなど、日本国外にまで及んでいました。当時「琉球」と呼ばれていた沖縄もまた、北斎にとっては好奇心をかき立てる異郷の地。「琉球八景」に描かれているのは、北斎の想像上の風景ですが、まるでそのような場所があるかのように、画面の中に南海の島国の三次元空間が広がっています。ちょうど代表作である「冨嶽三十六景」発表の時期の作品であり、画面のどこかに、富士山を描かずにはいられなかったのかも知れません。

現在、浦添市美術館では、沖縄の現代の漆芸作家に焦点を当てた展覧会「琉球漆芸の今‐受け継がれる技‐」を開催中。沖縄県指定無形文化財「琉球漆器」保持者をはじめ、沖縄で活躍する漆芸作家の作品を約90件が紹介されています。琉球漆芸の伝統を受け継ぎつつ新たな展開を見せる沖縄の漆の世界、ぜひご堪能ください。

浦添市美術館ホームページ

錦絵で表現した漢画の世界「詩哥写真鏡 李白」

リニューアルオープンで浮世絵を常設展示する千葉市美術館(千葉・千葉)のオススメ

葛飾北斎「詩哥写真鏡 李白」全体図(左)と部分図(右)天保4~5(1833~34)年頃
千葉市美術館蔵(※現在は展示していません。)

From:千葉市美術館
「『詩哥写真鏡』は、和漢の詩歌に発想の契機を求めた揃物ですが、錦絵としては大衆向けとは言えず、難解な主題も交えられています。本図は、唐の有名な詩人李白を描くもので、漢画系の伝統的な画題『李白観瀑図』に基づいています。真っ直ぐに落下する滝、唐子に支えられながら滝に見入る李白の姿は、北斎ならではの視点や個性が良く表れていると言えるでしょう。」

古美術から現代美術まで、幅広い時代の美術の企画展を開催している千葉市美術館。特に近世日本美術のコレクションが充実しています。今夏の拡張リニューアルオープンで、常設展示室ができ、同館の浮世絵のコレクションも常に展示されるようになりました。数ある浮世絵の中から、今回、田辺昌子副館長が選んでくださったのが、長判と言われるやや大きめの判型で出された錦絵のシリーズ「詩哥写真鏡」。縦に長い画面は、なんだか掛軸のようにも見えますね。

今回の作品は展示されていませんが、千葉市美術館の常設展示室では、現在北斎の版画作品が数点展示されています。浮世絵は1ヶ月おきに展示替えしているとのことなので、定期的にチェックしたいですね。なお現在の企画展は「宮島達男 クロニクル 1995-2020」(2020年9月19日〜12月13日)。年明けからは、千葉市美術館の企画展によって世に知られたと言って過言でない、奄美を描いた孤高の画家・田中一村の展覧会(2021年1月5日〜2月28日)を開催予定。

千葉市美術館ホームページ

匂い立つインテリジェンス「百人一首うはかゑとき 藤原義孝」

古今東西の版画を集めた町田市立国際版画美術館(東京・町田)に揃う北斎最後の大判錦絵シリーズ

葛飾北斎「百人一首うはかゑとき 藤原義孝」天保6-7(1835-36)年
町田市立国際版画美術館蔵(※現在は展示していません。)

From:町田市立国際版画美術館
「『百人一首姥かゑとき』は、百人一首に詠まれた情景を、北斎独自の解釈で図像化した揃物。『冨嶽三十六景』や『諸国滝廻り』の後に出版された、最後の大判錦絵シリーズでもあります。作品内容は難解なものもありますが、緻密な彫と美しい摺が見どころで、当館は版行された全27点を所蔵しています。

君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな ——藤原義孝

この作品の主題は『あなたのためなら惜しくないと思った命も、逢瀬のかなった今は、末長く続いてほしいと思う』という気持ちを詠んだ藤原義孝の歌。北斎はこの歌意を、なぜか温泉地の風景に託しています。深いブルーの水面、番(つがい)の水鳥、長く立ち上る湯気。具体的な地名や人物の表情はわかりませんが、どこかゆったりとした時間の流れが感じられるところに、歌人の願った長い時間が表されているのかもしれません。思い思いに過ごす男女の後ろ姿を見ていると、彼らが今もどこかでこうして寛いでいるのではないかという気さえしてくる、不思議な魅力ある作品です。」

シリーズのタイトルになっている「うはかゑとき」に漢字を当てると「姥が絵解き」。つまり「老女による絵の解説」となります。百人一首の歌の一つ一つに隠された物語を、浮世絵を片手に婆さまが語る……そんなイメージを持たせたシリーズだったのでしょうか。北斎は100首分の壮大な物語を構想していたようなのですが「説明がないとわからない」のは、庶民の娯楽であった浮世絵としては致命的だったのでしょう。27図でシリーズの刊行は打ち切りとなってしまいました。

しかし、それゆえに北斎は私たちに「絵解き」の楽しさを残してくれました。今回、作品をご紹介してくださった町田市立国際版画美術館・学芸員の村瀬可奈さんのように、作品をじっくり観察し、想像力をはばたかせて、北斎流の「超釈・百人一首」を紐解いてみてはいかがでしょうか。なぜ温泉なのか、わかった方はぜひ編集部にお知らせください。同館では2021年夏に、浮世絵の企画展「浮世絵風景画ー広重・清親・巴水 三世代の眼」を開催予定とのこと。

町田市立国際版画美術館ホームページ

ゴッホが日本を夢見たように、北斎はオランダに憧れた?「題名不詳(江の島風景)」

北斎の不断の努力を物語る藤沢市藤澤浮世絵館(神奈川・藤沢)の洋風浮世絵

葛飾北斎「題名不詳(江の島風景)」
藤沢市藤澤浮世絵館蔵(※同館で10/31より開催の企画展「相模を描いた浮世絵と狂歌摺物」で展示。)

From:藤沢市藤澤浮世絵館
「七里ガ浜から遠景の江の島を望んだ本作は、狂歌を詠んだ人々の特別注文によって作られた『摺物』であるため、私的に流通していました。洋風表現を意識しており、異国の描法を北斎なりに吸収し、消化した一枚となっています。構図には遠近法が用いられ、山や海に陰影がつき、人々は黒いシルエット(影)で表されています。まるで額縁のように絵を縁取って描いている点も印象的です。画面右上には『ほくさいえがく(北斎描く)』と、蘭語の筆記体風に書いています。

北斎が30代頃に描いたとされる作品ですが、七里ガ浜に打ち上げられた波をぎこちなく描いている点にも注目です。そのような波を描いていた絵師が後に『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』の迫力満点な浪の表現に到達するのです。小さな作品ではありますが洋風表現の追求や、浪の描き方から、北斎の絵に対する探究心を垣間見ることのできる一枚です。」

藤沢市藤澤浮世絵館は、北西に大山(雨降山)、東に遊行寺(清浄光寺)、南東に江の島と、江戸時代以来の名所に囲まれた場所にあります。東海道藤沢宿や江の島の浮世絵をはじめとした郷土資料を収蔵しており、その中にはなんと若かりし日の北斎が描いた江の島の風景も。ご覧の通り、北斎が西洋の絵画表現を研究していたことを端的に物語る好例です。また木版画のボカシを用いて表現した波の表現も見逃せません。

浜辺には、江の島詣でと思しき人影が見え行楽地の様相を見せていますが、北斎はじっと寄せては返す波の様子を観察していたのでしょうか。こちらの作品は、今月末からスタートする企画展「相模を描いた浮世絵と狂歌摺物」(2020年10月31日~12月13日)で展示されます。ぜひ周辺の観光スポットと合わせてお楽しみください。

藤沢市藤澤浮世絵館ホームページ

北斎も東海道五十三次を描いていた!?「春興五十三駄之内」

和泉市久保惣記念美術館に眠るおよそ11,000点の東洋古美術コレクションの中の狂歌摺物

葛飾北斎「春興五十三駄之内」より「日本橋」(上段)と「岡嵜」(下段)享和4(1804)年
和泉市久保惣記念美術館蔵(※同館で2021年春に開催する「北斎—富士山と東海道—(仮)」にて展示。)

From:和泉市久保惣記念美術館
「狂歌師たちからの特注の版画である『摺物』として制作された作品で、空摺りなどの巧みな技術が用いられています。依頼主のひとつは三河(現在の愛知県)出身の狂歌師たちのため、通常の『東海道もの』には見られない秋葉山や鳳来寺が含まれているのも本作の特徴です。小判サイズ59図揃いの内、8図は小判を横に繋いで迫力ある画面が作られています。」

「東海道」を描いた浮世絵師と言えば、真っ先に浮かぶのが北斎と同時代に活躍した浮世絵師・歌川広重。しかし実は、広重が「東海道五十三次」を描くよりも先に、北斎は「東海道」の宿駅を題材にした作品を描いていました。そのうちでも早い時期(40代)に描いた例とされているのが、今回ご紹介いただいた「春興五十三駄之内」の揃い物。作品の至る所で、後年の作品に通ずるアイディアの片鱗がうかがえます。画中の狂歌は下記の通り。なお、和泉市久保惣記念美術館のデジタルミュージアムでは「春興五十三駄之内」全図の画像を公開しています。

日本橋
天鵞堂張兼  冨士まても霞ハ春の日本橋/掛てそわたる烏ミつよつ
萬歳亭逢義   天のはらはつ日生れて春の季も/大きくたつや江戸のまん中

岡嵜
浅花菴皮人  見わたせは霞の手綱引そめて/矢はきのはしる若駒か嶽
浅枝菴連人  くりのはせ矢矧の岸の青柳も/糸の長さを二百八間
浅倉菴三笑  とちらへもさハく心の駒かたけ/猿なけかけて霞む春の日

和泉市久保惣記念美術館では、特別陳列「書の名品ー経巻・墨蹟・和様の美ー」(2020年10月3日〜11月29日)を開催中です。

和泉市久保惣記念美術館ホームページ

北斎が描いた子どもの姿「風流見立狂言 しどう方角」

「子ども浮世絵」の特化したデジタルミュージアムくもん子ども浮世絵ミュージアムの愛すべき一品

葛飾北斎「風流見立狂言 しどう方角」全体図(左)と部分図(右)寛政(1789-1801)頃
公文教育研究会蔵(※デジタルミュージアムにて常時公開。)

From:くもん子ども浮世絵ミュージアム
「『風流見立狂言』と題した揃物で、狂言の名場面を子どもの遊ぶ姿に見立てた作品です。北斎が勝川春章の門に入り、勝川春朗の名で浮世絵を発表した時代(20~35歳)の、子ども絵の代表作。この『しどう方角』の他、『すゑ広』など5点が知られていますが、全体像は未詳で、『しどう方角』については、現存が確認されているのはこの1点のみとなります。

狂言しどう方角は、主人の命で借りた馬が、咳をすると暴れ『止動方角』と唱えると大人しくなると教えられた太郎冠者が、主人にしかられた腹いせに咳をして落馬させる話です。左の春駒にまたがっているのが主人、手前がお供の太刀持ち、右が槍持ちで、3人の子どもが春駒・飾り刀・徳利を持ち出して遊ぶ姿に『しどう方角』をまとめています。」

「GO TO ミュージアム」と銘打った本企画ですが、今回デジタルミュージアムでコレクションを公開されている公文教育研究会にもご協力をいただきました。1986年より子どもや教育にまつわる浮世絵の収集と研究をスタートした公文教育研究会は、2013年に子ども浮世絵のコレクションを紹介するデジタルミュージアム「くもん子ども浮世絵ミュージアム」を開設。作品一点一点の詳細な情報が整理されたアーカイブとしての精度はもちろんのこと、浮世絵の基礎知識をまとめた充実のコンテンツは一読の価値ありです。

北斎は生涯で2度結婚し、5人、もしくは6人の子どもがいたと考えられています。最初の結婚は春朗時代。もしかしたら、描かれた三人の子どもたちは自身の家族がモデルになっているかも知れませんね。ちなみにこの作品は、歌麿・写楽を輩出し寛政期に一世を風靡した版元・蔦屋重三郎の出版になります。おそらく蔦屋も、若かりし北斎の才能に一目置いていたのでしょう。

くもん子ども浮世絵ミュージアム

永遠のライバル・広重が描いた「吉野之桜・龍田川紅葉」

天童のお殿様の依頼で描いた広重の作品を所蔵する広重美術館(山形・天童)

歌川広重「吉野之桜・龍田川紅葉」嘉永2〜4(1849〜51)年頃
広重美術館(※現在開催中の企画展「浮世絵でめぐる諸国の旅」で展示中。)

From:広重美術館
「天童藩織田家の依頼で初代広重が描いた肉筆画群、いわゆる『天童広重』『天童もの』と称される作品のひとつです。広重は短い期間に、この『吉野之桜・龍田川之紅葉』を含む肉筆画をおよそ250幅も描きました。広重50代半ばの円熟味を帯びた筆遣いによって生まれた、気品と潔さを感じさせる作品(群)です。

この作品群は広重の江戸の自宅で制作されたようで、残念ながら天童へ赴いたという記録がありません。ですが、当時の人気絵師たちは積極的に地方の有力者や文化人と交流をもち、求めに応じてその腕を振るっています。晩年の北斎が、名古屋や小布施に逗留し、大達磨や祭屋台の天井絵といった話題性のある大作を手がけたことはあまりにも有名ですが、こうした地方との関わりという視点から作品を鑑賞するのもいかがでしょうか。」

北斎と同時代に活躍し「名所絵の広重」とうたわれた絵師、歌川広重。「東海道五拾三次」をはじめ多くの風景版画の名作を世に送り出し、その作品はゴッホが模写したことでも知られます。膨大な作品数や当時の人気、後世への影響力という点で、北斎のライバルと言える存在です。実際、広重の作品には、北斎作品を強く意識した作品が見られます。

今回、作品をご紹介くださったのは、広重美術館・副館長の梅澤美穂さん。品行方正な広重の人柄が滲み出ているかのような、心洗われる作品です。北斎とはまた違った持ち味で、当時から多くの人を魅了したのでしょう。ちなみに「○○広重美術館」という名称の美術館が日本には複数ありますが、将棋の駒で有名な天童の温泉街にあるのが、ここ「広重美術館」です。現在、広重美術館では企画展「浮世絵でめぐる諸国の旅」(2020年10月2日〜26日)を開催中。「11月からは企画展『秋と冬 紅から白へ』を開催します。東北はこれから本格的な紅葉シーズンを迎えます。リアルな紅葉とその季節の広重の浮世絵を味わいに、どうぞお越しください」と梅澤さん。広重も機会があれば、きっと天童に来たかったでしょうね。

広重美術館ホームページ

昔からみんな欲しかった、小粋な北斎グッズ

北斎の絵がきせるに!たばこと塩の博物館のユニークな一品

作者不詳「富士に鳥刺し図きせる」19世紀半ば〜後半
たばこと塩の博物館蔵(※現在は展示していません。)

From:たばこと塩の博物館
「葛飾北斎の絵手本に文政6年刊の『今様櫛きん(扌に竹に金)雛形』があります。『今様櫛きん雛形』は三冊本で、北斎がデザインした櫛(内二冊)ときせる(内一冊)の文様を紹介したものです。当時、きせるには、太いもの、細いもの、金属部分が長いもの、男性向け女性向けなどさまざまなタイプがありましたが、『今様櫛きん雛形』には、それぞれの形に合わせたデザインが多数見られます。

【左】葛飾北斎『今様櫛きん雛形』より「富士に鳥刺し図」文政6(1823)年
【右】作者不詳「富士に鳥刺し図きせる」(雁首と吸い口の部分拡大)19世紀半ば〜後半
たばこと塩の博物館蔵(※現在は展示していません。)

北斎は多くの絵手本を描いており、それらを元に、鍔、根付、印籠、刀装具などが制作されていますが、「富士に鳥刺し図きせる」は、『今様櫛きん雛形』にあるきせるのデザイン図が、きせるの文様として、実際に用いられた例です。このような例からも、北斎のデザインが実用的なものであったことがわかるでしょう。」

たばこと塩の博物館では北斎の浮世絵も所蔵されていますが、本企画の趣旨を汲み、今回、同館ならではの所蔵品を選んでご紹介くださいました。北斎が描いた通り、きせるの雁首には富士山、吸い口には鳥刺し(長い竿の先に粘着性のとりもちを塗って鳥を捕まえた人)の姿があしらわれています。北斎がこのきせるを見たら、なんと言ったでしょうか。

2015年に渋谷区から墨田区に移転したたばこと塩の博物館。きれいで快適な館内、盛り沢山の情報、インタラクティブな展示で、入館料はなんと100円! 博物館の3Fの常設展示室には、江戸のたばこ文化に関する浮世絵が展示されています。同館は現在展示替え中。今月末より特別展「明治のたばこ王 村井吉兵衛」(2020年10月31日~2021年1月24日)がスタートします。

たばこと塩の博物館ホームページ

模型「北斎の画室」で、江戸の巨匠のお宅を訪問

東京都江戸東京博物館(東京・両国)の模型でタイムトリップ

<模型>北斎の画室
東京都江戸東京博物館蔵(※5F常設展「江戸の美」コーナーに常時展示)

両国駅前、巨大な下駄の形をした建物が、東京都江戸東京博物館。広大な常設展(5・6F)の「江戸ゾーン」には、実物大で復元された日本橋や芝居小屋があり、江戸時代にタイムトリップしたようなひとときを楽しめます。また、江戸市中の賑わいを伝える精巧な縮尺模型の数々も必見。「江戸の美」コーナーでは庶民の娯楽・文化として浮世絵が紹介されており、その一角にあるのが、縮尺1/5サイズの模型「北斎の画室」。

再現されているのは、1842年(天保13)ころに住んでいた榿馬場(はんのきばば)の借家の画室で、弟子の露木為一の描いた絵がもとになっています。袖なしの夜着をかぶったまま絵を描いているのが北斎で、火鉢の脇でその様子を見守っているのが北斎の娘の阿栄。当時すでに80歳を越えていた北斎。寒さに負けず絵筆をふるうバイタリティに圧倒されますね。

一方、北斎は部屋の片付けができず、汚れるたびに引っ越して、生涯で90回あまりも転居したと伝えられます。たしかに、阿栄の後ろには、要るのだか要らないのだかわからないものをただ部屋の隅にゴチャっと寄せたような様子も見え……。世界の巨匠・北斎がちょっと身近に感じられる(?)資料。博物館の開館中は常時いつでも見られる展示なので、ぜひのぞいてみてください。同館では現在、企画展「大東京の華-都市を彩るモダン文化」(2020年8月25日〜11月23日)を開催中。

東京都江戸東京博物館ホームページ

※ 本企画は2つの記事に分かれています。【Part1】の記事はこちら
【Part1】アンケートにご回答いただいた美術館・博物館一覧
・太田記念美術館「見立式三番」
・板橋区立美術館「萩の玉川図」
・奈良県立美術館「瑞亀圖」
・MOA美術館「二美人図」
・静嘉堂美術館「桜下遊女と禿図」
・城西大学水田美術館「化粧美人図」
・岡田美術館「夏の朝」
・光ミュージアム「日蓮」
・すみだ北斎美術館「須佐之男命厄神退治之図」推定復元図
・名古屋市博物館「北斎大画即書引」
・熊本県立美術館「鍾馗図」
・佐野美術館「着衣鬼図」
・北斎館「富士越龍」

編集・「北斎今昔」編集部