鰭崎英朋オマージュの新作美人画 日本画家・宮﨑優さんインタビュー
日本画家の宮﨑優さんが、この秋、新作の木版画「黄昏」を発表しました。江戸時代から続く伝統の技を受け継ぐ彫師・摺師たちと制作した木版画で、いわば「現代の浮世絵」。宮﨑さんにとって3作目の木版画となる同作は、秋をテーマにした美人画です。新作の木版画について、宮﨑さんに新作についてインタビューしました。(過去のインタビュー記事はこちら >>)
想像力をかき立てる鰭崎英朋の美人画
――今回の新作は、鰭崎英朋の作品が着想源とうかがいました。英朋作品との出会いについて教えてください。
「私が初めて鰭崎英朋を知ったのはInstagramでした。その際に見た作品が、柳川春葉の小説『誓』の口絵で、その時はてっきり肉筆だと思っていました。女性の表情がとても魅力的で、こんな美しい女性を描かれる絵師がいたのだと気になってすぐに検索したところ、作品が木版画であることを知り、とても驚きました。」
宮﨑さんを一瞬で魅了した鰭崎英朋は、大正・昭和期に数々の小説・文芸誌の口絵を手掛けた人気画家でした。近年、浮世絵専門の美術館・太田記念美術館にて開催された展覧会を中心に、その功績が改めて注目されています。泉鏡花の『続風流線』の口絵が、有名かも知れません。大衆向けの出版物で美人画を描き続けたという意味で、「最後の浮世絵師」の一人に数えられる作家です。
また英朋が「最後の浮世絵師」と呼ばれる所以が、もう一点。この時代の文学作品の単行本や雑誌の口絵の多くは、浮世絵と同じように、職人が木版で制作していました。国立国会図書館デジタルコレクションで柳川春葉の『誓』を見てみると、書籍の標題と目次の間のページに、鰭崎英朋の絵が折り込まれていることが分かります。(資料は残念ながらモノクロ画像ですが、前後のページを見ると、口絵の裏面にバレンで摺った跡も確認できます。)本文は機械で印刷されていますが、口絵として、鮮やかな多色刷りの木版画を折り込んでいるのです。今考えると、とても贅沢な装丁ですよね。英朋の口絵には、浮世絵の美人画の歴史、そして江戸の木版技術の伝統が、脈々と受け継がれているのです。
――英朋の美人画の中でも、この『誓』の口絵の女性は、なんとも言えない表情をしていて、引き込まれます。
「鰭崎英朋の口絵は一目見ただけで、小説の物語を知らなくても、『この女性にはいったい何があったのだろう?』と想像させてくれる魅力があります。 切なさ、悲しさ、恋しさ、様々な感情を感じさせてくれるような表情を、木版画でここまで表現できているのがすごいと思いました。特に眉毛や睫毛、眼の二重の線、手の指の形、後れ毛、唇、爪など、女性の“美”を宿す細かいパーツの表現には、鰭崎英朋の強いこだわりを感じます。」
――以前、宮﨑さんはNHKの日曜美術館に出演されました。その時にも、歌麿の美人画の表情について言及されていましたね。
「はい。浮世絵木版画を学び始めた頃に出会った、歌麿の「物思恋」には衝撃を受けました。眉毛のない限られた線による表現で、アンニュイな表情の中に切なさや諦念、それでいて何かを心待ちにしているような、そういった女性の様々な感情が伝わってきました。
そこから時代を経る毎に、木版画にも西洋的な表現が取り入れられていき、女性の表情も様々な表現方法で描かれてきたことを、鰭崎英朋の作品を通して知ることができました。」
――確かに、日本の近代の美人画は、江戸時代の浮世絵の表現に西洋絵画の人物描写がミックスされて、さらに文学作品のドラマティックな設定が加わることで、独特な雰囲気を持っていますよね。以前、美術史家の山下裕二先生にお話をうかがった際にも、日本の「美人画」というジャンルが極めて特異な発展を遂げたことをお話いただきました。(記事はこちら >>)
女性の内面に迫る
――宮﨑さんの新作「黄昏」の女性も、意味ありげな表情で、作品のバックストーリーが気になります。宮﨑さんは、どのようなテーマを描こうとしているのでしょうか。
「過去2作品(「花ざかり」「櫛にながるる黒髪」)では、春夏それぞれの季節の中の女性の何気ない一時の美しさを表現したいと思って制作しました。今回の「黄昏」では、鰭崎英朋の『誓』の口絵のように、より女性の内面的な部分も表現してみたいと思いました。
作中の女性のどこか切なげな表情からは、叶わない恋であったり、会いたくても会えない人を想っていたり、故郷を懐かしんでいたりといった、様々な捉え方ができるかと思います。英朋が描いた女性には、 小説『誓』の物語設定上、とても悲しい背景がありました。けれど今回の新作「黄昏」は、より身近に、誰もが経験したことのあるような感情を表現したいと思いました。 絵の中の女性を通して、いろいろと自由に想像していただけると嬉しいです。」
職人たちとの協業
――木版画の制作は今回で3回目となりますが、今回特にこだわった点はありますか?
「今までの木版画では、着物の型染めの表現や、髪の流れの美しさに挑戦してきましたが、今回はそれに加えて、どこまで女性の表情を表現できるのかが課題でした。お顔の表情、特に眼の表現にはかなりこだわって、制作していただきました。」
――現在、宮﨑さんは山口にお住まいですが、職人との打合せに上京もされたそうですね。
「はい。校正は基本的にはリモートでのやり取りでしたが、版木が一通り出来上がった際に、1度アダチ版画研究所におうかがいして、職人さんたちと打合せもしました。
職人さんから試し摺りが上がってくる度に、何度も修正をお願いしたので、最後の方では『職人さんから嫌われてしまう…』と半泣きになりながら、それでもどうしても妥協できなかったので、いろいろと無茶振りをしてしまいました。
睫毛や眉毛の毛1本でも表情が変わってくるので、『ここはもう少し細く』『短く』『角度を替えて』『生え際の生え方をもう少しこう…』など、とにかく細かく注文してしまったのですが、それを全て聴いて反映してくださった彫師さんには感謝しかありません。
それから今回は、要所要所でグラデーションを多用しています。夕日に染まる秋空の表現、逆光の紅葉、髪の立体感、お顔や指先などの肌、目元、着物の柄、帯留めなどのかなり細かい箇所にまで、たくさんのグラデーションによる表現が施されています。
その中でも特に、背景の段階を経て溶けるような朱色の美しい夕日のグラデーションと、夕日の逆光を受ける紅葉の表現は、以前から秋の木版画を制作するなら表現したいと考えていた部分でしたので、今回はその念願が叶った形となりました。それら全てを美しく摺り上げてくださった摺師さんには、大変感謝しております。」
――彫・摺ともに、宮﨑さんのこだわりが感じられます! ところで、1作目が桜の咲く「花ざかり」、2作目が浴衣姿の「櫛にながるる黒髪」、そして今回が紅葉の舞う「黄昏」と、春夏秋の3つの季節を描かれてきました。ということは、宮﨑さんの中には、冬の作品の構想がすでにあるのでしょうか?
「はい! 実は夏の木版画を出版していただくお話をいただいた時から、秋と冬のイメージが見えていました。木版画ならではの伝統技法を取り入れた、雪の降る情景が描けたらと考えています。」
――それはまた楽しみですね。本日はお忙しい中、貴重なお時間をありがとうございました。
[価 格]絵のみ 110,000円(税込)/額付 132,000円(税込)
[画寸法]35.2 × 24.0 cm
[用 紙]越前生漉奉書
[購入方法]アダチ版画研究所 目白ショールーム、およびオンラインストアにて予約受付中。(お届けは11月下旬〜12月上旬)
取材・編集 「北斎今昔」編集部
協力 太田記念美術館
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