2022年夏の浮世絵猫めぐり 〜もしも猫展/浮世絵動物園/"Life with ネコ"展〜

2022年夏の浮世絵猫めぐり 〜もしも猫展/浮世絵動物園/"Life with ネコ"展〜

いま、日本は空前の猫ブーム。2014年に猫の飼育頭数が犬のそれを上回って以降、コロナ禍においても猫を飼う人が増え続けているそうです。2022年の2月22日は、2(にゃん)が6つも揃う「スーパー猫の日」として猫好きの間で盛り上がりを見せました。そして今夏、各地で浮世絵に描かれた猫の姿を紹介する展覧会が開催されています。猫好きの編集部が、3つの展覧会を巡りました。

編集部がうかがった展覧会はこちら!
名古屋市博物館「特別展 もしも猫展」(〜8/21)
太田記念美術館「浮世絵動物園」(前期:〜8/28|後期:9/2〜25)
港区立郷土歴史館「"Life with ネコ"展」(〜9/11)

名古屋市博物館「特別展 もしも猫展」

現代では「猫の下僕」を自称するほどの猫好きが存在しますが、江戸時代にも愛猫家は存在しました。数々の猫好きエピソードを持つことで知られているのが、幕末の浮世絵師・歌川国芳(1798〜1861)。常に数匹の猫を飼っていたという国芳の作品には、黒猫、白猫、ぶち猫、三毛猫、さらには着物を着て二足歩行する猫まで、さまざまな猫が登場します。

名古屋市内の至る所で目を引いていたコーラルピンクのビジュアル。博物館の正面入り口までのアプローチには猫クイズが掲示されている。

私たちの暮らしのすぐそばにいて、時に妙な人間臭さを見せる猫。そんな猫の姿を、国芳、そして彼の弟子たちは数多く浮世絵に描きました。名古屋市博物館で現在開催中(8月21日まで)の「もしも猫展」は、猫に人格を与える一種の擬人化表現を基軸に、国芳一門が描いた浮世絵の猫に注目した展覧会です。

名古屋市博物館に到着してまず出迎えてくれるのは、曲芸を披露する猫の等身大(?)パネル。来館記念に浮世絵猫と写真が撮れますよ。「もしも猫展」は会場デザインも宣伝物も猫づくしです。

まずは記念にパシャリ。にゃんと「もしも猫展」は会場内も撮影OK。(※一部作品を除く。フラッシュは使用禁止、動画はNG。)

猫を愛してやまなかった絵師の肖像と、その晩年の作品が展覧会のプロローグを飾る。
(左)落合芳幾「国芳死絵」文久元(1861)名古屋市博物館蔵(高木繁コレクション)(右)歌川国芳「たとゑ尽の内」嘉永5(1852)個人蔵

展覧会の会場に入って最初の展示作品は、歌川国芳の肖像。そしてその隣に並ぶのは、猫にまつわることわざ等を描いた国芳の浮世絵「たとゑ尽の内」。国芳の猫の擬人化表現の中で、現在確認されている限り最も時代が下る作品です。国芳の擬人化猫表現の一つの到達点、というと大袈裟かも知れませんが、描かれた猫たちの人間臭さと猫らしさの絶妙な塩梅は、見事と言う他ありません。

ポスターのデザインにも採用されている、鞠で遊ぶ猫たち。当時、浅草で催された曲鞠の見せ物が大評判だったことにちなむ。
(左)歌川国芳「流行猫の曲鞠」(右)錦江斎春艸「墨摺報条 風流曲手まり」ともに天保12(1841)、個人蔵

展覧会は序章と終章を含む全7章で構成され、多様な作品を通じて、猫の擬人化表現の起源をたどり、その派生を見ていきます。人間のように振る舞う猫たちが、単に国芳個人の趣味・嗜好だけではなく、当時の流行や社会現象を背景に生まれていったことが分かるでしょう。

画面いっぱいに巨大な猫の顔。これは歌舞伎の舞台を描いた浮世絵。当時の芝居の演出が分かって興味深い。
歌川国芳「日本駄右エ門猫之古事」弘化4(1847)名古屋市博物館(高木繁コレクション)蔵

子供向けのおもちゃ絵にも猫。折り畳んだり開いたりして遊ぶ作品。元ネタと併せて図柄を拡大したサンプルも展示されている。
歌川芳藤「いろは替手本」明治(19世紀後半)個人蔵

チャーミングな猫たちをただただ眺めるだけでも猫好きにはたまらない展覧会ですが、展示解説をじっくり読み込んでいくと、江戸時代の人々が猫をどのような存在ととらえ、浮世絵をどのように楽しんでいたかも見えてきます。

「団扇絵」は、切り貼りして団扇に仕立てる実用性のある浮世絵。会場に再現した団扇でぜひ江戸の風のお試しを。
使用している作品は、(左)「猫の百面相 荒獅子男之助ほか」(右)「猫のおどり」ともに歌川国芳、天保12(1841)頃 個人蔵

また会場では比較対象として、猫を描いた浮世絵以外の資料も多数展示しています。神や精霊、妖怪といった人外の存在を含め、広義の擬人化の中で猫の擬人化表現を見てみると、猫という存在の特異性をより掌握しやすいでしょう。日本のアニミズムや現代のキャラクタービジネスについて考える契機にもなりそうです。


あらゆるものに命が宿ると考えていた日本人。器物に至るまで人間味を出す、擬人化表現のルーツを探る。
「百鬼夜行絵巻」江戸時代前期(17世紀後半)個人蔵
1840年代「おこま」という猫の波瀾万丈の人生ならぬ猫生(にゃんせい)を描いた長編小説(合巻)が大ヒット。
山東京山・歌川国芳『朧月猫の草紙』四篇表紙 個人蔵

また対象を間接的に描く日本文化ならではの見立て・やつしの表現の発展が、江戸時代のメディア統制と表裏一体の関係にあったことも見逃せません。「もしも猫展」が提起する「もしも」は、非常に示唆に富んでいます。ぜひ会場で、ユニークな猫たちを生み出した当時の人々の発想に思いを巡らせてみてください。

三毛猫柄の表紙がかわいい展覧会図録は付録付き。オリジナルてぬぐいと肉球グミをゲット。筆者が訪れた日は一部入荷待ちの商品も。

ちなみに、この展覧会に行かれる方のほとんどは猫が好きな方だと思いますが、会場出口のグッズ売り場は散財必至です。凝りに凝った装丁の展覧会図録をはじめ、ここだけの猫グッズがたくさん。また近隣のカフェやお菓子屋さんとかわいいコラボメニューも展開していますので、夏の思い出づくりを楽しんでください。

特別展 もしも猫展
会 期:2022年7月2日~8月21日
時 間:09:30〜17:00(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:7月4日、11日、19日、25日、26日、8月1日、8日
会 場:名古屋市博物館 (愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂通1-27-1)
観覧料:一般 1,600円/高大生 1,000円(/小中学生 500円
お問合せ:052-853-2655
公式サイト:https://www.ctv.co.jp/nekoten/

太田記念美術館「浮世絵動物園」

東京・原宿にある浮世絵専門の美術館、太田記念美術館でも、いま浮世絵に描かれた猫に出会えます。現在開催中の「浮世絵動物園」展は、浮世絵に描かれたさまざまな動物(架空の生物含む)を集めた企画展。もちろん、猫の浮世絵も多数。

錦絵の祖・鈴木春信が描いたのは、お上品なブチ猫。江戸時代は飼い猫の首に赤い布(緋縮緬)などを巻いていたようですね。この作品、「きめ出し」という木版画の特殊な技法が用いられていて、猫の輪郭の際がぷっくり浮かび上がっています。このこだわりよう、春信も猫好きだったのでしょうか。

鈴木春信「猫に蝶」明和2〜7(1765〜70)頃 太田記念美術館蔵(前期展示:〜8/14 ※展示終了)

そして太田記念美術館の展覧会にも、やはり猫好き・国芳が登場です。弟子の芳年が、ありし日の師の姿を描いたこちらの掛け軸、国芳の膝元に猫が寄り添うように描かれています。国芳も優しそうな表情ですね。猫好き・動物好きは目尻が下がりっぱなしの展覧会です。

国芳と言えば猫、猫と言えば国芳。月岡芳年「歌川国芳肖像」明治6(1873)太田記念美術館蔵(前期展示:7/30~8/28)

また広重の「名所江戸百景」のあの猫の名作も。遊女の部屋の窓辺から、その白い背中で語ってくれますよ。

歌川広重「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」安政4(1857)11月 太田記念美術館蔵(前期展示:7/30~8/28)

「浮世絵動物園」は前後期で全点展示替えなので、後期はまた別の猫ちゃんに出会えそうです。ちなみに、ご遠方の方や都内への外出を控えていらっしゃる方は、太田記念美術館の動物浮世絵を紹介した書籍『浮世絵動物園 江戸の動物大集合!』(小学館)が刊行されていますので、ぜひそちらでお楽しみください。SNSで話題になった、不思議な浮世絵動物たちも掲載されています。

浮世絵動物園
会 期:2022年7月30日~9月25日
    前期:7月30日〜8月28日/後期:9月2日〜25日
時 間:10:30〜17:30(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:8月1、8、15、22、29〜31日、9月1、5、12、20日
会 場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
観覧料:一般 1,200円/大高生 800円/中学生以下 無料
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

港区立郷土歴史館「"Life with ネコ"展」

浮世絵猫めぐり、最後にうかがったのは港区立郷土歴史館。開催中の「"Life with ネコ"展」は弥生時代から現代に至る人間と猫の関係を紐解く展覧会。展示品は浮世絵に限りませんが、浮世絵も多数展示されています。長い歴史を考察する上で、浮世絵がいかに豊かで多彩な情報を提供してくれるか、そしてその表現が自由な発想のもとに生まれてきたかを再認識できることと思います。

地下鉄の「白金台」駅の2番出口を出ると、すぐそこが港区立郷土歴史館。夏場は特に、駅からのアクセスが良いのはありがたい。

会期中は、一般応募から50点を厳選した"うちのネコ" 写真展や、昭和レトロな建物を堪能できるクイズラリーなど、家族で楽しめる企画・イベントが開催されています。野菜をふんだんに使ったメニューが自慢のカフェも併設されているので、1日じっくり人と猫との歴史に触れてみては。

設計者の内田祥三にちなみ「内田ゴシック」と呼ばれる特徴的なデザインの建物。1938年に公衆衛生院として建てられた。

建築当初の姿がよく保存されている2階中央ホール。床や壁に石材が多数使われており、高級な仕上げとなっている。
"Life with ネコ"展
会 期:2022年7月16日~9月11日
時 間:9:00〜17:00/土曜日のみ 〜20:00(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:7月21日、8月18日
会 場:港区立郷土歴史館(東京都港区白金台4-6-2 ゆかしの杜内)
観覧料(特別展):大人 400円/小中高生 200円 ※常設展とのセット料金あり
お問合せ:03-6450-2107
公式サイト:https://www.minato-rekishi.com/exhibition/neko.html

今回3つの会場を巡ることで、今も昔も変わらない人々の猫愛を再認識するとともに、共通テーマの比較によって見えてくる絵師の個性に気づいたり、「あっちの会場で見た作品の元ネタってこれだったんだ!」といった発見もありました。自分の中で点と点だった知識が結びついていく感動は格別ですね。猫というテーマを多角的にとらえることが出来る、またとない機会です。猫好きな方も、そうでない方も、ぜひ2022年の浮世絵猫めぐり、楽しんでみてください。

名古屋市博物館の常設展にも猫。皆さんのお越しをお待ちしています。

文・撮影 松崎未來(ライター)