あの北斎にオーダーメイド!? 超贅沢な浮世絵「摺物」

あの北斎にオーダーメイド!? 超贅沢な浮世絵「摺物」

世界的知名度を誇る天才浮世絵師・葛飾北斎。数々の作品を世に送り出し、江戸当時から絶大な人気を誇った北斎ですが、一方で、限定されたメンバーシップの内で楽しまれたオーダーメイドの浮世絵も残しています。本記事では、今では考えられないほど贅沢で貴重な「摺物(すりもの)」をご紹介いたします!

数量限定の浮世絵版画「摺物」

現在でも絶大な人気と知名度を誇る、北斎の代表作「凱風快晴(がいふうかいせい)」や「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」は、世界中に現存する作品の状態やその数から、江戸時代当時に何千枚も摺られたと考えられています。

その一方で、わずかな部数しか摺られなかった、いわゆる「限定品」のような浮世絵版画もありました。それが「摺物(すりもの)」と呼ばれるものです。

摺物とは、一般に広く販売された浮世絵版画とは異なり、主に句会や狂歌連といった同好の仲間内で配ったり交換したりする目的で作られた、オーダーメイドの浮世絵版画。販売することが目的ではなく、純粋に風雅を楽しむために作られた摺物は、一部の人々の間にしか出回らない珍しくて贅沢なものでした。

店頭で人目を引くインパクトが重視された量産型の市販品に比べ、販売を目的としない摺物は、素材やディテールにこだわり、上品な色調で手間ひまを惜しまず制作される。世界的に知られる「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」は、絵草紙屋で販売され広く流通した。対して窪俊満の「菊に鶴」などは仲間内での配り物として制作された。(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

なにかのお祝い事や記念に際して制作されることが多かった摺物には、多くの場合、縁起の良い図柄が描かれています。市販の浮世絵が、予算や納期の都合上、版木の枚数や色数などに制約を課すのに対し、摺物は、手間を惜しまず贅を凝らして作られているのも特徴です。最高級の和紙に贅沢な絵具を用い、淡い色合いを何度も摺り重ね、上品で繊細な色合いを表現したり、版木に色を着けずに摺る「空摺(からずり)」などの技巧を随所に用いています。

では、実際に北斎の摺物を見ていきましょう!

七福神が練り歩く「踊行列図」

まずご紹介するのは、北斎が手がけた摺物のひとつ「踊行列図」。細長い縦長の画面に、楽しげに踊りながら練り歩く老若男女7人が描かれています。

葛飾北斎「踊行列図」アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

各々の個性豊かな服装から見ると、どうやら仮装行列の踊りのようです。画面の一番上にいるおじいさんが持つ、大きな傘に描かれた宝づくし文様から、本図の画題は大変縁起の良いものだと考えられます。

「踊行列図」の縦長の画面の一番上にいる老人。大きな傘には打出の小槌や宝珠が描かれている。(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

日本各地に伝わる縁起の良い仮装行列の踊りには、七福神に仮装して踊る「七福神踊」や「七福神舞」というものがあります。実は、本図に描かれた彼らは、それぞれ七福神になぞらえて見ることができるんです!

では、人物を上から順番に見ていきましょう。 まずは一番上のおじいさん。七福神の中でおじいさんといえば寿老人です。赤い頭巾は今も還暦祝いの際にかぶりますね。健康と長寿延命の神様である寿老人にぴったりのモチーフです。(寿老人は福禄寿と同一視される場合も。)

黒い着物の男性が大黒天、笠をかぶった後ろ向きの人物が恵比寿天、額に赤い扇をつけた男性が毘沙門天?(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

その下の黒い着物の男性。黒となると大黒様でしょうか。頭巾をかぶり、腕を高く上げているのは、打ち出の小槌を掲げるポーズに見えなくもありません。

笠をかぶった人物は、恵比寿様と考えられています。京都の十日えびすで、初えびすの際にのみ配られる、縁起物の「人気笠」にちなんでいるのでしょうか。

頭に赤い扇子をくくり付けているのは、毘沙門天でしょう。きっと兜のつもりですね。

手拭いをかぶった男性が布袋尊、紫の着物の女性が弁財天で、黄色の着物の女性が吉祥天?(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

お腹の飛び出たおじさんは、布袋さんでしょうか。かざした扇子は布袋さんのシンボルである団扇の代わりかも。

女性2人は弁財天と吉祥天だと考えられます。2人とも似たようないで立ちをしていますから、どちらがどちらか判別するのは難しいですね。(そもそも弁財天と吉祥天は、よく混同されます。)上側にいる女性の紫の着物には、観世水紋という水をモチーフとした文様が入っているので、こちらの女性が、インドの水の神様が元の姿である弁財天なのかもしれません。

縁起物づくしの「姫小松に海老」

次にご紹介するのは、画面いっぱいに立派な伊勢海老が描かれた「姫小松に海老」。太くピンと張った髭や尾の内側に施された精密な描線など、細部に至るまで描き込まれた本図からは、北斎の並々ならぬ描写力がうかがえます。

葛飾北斎「姫小松に海老」アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

「えび」は腰をくの字に曲げた老人の姿に見立てて「海老」と書き、その海老の代表格である伊勢海老は古くから長寿の願いを込め、鯛と並んでお祝い事には欠かせないおめでたい食材とされてきました。主題である伊勢海老はもちろんのこと、その他にも本図には縁起の良いモチーフがいくつも描かれています。

それでは、描かれている縁起物に、それぞれどんな意味があるのか見ていきましょう。

おめでたいモチーフが、細部まで丁寧に描かれている。(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

・姫小松
一年を通じて緑の葉をつけ、千年の樹齢を保つとも言われる松。若い松には、さらなる飛躍の意味もあります。また、二葉一組の松葉の形は、仲睦まじい夫婦に例えられます。

・伊勢海老
腰が曲がるまで元気に長生きできるとの意味から、長寿の象徴とされています。また脱皮を繰り返して成長を続ける海老は、立身出世の意味合いも。また赤い色は、古代から邪気を払う魔よけとして用いられてきました。

・千両の実
江戸時代、1,000両の財産を有すれば、お金持ちとして番付に載りました。お正月のお飾りにもよく使われる千両の実は、富の象徴とされています。

・搗栗(かちぐり)/椎の実
「勝ち」の音に通じることから、縁起物として出陣前に食すなど、勝利の祈願や祝儀に用いられてきました。また、椎の実はどんな環境でも発芽することから、忍耐強さを表しています。

縁起の良いものがこれほどまで揃った北斎の「姫小松に海老」。北斎が手がけた摺物の中でも、そのおめでたさは天下逸品といって過言ではないでしょう。

北斎がのこした貴重な「摺物」、楽しんでいただけたでしょうか。あの北斎にオーダーメイドで浮世絵を描いてもらえるとは、当時のお金持ちがうらやましい限りですね。

文・「北斎今昔」編集部