【インタビュー:福田美蘭】浮世を生きる、北斎のメタモルフォーゼ

【インタビュー:福田美蘭】浮世を生きる、北斎のメタモルフォーゼ

古今東西の芸術作品を題材に、既存のイメージを揺さぶり、芸術作品の解釈の多様さを提示してきた福田美蘭。2021年10月2日より千葉市美術館でスタートした「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」では、同館が誇る日本美術コレクションから着想を得た新作を含む38点の作品を展示し、日本美術に向き合った過去9年の活動の軌跡をたどります。

今回は、北斎の代表作「赤富士」を江戸時代と同じ制作技術でアレンジした新作を中心に、福田先生に浮世絵の魅力についてお話をうかがいました。コロナ禍で一変した私たちの生活。変化を恐れず、苦境を乗り越えてきた江戸時代の人々の精神の中に、明日を生きる勇気とヒントが見つかるかもしれません。

福田美蘭《冨嶽三十六景 凱風快晴》木版画 2021年
福田美蘭(ふくだ・みらん) 
1963年東京生まれ。1985年東京藝術大学美術学部絵画科油画卒業、1987年東京藝術大学大学院修士課程修了。1989年に新人洋画家の登竜門とされる安井賞を最年少で受賞、1991年第7回インド・トリエンナーレにて金賞受賞。平成25年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

浮世絵の中に芽生えていた現代アートの精神

——先生はこれまで、ダヴィンチやベラスケスの西洋絵画の名作をはじめ、幅広い芸術作品を題材にされてきました。その中で、浮世絵という題材の面白さは、どんなところにありますか。

「浮世絵の魅力は、庶民たちが築き上げ、愛した文化だったという点にあると思います。それまで一部の上層階級のものでしかなかった教養とか美術を、木版の印刷技術によって、初めて全ての人のものにした。江戸の庶民のエネルギーが開花させた文化の象徴が浮世絵です。

様々な社会的抑圧の中で、『憂き世』を『浮世』と肯定的にとらえ直し、人生を謳歌する。そうした姿勢から、新しい発想や創造のヒントが生まれてくると私は思っています。のちに浮世絵はジャポニスムとして海外で高く評価されますが、そこには浮世絵に通底する普遍的な人間性への共感があったからだと思うんです。」

煙の流線が美しい月岡芳年の浮世絵。しかしよく見ると右図では渦巻く煙が五輪のマークに……。
(左)月岡芳年《風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗》 大判錦絵 明治21(1888)年 千葉市美術館蔵
(右)福田美蘭《風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗》 印刷物にアクリル絵具、ミクストメディア 2020年

「また、時代の流行や社会の変化を映し出し、絶えず変化していくという点は、現代美術の精神に共通するものがあると思っていて、いま自分が模作している制作との繋がりを感じます。特に私が浮世絵を興味深く思っているのは、活発な消費文化に支えられた、既製品としての絵画である、という点です。

制作コストを抑えるため、あるいは当時の出版統制を免れるため、絵師たちが知恵を絞り工夫をこらした結果から、浮世絵独特の遊びの精神やユニークな造形表現が生まれているのは大変興味深いですね。」

「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」の内覧会では、浮世絵研究者の田辺昌子副館長による展示解説が。「福田さんの作品には、周密な観察力や入念なリサーチに基づく精緻な表現と自由な発想が共存しているんです。」

職人の高度な技術でしか表現できないもの

福田先生は深い作品理解と高度な描画力とをもって、あらゆる画家(絵師)の作風を取り込み、あたかもその画家(絵師)本人が制作したかのような作品を多数発表してきました。

絵画平面上でしか成立し得ない見返り美人のポーズを立体的に解釈し、群像に。展覧会のプロローグとして、来場者に多角的に物事を捉えることを促す。
福田美蘭《見返り美人 鏡面群像図》パネルにアクリル絵具 2016年 平塚市美術館

——今回発表された新作《冨嶽三十六景 凱風快晴》では、浮世絵版画の復刻を手がけるアダチ版画研究所の職人たちとコラボレーションしています。なぜ、木版で制作したのでしょうか。

「刀が生み出す線のキレや、和紙に摺り重ねられる色の純度。そういったものは、やはり伝統的な木版でなければ出すことが出来ないんです。職人の仕事には、曖昧なところが一切ない。その美的感性は、もちろん個々の研鑽による技術なんですけれど、同時に、その表現が生み出された当時、時代の精神が生み出す物でもあると思うんです。

職人の人たちは技術を習得する中で、そうした精神世界も身体的に受け継いでいるのではないか、と。それは、アダチUKIYOE大賞(2011年)を受賞して、現代の彫師の方、摺師の方と一緒に作品を制作したときに、初めて実感しました。」

江戸時代に浮世絵を生んだ木版の技術は、今日まで継承されている。(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

アダチUKIYOE大賞は、伝統木版技術の後継者の育成を主に活動している公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団が2009年より主催している公募。次代を担う彫師・摺師とともに、新たな時代の浮世絵(木版画)を制作する絵師を募集する企画です。

——2013年に東京都美術館で開催された大規模な個展で展示された作品《2012年の雪月花》が、その成果作品ですね。これは大賞を受賞されてから、新たに描いたものを職人が木版画にした、ということでしょうか。

ロンドン五輪、日食、150年ぶりに復元された上野の月の松など、当時の時事ネタが盛り込まれている。
福田美蘭《2012年の雪月花》木版画 2012年(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

「はい。江戸時代の浮世絵と同じ手順で、私は絵師として『現代の浮世絵』のモノクロの下絵を描き、色の指定を行いました。絵づくりについては財団の事務局の方からも適宜アドバイスを頂き、職人の方とやりとりしながら進めていきました。

たとえば使用する色ひとつとっても、職人の方の提案というのは、浮世絵の素材の特性や版の構造上の理由に基づいているんですね。職人さんと共同制作することで、私が描いた下絵が浮世絵としてブラッシュアップされていきました。ですから、これは私一人では出来なかった作品です。」

当時の資料に、福田先生と職人たちとのやりとりの過程が見える。

浮世絵に触れる体験から浮かび上がる、北斎の龍

——今回の新作は、北斎の代表作である「赤富士」の一部の版を改変した作品ですね。オリジナルではうろこ雲の部分が、不思議な形に歪んでいます。

「アダチUKIOYOE大賞の経験を通じて、より多くの方に江戸時代と同じように『浮世絵を自分の手で持って触れる、間近で見る』体験をしてもらいたい、と思っていましたので、今回の新作においては、壁に掛けた真正面からだけでなく、手に取って、見る角度を探す必然性が欲しかったんです。

「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」の会場では、江戸時代の北斎の浮世絵と、福田美蘭の新作が並ぶ。
(左)葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》大判錦絵 千葉市美術館蔵
(右)福田美蘭《冨嶽三十六景 凱風快晴》木版画 2021年

そこで、北斎の題名にある『凱風』が、背景の積雲は刻々と変化していき、奇怪な何かに変容することを連想させたので、騙し絵の手法のアナモルフォーシスによって、ある角度からこの作品を見ると、青空に龍の姿が浮かび上がるようにしたんです。この技術は、DNPアートコミュニケーションズの方にご協力いただきました。」


今回の作品のために、彫師が彫った「凱風快晴」の雲の部分の版木。楮100%の厚みのある和紙に、摺師が一色ずつ色を摺り重ねて完成する。

——本当だ! 龍の姿が見えました。見る角度で作品が変化する、遊び心のある作品ですね。

「龍は、晩年の北斎が繰り返し描いた画題です。幻想的なイメージも、その根本は現実の中に存在する、と見ていた北斎にとって、メタモルフォーゼ(変身、変化)は、雲龍という変幻自在のモチーフとも相性が良いと思いました。

北斎が若い頃(寛政期)に流行した『さや絵』というのがあって、漆塗りの刀の鞘を絵の上に置くと、鞘の表面の映り込みの中に図像が成立するという、一種のだまし絵ですね。30代で、当時の浮世絵界を代表する勝川派を突然離れ、様々な画風を試み、独自の描画法を編み出した北斎にとって、遊びの精神にあふれるだまし絵の手法を取り入れたとしても不思議ではなく、常に変化し続けていった北斎の人生にも重なるように思いました。

「福田美蘭 千葉市美コレクション遊覧」の会場では、職人が作った木版画を手に持って鑑賞することができる。

今回の展示では、この作品を千葉市美術館が所蔵するオリジナルの《凱風快晴》と並べて展示するとともに、来場者の方が作品を手に持って見ることができるコーナーも設置しています。江戸時代の人々と同じように、浮世絵を手元で見ることを体験していただきます。」

——さらに、千葉市美術館の1階のミュージアムショップには、そうやって鑑賞した作品と同様に職人が摺った作品が、販売されていますね。

「そうなんです。この作品は、美術館に展示して完成ではなく、それを販売するというところまでが作品なんです。江戸時代に多くの人が所有し愛玩したのは、美術品である以前に、自らの日常の中で育てた新しい生活感覚や美意識を所有したいと懸命であった、ということ。それが浮世絵の本質的な部分なので、そこまでを作品に含めたいと思いました。」

千葉市美術館のミュージアムショップにて。展示室にあったものと同様に職人が一点一点制作した木版画をお土産にできる。

——作品を購入することで、私たちはこの作品のコンセプトに参加することになる。面白いですね。

「浮世絵を題材に現代美術の作品を制作するということは、異なる時代の作品と接触し、中へ入っていくことで、現代との繋がりを引き受けたい、という気持ちがありました。今、コロナ禍でさまざまな機会が奪われていますが、美術は視覚だけでなく、もっと間口の広いものだと私は思っています。ですからぜひ、この作品は、多くの方にまず手に取っていただきたいです。」

北斎はローリングストーン

——「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」は、現代美術と古美術の贅沢なコラボレーション展ですね。最後に、千葉市美術館のコレクションで、先生が好きな作品を一点うかがえますか。

浮世絵をはじめ、日本近世絵画の一大コレクションを有する千葉市美術館。5階の常設展示室では、定期的な展示替えを行い、そのバラエティに富んだコレクションを紹介している。

「選びきれないので、今回は千葉ということで、北斎の『総州銚子』を挙げさせていただきます。パッと見たとき、これはどういう状況なのだろうって思う絵ですよね。代表作の『神奈川沖浪裏』のような計算され尽くした構図ではない、ある意味の理不尽さが、『神奈川沖浪裏』とはまた異なる自然への畏怖を表現しているように思います。

葛飾北斎「千絵の海 総州銚子」中判錦絵 千葉市美術館蔵(※現在は展示されていません)

これを70代で描けるというのが、やはり北斎のすごさ。この『千絵の海』のシリーズは、作品ごとに様々な水の様相を描いているのですが、彼の水というものへの関心がストレートに出ていて、とても面白いですね。」

——水という不定形なものへのこだわりという点も含め、常に変化し続けた北斎のバイタリティを感じる作品ですね。と同時に、先生のお話をうかがうことで、時代とともに変化してきた様々な浮世絵と江戸の人々のしなやかさを再認識しました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

展覧会情報

福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧
会 期:2021年10月2日〜12月19日
休館日:10月4日(月)/11月1日(月)/12月6日(月) ※休室日:10月11日(月)/11月15日(月)
時 間:日〜木 10:00~18:00/金・土 10:00~20:00(入場は閉場30分前まで)
会 場:千葉市美術館(千葉県千葉市中央区中央3-10-8)
観覧料:一般 1,200円/大学生 700円/小中高生 無料
☆10月18日(月)は「市民の日」につき観覧無料
☆ナイトミュージアム割引:金・土曜日の18:00以降は共通チケットが半額になります
公式サイト:https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/21-10-2-12-19/



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応募受付期間:2021年10月13日18:00まで
抽選結果:賞品の発送を以てかえさせていただきます。
応募方法:こちらのアンケートフォームにお答えください。

文・撮影 松崎未來(ライター)