自然の「静」と「動」を美しく描き出す 北斎の傑作花鳥画10図をご紹介!

自然の「静」と「動」を美しく描き出す 北斎の傑作花鳥画10図をご紹介!

北斎と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、代表作「富嶽三十六景」の力強く壮大な風景画の数々ではないでしょうか? しかし北斎は、花鳥画においても数々の優れた作品を残しています。中でも大判横絵の花鳥画の揃物は傑作揃い。今回はその10図を一挙にご紹介いたします!

北斎が描いた花鳥画の傑作シリーズ

みなさんはどの絵がお好きでしょうか。十人(花?)十色の魅力に迷ってしまうかもしれませんね。

葛飾北斎が晩年に描いた花鳥画10図。*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

「富嶽三十六景」が出版された頃とほぼ同時期、同じ版元・西村屋与八(永寿堂)より、北斎の花鳥画の揃物10図が出版されたと考えられています。色彩豊かな花鳥とそれを引き立てるシンプルな背景、そして無駄のない完璧な構図は、現代においても全く古臭さがなく、洋室に飾っても映えそうなモダンな印象です。

そしてなにより花の造形の細かさや正確さに、思わず目が行ってしまうのではないでしょうか。まずは北斎の鋭い観察眼で切り取られた、花々の造形美に注目してみましょう!

造形を余すところなくとらえる北斎の鋭い観察眼

たとえば本シリーズの「菊に虻」。ボリュームのある花びらの一枚一枚や葉脈を繊細にとらえているだけでなく、風に翻った葉の裏表まで描き分けています。

葛飾北斎「菊に虻」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

同じく「牡丹に蝶」でも、花びらの細かな筋や、蝶のふわふわとした体毛まで丁寧に表現されています。北斎の鋭い観察眼と、それを正確に再現するデッサン力の高さが余すところなく発揮されていますね。

葛飾北斎「牡丹に蝶」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

なによりも、これほど花鳥を写実的で正確にとらえながら、作品としてのデザイン性まで追求しているところに、北斎の探求心が垣間見える気がします。

そういった写実性を存分に発揮する作品がある一方で、たとえば「芙蓉に雀」では、葉の部分をあえて太い筆で塗りつぶすかのようにざっくりと描写。芙蓉の花や雀のふわふわとした質感の愛らしさがより際立って見えます。

葛飾北斎「芙蓉に雀」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

また「桧扇」においても、特徴的な花びらの柄は丁寧に描きつつ、そのほかの細かい描写を避けるかのように大変シンプルな画面で構成しています。

葛飾北斎「桧扇」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

それぞれの花が持つ魅力を最大限に引き出すために、作品によって要素の取捨選択ができるのも、その根本には優れた観察眼と構成力があるからなのではないでしょうか。

そして、本シリーズで最も特筆すべき部分が「静」と「動」の描き分けです。北斎は、花鳥画を描く際、花鳥を正確にとらえるだけでなく、自然の中の「森羅万象」、つまり風や空気、そして時間の流れまでも表現しようと試みた、と言われています。一体どういうことなのでしょうか。

森羅万象の全てを描く北斎がとらえた「静」と「動」

風が凪いで草花の揺らぎが止まった瞬間の美しさを描いた「静」。そして風にたなびく花鳥の一瞬の美しさを切り取った「動」。本シリーズの10図は、すべてこの「静」と「動」に分類できます。どの図がどちらに分類されるか、みなさんもぜひ考えてみてください。

たとえば「静」の作品に分けることのできる「あやめにきりぎりす」。ぴんと張った葉や花の茎、そして葉の合間にみえるきりぎりすの姿にすらも静けさを感じ、凛とした緊張感を生み出しています。

葛飾北斎「あやめにきりぎりす」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

そして「動」を代表する作品が「罌粟」。シリーズ中で最も風を感じさせる作品です。大きく柔らかな花弁が風にあおられてたわみ、それにつられて細い茎が大きくしなる様子は、ケシの花の質感や特徴をよく捉えています。

葛飾北斎「罌粟」*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

北斎は花の動きを正確にとらえるために、花の部位や生き物を隅々まで観察し尽くしたのではないでしょうか。「静」として挙げた「あやめにきりぎりす」も、少しの風が吹けば、花に隠れたキリギリスが今にも飛び出してきそうな印象を受けます。

ちなみに北斎の二大代表作「凱風快晴」と「神奈川沖浪裏」は、前者が「静」、後者が「動」を感じさせる作品として良く比較されるのですが、この「罌粟」の構図は、「神奈川沖浪裏」との類似性が指摘されています。

一図ずつ丁寧に見ていけば、造形の細かさや写実性を楽しむことができ、シリーズ全体を通して眺めたときにも「静」と「動」のリズムで見る者を飽きさせない。それがこの花鳥画シリーズの、傑出した点なのではないでしょうか。

文・「北斎今昔」編集部