いま見たい、この一枚! 〜小林清親「東京新大橋雨中図」(町田市立国際版画美術館)〜

いま見たい、この一枚! 〜小林清親「東京新大橋雨中図」(町田市立国際版画美術館)〜

世界でも珍しい版画専門館、町田市立国際版画美術館。古今東西のさまざまな版種の作品を収蔵・展示するほか、館内に版画工房とアトリエ、および市民展示室を併設し、現代のつくり手に寄り添った活動も行っています。今夏の企画展は「浮世絵風景画―広重・清親・巴水 三世代の眼―」。自画・自刻・自摺の創作版画ではなく、絵師・彫師・摺師の伝統的な分業体制によって制作された日本の風景版画の歩みを、江戸時代後期〜昭和まで、各時代を代表する絵師3名の名品でたどります。同展の企画を担当された同館学芸員の村瀬可奈さんに、イチオシの作品をご紹介いただきました! 


町田市立国際版画美術館 学芸員・村瀬可奈(むらせ・かな)さん
名古屋大学大学院文学研究科美学美術史学専攻博士後期課程中退。専門は日本美術史(浮世絵)。2014年より現職。担当した展覧会は「清親―光線画の向こうに」(2016)、「浮世絵にみる子どもたちの文明開化」(2017)、「美人画の時代―春信から歌麿、そして清方へ―」(2019)ほか。

江戸から東京へ 木版の風景、百年の旅

——企画展「浮世絵風景画―広重・清親・巴水 三世代の眼―」の内容や見どころを教えてください。

本展は、江戸の歌川広重(1797-1858)、明治の小林清親(1847-1915)、大正・昭和の川瀬巴水(1883-1957)という、各時代に優れた風景版画を制作した3人の絵師・画家を紹介するものです。変わりゆく風景を「三世代の眼」がどのようにみつめ表現してきたのか、それぞれを比較するとともに、時代を超えて響きあう風景観や抒情性に着目します。江戸後期の「名所絵」から昭和初期の「新版画」まで、約100年にわたる日本の風景版画をご堪能いただきます。

町田市立国際版画美術館外観。緑豊かな芹ヶ谷公園の中にあり、2025年度には(仮称)国際工芸美術館が同じ公園内に開館予定。

本展のみどころは、広重・清親・巴水の比較展示です。「1章 江戸から東京へ―三世代の眼―」では、「雨の新大橋」や「雪の増上寺」など、共通する主題をもつ3人の作品を集めました。彼らに師弟関係はなく、活動時期も異なっていますが、風景をとらえる構図やモチーフが長く受け継がれていることがわかります。実際に並べてみると、時代による色彩や技法の特徴が浮かび上がるのも興味深いところです。

また2~4章では、それぞれの絵師・画家の風景表現の魅力を掘り下げました。実は本展は3名のスタッフで企画構成をおこなっています。館長大久保純一が広重を、近現代美術担当の滝沢恭司が巴水、私が清親を分担し、代表作を中心に3者の画業を辿るような構成にしました。出品点数は各章100点以上! このボリューム感も、本展のみどころです。※前後期で展示替えがあります。

三者三様、雨の新大橋

——各時代の風景画の比較展示、とても興味深いです。展示作品の中で、村瀬さんイチオシの作品を教えてください。

小林清親の「東京新大橋雨中図」です。

小林清親「東京新大橋雨中図」明治9年(1876)頃、町田市立国際版画美術館蔵(後期展示)

虹のようにゆるやかなカーブを描く新大橋を遠景に眺めながら、蛇の目傘を差した女性が歩いてゆきます。隅田川の水面には影がゆらゆらと揺れ、橋の上には往来する人や人力車がシルエットでぼんやりと浮かび上がる、静かな雨の景色です。清親を代表する揃物『東京名所図』、いわゆる「光線画」は、明治9年(1876)8月に版元松木平吉より出版が開始されました。本作品は、その最初に出版された5図のうちの1図。以降の作品と比べると、橋脚や水平線際の描写にまだぎこちなさもみてとれますが、光線画の特徴である「光と影」に対する鋭敏な眼差しがすでにあらわれています。

この作品は清親の最初期の作例として興味深い作品ですが、広重、巴水と並べてみることでその面白さが倍増します。

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)、メトロポリタン美術館蔵
※本展では東京藝術大学蔵本(後期展示)を展示

明治に入ると多くの橋が洋式の木橋や石橋に架け替えられていきますが、清親の描いた新大橋はまだ和式木橋で、実は約20年前に広重が名作「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」に描いた橋から変わっていません。場面の切り取り方は異なるものの、ともに「雨の新大橋」をテーマにしていることから、清親がこの広重作品を意識していたことが考えられるのです。しかし、広重が細い線を重ね摺ることで雨を表したのに対し、清親は雨粒を描かず、川面の揺らめきや傘を差した人物、濡れた地面に映る影によって天候を暗示しました。江戸の浮世絵を踏まえながらも、新しい表現を目指した清親の姿勢をみることができます。

川瀬巴水「東京二十景 新大橋」大正15年(1926)、町田市立国際版画美術館蔵(後期展示)

そして清親の50年後に制作されたのが川瀬巴水「東京二十景 新大橋」です。このときの橋は明治45年(1912)に架け替えられた鉄橋で、路面には都電が走っていました。濡れた地面に灯りが反射する描写は、清親の光線画によく用いられたもので、巴水の新版画ではすっかり定着していることがわかります。また降り続ける雨を表すために、空にバレンで縦の線を摺り表しており、雨の表現がアップデートされていることもわかるでしょう。

本展ならではの楽しみ方として、この清親を中心とする三世代の風景表現のバトンパスを、ぜひ会場でご覧ください。

どこか懐かしい、ほっとするような風景

——「北斎今昔」の読者の皆さまに、メッセージをお願いします。

国内外で高い人気を誇る3人の作品を並べ比べる展示は、これまでにありそうでなかったものです。江戸から東京へ、100年にわたる日本の原風景を、旅するようにお楽しみいただければ幸いです。訪れたことがないのにどこか懐かしい、ほっとするような風景に出会えるかもしれません。

——三つの作品を見比べているうちに、雨の日のお出かけが憂鬱でなくなってきました。村瀬さん、ありがとうございました。

展覧会情報

企画展「浮世絵風景画―広重・清親・巴水 三世代の眼―」
会 期:2021年7月10日(土)~9月12日(日) ※前後期で全点展示替え
   【前期】7月10日(土)~8月9日(月・振休)
   【後期】8月12日(木)~9月12日(日)
時 間:平日 10:00〜17:00/土日祝 10:00〜17:30(※入場は閉館の30分前まで)
休室日:7月12日(月)、19日(月)、26日(月)
    8月2日(月)、10日(火)、11日(水)、16日(月)、23日(月)、30日(月)
    9月6日(月)
    ※8月11日(水)は企画展示室(本展)以外は通常どおり開館
会 場:町田市立国際版画美術館(東京都町田市原町田4-28-1)
観覧料:一般 900円/大高生 450円/中学生以下 無料
お問合せ:042-726-2771(代表)
公式サイト:http://hanga-museum.jp/

寄稿・村瀬可奈(町田市立国際版画美術館 学芸員)
協力・町田市立国際版画美術館