クールでモダンな北斎「藍の傑作」に迫る

クールでモダンな北斎「藍の傑作」に迫る

浮世絵風景画の代表作といわれる葛飾北斎「富嶽三十六景」シリーズには、藍色の濃淡だけで表現された「藍摺絵」と呼ばれる作品が存在します。クールでモダンな印象の藍摺絵は、現代でも人気があります。今回は、江戸の天才浮世絵師・葛飾北斎が遺した藍の傑作をご紹介いたします。

江戸の一大ブーム!「藍摺絵」

江戸時代、海外から入ってきた鮮やかな青色絵具の登場をきっかけに、「藍摺絵」と呼ばれる浮世絵が大流行しました。「藍摺絵」とはその名の通り、藍色の濃淡だけ、もしくはそれに少しだけ黄や紅を加えて作られた錦絵です。

青のモノトーンで表現された遊女。歌川国貞「中万字や内 八ッ橋 わかば やよひ」(参照:Los Angeles County Museum of Art

藍摺絵に使われていたのは、昔から使われていた「本藍」と、当時西洋から輸入された「プルシアンブルー」の2種類の藍でした。プルシアンブルーは、化学的な合成顔料で、現在のベルリンで作られたことから、日本では「ベルリン藍」、省略されて「ベロ藍」と呼ばれました。

それまで歌麿などの作品に使われていた植物系の「つゆ草」や、渋い青色の「本藍」に比べ、鮮やかな青色の表現を可能にした「ベロ藍」。当時の人々は、この新しい、透明感ある美しい青色「ベロ藍」の登場に熱狂し、この鮮明な青で摺られた浮世絵をこぞって求めたのです。

富嶽三十六景は藍摺絵のシリーズ!?

さて、葛飾北斎の代表作にして、浮世絵風景画の代表作「富嶽三十六景」は、富士山を各地のあらゆる角度から様々な表情で描きだした、全46図からなる錦絵です。天保初年ごろより、版元・西村永寿堂から出版されました。発表当時、北斎はすでに70歳を過ぎていました。晩年期の北斎が、その巧みな構成力と成熟した描写力で描き出した個性的な富士は、いつまでも見飽きることがありません。

藍色を基調にした「冨嶽三十六景」の作品(提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

そんな「富嶽三十六景」、実は、当初は藍摺絵のシリーズとして計画されていたそう。天保2(1831)年に刊行された、柳亭種彦作「正本製」巻末の「富嶽三十六景」の広告記事を見てみると、「富嶽三十六景 前北斎為一翁画 藍摺一枚、一枚に一景づつ追々出板、此絵は富士の形ちのその所によりて異なる事を示す」と記載されているのです。

「正本製」以外にも、「冨嶽三十六景」の版元・西村永寿堂から同時期に刊行された書物の巻末に同じ広告記事が掲載されています。山東京山訳/歌川国芳画『稗史水滸伝(よみほんすいこでん)』五編下巻。(提供:松崎未來)

当時、富士講の流行をとらえ「富嶽三十六景」を企画した版元・西村永寿堂が、この「藍摺絵」を取り入れたのには、色彩でも人々を楽しませようとする意図があったのでしょう。結果的に「富嶽三十六景」の中で藍摺絵として制作されたものは10図ほどにとどまりましたが、46図のうち、36図の輪郭線が藍色で摺られているのも、この名残と考えられています。

北斎ブル―の傑作「甲州石班沢」

ベロ藍の人気を踏まえて出版された藍摺絵は「富嶽三十六景」の中に10点ほどありますが、一番の名作というと「甲州石班沢」ではないでしょうか。随所に北斎の優れた感覚が伺えます。本図は、富士山に面する鰍沢(かじかざわ)の南側にあった兎之瀬と呼ばれる渓谷付近をイメージして描いたものだと言われています。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 甲州石班沢」(提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

うっすらともやのかかるところから頭を出す富士山。アウトラインに用いられた趣のある本藍と、向こう側が透けて見えるような繊細な青を表現するベロ藍の使い分けが見て取れます。何度かに分けてぼかしを入れた空は、画面全体に幻想的な雰囲気を与えています。

青のみで自然の美しさや厳しさを表現しようとする北斎の意図を汲み取り、一流の職人が2種類の藍を使い分けて摺り上げるこの作品は、名作ぞろいの「富嶽三十六景」の中でも根強い人気を誇る傑作です。

文・「北斎今昔」編集部