北斎×COCHAE×アダチ版画 カラフルな木版摺封筒で伝統の技に触れる

北斎×COCHAE×アダチ版画 カラフルな木版摺封筒で伝統の技に触れる

今なお世界中の人々を魅了し続ける、日本の浮世絵版画。その制作技術は、現代にまで受け継がれていますが、技術者は年々減少しています。こうした中、伝統木版の職人を目指す若者たちの技術習得をサポートし、木版画の風合いを手軽に楽しむことができる商品が2019年に完成しました。いま注目のデザインユニット・COCHAEがデザインを手掛けた『COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」』をご紹介します。

彫から摺まで、全て手作業で制作『COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」』

浮世絵を描くだけでなく、着物や工芸品に使われる柄のデザインも行っていた葛飾北斎(1760-1849)。北斎が生み出したデザインは「北斎模様」ともよばれ、『北斎模様画譜(新形小紋帳)』に収録されたその図案は、明治時代以降も人々に親しまれてきました。花鳥や草木を巧妙に組み合わせた図案の数々は、200年以上経った今でも、デザインとして十分魅力的なものばかりです。

COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」

この北斎模様を取り入れ、2019年に発売されたハンドメイドのステーショナリーが『COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」』。デザインユニット・COCHAEと、アダチ版画研究所との共同制作によって生まれました。「木版摺」と冠するように、彫、摺の制作工程はもちろんすべて手作業です。江戸時代から受け継がれた木版摺の技術によって、日常的に使えるものを作る。この新しい取り組みの背景を、デザインを手掛けたCOCHAEの軸原ヨウスケさんへのインタビューをまじえながらお伝えしていきます。

若手職人育成プロジェクトの一環として始まった今回の共同制作。伝統木版の未来を担う若者たちが、北斎模様を現代へよみがえらせます。

江戸時代から継承される技術を担う、アダチ版画の若手職人たち

今回の商品開発のきっかけは、江戸時代以来の木版画制作技術を継承する版元・アダチ版画研究所による、若手職人育成のためのプロジェクトです。アダチ版画研究所は、伝統⽊版画技術を継承する職⼈を抱え、ハイクオリティな⽊版画の制作を⾏う⼯房、兼版元。浮世絵の復刻から現代の美術家の作品制作を行っています。

彫師・摺師を擁するアダチ版画研究所では、同研究所が伝統⽊版画技術の保存と普及を⽬的に設立した「アダチ伝統⽊版画技術保存財団」とともに、若⼿の職⼈の育成事業に⼒を⼊れています。

木版画を制作する職人たちの技術は、江戸時代の浮世絵の生産によって、大きく発展してきました。浮世絵は、次々に変化する大衆の好みや流行を機敏にとらえ、常に新しい表現を追求することで、長く息づくコンテンツとなったのです。しかし、さまざまな印刷技術の発達によって、木版の需要が減少し、近年では伝統木版画の技術者の高齢化や、後継者不足が深刻となっています。

こういった課題がある中で、アダチ版画研究所には、熟練の職人の下、若い世代の職人たちと職人見習いが複数名在籍。日々技術の習得に励んでいます。彼らがより高度な技術を習得し、この木版技術を未来へ永く受け継いでいくためには、江戸時代の浮世絵のように、時代のニーズを反映した商品をつくり、発表し続けることが何よりも重要です。

まだ半人前の職人見習いの若者たちも、「伝統木版技術によって、新しいものを生み出す」工程に携わることが、技術の向上や、伝統の継承に対する責任感につながっていくのではないか。そんな思いから、日常の中で伝統木版の風合いを伝える商品の開発企画が持ち上がりました。そしてその最初の試みとして、多くの人にとって身近な紙製品である封筒を制作することに。ただし単なる消耗品ではなく、ちょっとしたお祝いや謝意を伝えるシーンで活用できそうな、のし袋のような封筒です。

ボストン美術館の収蔵庫で発見された北斎の図案集『北斎模様画譜』の板木を、アダチ版画研究所の職人が摺り、製本したもの。

かつて、米国・ボストン美術館で見つかった「北斎模様」の版木を、アダチ版画研究所の摺師たちが再摺した歴史を踏まえ、封筒のデザインのテーマは「北斎模様」に決定。そして、アダチ版画研究所がこの「北斎模様」を使った新たな商品を生み出すためにデザインをお願いしたのが、デザインユニット・COCHAE(コチャエ)でした。

伝統文化を新しいデザインで未来へ

◆COCHAE(コチャエ)とは?
“あそびのデザイン”をテーマに活動する、軸原ヨウスケ氏、武田美貴氏によるデザイン・ユニット。2003年結成。「折紙をもっとポップに!」をキーワードとしたグラフィック折紙の制作に始まり、現在は新しい視点を持った玩具や雑貨の開発、商品企画、展示やWSなど幅広い活動を行っている。折り紙パズル「ファニーフェイスカード」がグッドデザイン賞受賞。『トントン紙ずもう』(KOKUYO、2012)グッドトイ2013選定。 近年は山方永寿堂「岡山名物 きびだんご」などパッケージデザインを数多く手がけているほか、妖怪舎のコラボレーションでは「ゲゲゲの鬼太郎指人形折紙セット」をデザインするなど、活躍の幅を広げている。
■ COCHAEウェブサイト≫

岡山県を活動拠点として、幅広い分野へと活躍の場を広げているCOCHAE。そのデザインの根幹にあるのは、「遊びのデザインをテーマに、忘れられかけている伝統や地域に根ざした文化を発掘し、継承していく」という思いです。COCHAEが過去に手掛けたデザインを拝見すると、日本に長く息づくモチーフを取り入れながらも、老若男女が楽しめる新鮮さを感じます。


COCHAEがパッケージデザインを手掛けた岡山土産の定番〈山方永寿堂〉のきびだんご。贈りたい、贈られたいと思わせるポップで愛らしいデザイン。中の包装紙まで、こだわってデザインされています。

COCHAEの軸原ヨウスケさんに、『COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」』の制作について、お話をうかがいました。

——日本の伝統文化に現代的なデザインを組み合わせるにあたって、特に気を付けていることや心がけていることがあれば、教えてください。

「懐かしいものではなく、新しいものとして見えることを心がけています。」

新しい見せ方で、伝統文化を未来へと継承していく。COCHAEのこういった思いは、アダチ版画研究所が考える、伝統木版画技術の継承とも合致しているように思います。それが今回のプロジェクトの依頼へとつながりました。

封筒制作に使用された板木。模様によって、摺るときの注意点も異なります。

——最初にアダチ版画研究所からこのプロジェクトのお話があった時、どのような印象を持たれましたか?

「自画自刻の小規模表現を除けば、いわゆるデザイナーにとって、あらゆる印刷表現の中で、もっとも敷居が高いのが木版刷ではないかと思っており、ドキドキしました。アダチ版画さんには何度か工房を見学させてもらったことがあり、職人さんの技術力の高さにはずっと驚かされ続けてきたので、今回の共同制作のお話をいただき嬉しかったです。」

そう仰る軸原さんに、「浮世絵」や「北斎」についての印象もうかがってみます。

「浮世絵は大好きで、自分でも何枚か持っています。北斎に関しては、様々な画風、そして最もメジャーな浮世絵の絵師ですよね。あまりに巨大で多様、という印象がありました。」

浮世絵師・写楽の作品をお面にして遊べる本『写楽面』(フィルムアート社)。

——過去にCOCHAEでは、山東京伝(※ 北斎と同時代に生きた戯作者・浮世絵師。1761-1816)の滑稽本『小紋雅話』に掲載されている図案を用いた千代紙をデザインされていますね。

「京伝の『小紋雅話』は図案自体がそこまで知られているものではない上、批判精神とユーモアがあるので、割とふざけて配色しました。一方で「北斎模様」は、王道でかっこいいものなので、気品を失わないように気を付けました。」


COCHAEがデザインした「京伝千代紙」。ユーモアあふれる山東京伝の小紋柄がポップな色の千代紙に。

そういった背景の違いを汲み、京伝と北斎の図案を、それぞれ違う形で新しいデザインへ落とし込んだCOCHAE。「巨大で多様」「気品」という言葉で表現した北斎の図案を使うにあたってのこだわりは、どういったところにあったのでしょうか。

——『北斎模様画譜』にはたくさんの図案が掲載されています。その中から、どのようにして今回のデザインに採用する図柄を選ばれたのでしょうか。

「15図くらい選んで、その中から3図に絞ったかたちです。まずモダンな柄であること、そして好きなことを中心に選びました。」

——『北斎模様画譜』では、北斎模様に彩色はされていません。それぞれの柄への彩色や、配色のポイントはありますか?

「ビビッドでありながら伝統的な色彩ということを意識しました。新品の木版刷りのビビッドさを味わっていただきたいな、と思っています。」

そういったこだわりのもとで完成した、今回の「北斎模様」封筒。「和紙」と「北斎模様」という、江戸のエッセンスを存分に詰め込みながらも、「レトロ」や「昔懐かしい」とも形容できない、モダンで洗練されたものとなりました。

木版画の質感を楽しめるCOCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」。職人見習いの若者たちの技術習得を考慮し、摺り方の異なる3種のデザインを採用しています。

実際に商品を手に取ってみると、和紙特有の温かみのある手触り。そして木版摺では、絵具を和紙にのせるのではなく、和紙の繊維の中に摺り込ませるようにして馬連(ばれん)で摺っていくので、鮮やかな独特の発色が楽しめます。

若手職人育成プロジェクトの一環としての制作とは言え、実際にお客様が使われるもの。アダチ版画研究所では、商品としての一定の水準を満たしたもののみ出荷しているため、残念ながら現状、生産量は限られています。しかし日々の修行に明確なフィードバックがあることで、職人見習いの若者たちは、常に緊張感をもって制作に臨むことができます。また購買者にとっては、日常で使うステーショナリーで、本格的な木版摺の質感が気軽に楽しめるのも、本品の大きなポイントです。

COCHAEとアダチ版画研究所の出会いで見えてきた継承のかたち

そして最後に、今回の制作にあたって苦労した点をうかがうと、そこには江戸時代当時の木版画制作との共通点もみえてきました。

——今回の封筒デザインにあたって配慮した点や、苦労したところはございますか?

「パターンをつなげる、ということに思いの外手間取ってしまいました。また摺色も思ったようになかなか出ず、何度か調整していただきました。」

COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」を摺る若手職人。

木版摺の色合いは、摺師の絵の具の調合や、力加減によって決まります。北斎や広重などの浮世絵師たちも、自身の理想とする作品を制作するため、版元を通して職人たちに細かな指示を与え、ともに試行錯誤を繰り返して作品を完成させていました。

浮世絵は江戸時代当時、庶民が手軽に購入できる、大衆文化のひとつでした。より多くの人の要望に応える商品を生み出そうとした、絵師(デザイナー)と版元、彫師、摺師の試行錯誤とやり取り。このような制作過程そのものをも受け継ぎ、新しいものをつくっていくことが、COCHAEやアダチ版画が掲げる「伝統や文化の継承」に結びついているのだと思います。
 

■ COCHAE彩色木版摺封筒「北斎模様」
[価格]900円(税別)
[購入方法]京都市京セラ美術館(京都市左京区岡崎円勝寺町124)ミュージアムショップにて取り扱い中

文・「北斎今昔」編集部