広重の浮世絵で、秋色の景色を楽しむ

広重の浮世絵で、秋色の景色を楽しむ

交通網が発達し文物の流通が盛んになった江戸時代、日本全国の風景を描き人気を博したのが浮世絵師・歌川広重(1797-1858)です。やがてその作品は海外にも紹介され、季節や気象条件を巧みに取り入れた抒情豊かな風景描写は高い評価を得ました。さまざまな表情を見せる空や海の描写は、西欧の人々の目に新鮮に映ったのでしょう。海外で「広重ブルー」という言葉が生まれたほど。しかしもちろん、人々を魅了する広重の色遣いは、青だけに限りません。今回は広重の浮世絵の秋色に注目。さあ、浮世絵の紅葉狩りを楽しみましょう。

現代に復刻された、広重の「名所江戸百景 真間の紅葉手児奈の社継はし」(木版画)とその版木

紅葉の名所・真間で、色づく葉ごしに筑波山を望む

江戸時代の人々も、秋の紅葉シーズンになると美しい景色を見におでかけしたようです。広重も晩年の大作「名所江戸百景」の中で、いくつかの紅葉の名所を描いています。中でも、紅葉の葉越しに秋晴れの筑波山を遠望する大胆な構図で人気なのが「真間の紅葉手古那の社継はし」。

歌川広重「名所江戸百景 真間の紅葉手児奈の社継はし」*アダチ版復刻(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

江戸の町には、品川の海晏寺(かいあんじ)や王子の滝野川といった紅葉の名所がいくつかありましたが、「真間(まま)」は江戸からちょっと離れた、現在の千葉県市川市。真間の弘法寺(ぐほうじ)は、江戸時代のレジャーガイド『江戸名所花暦』の「紅葉」の項の筆頭に挙げられる紅葉の名所でした。

歌川広重「名所江戸百景 真間の紅葉手児奈の社継はし」(部分図)*アダチ版復刻(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

作品名にある「手古那の社」とは、弘法寺の南側にある手児那姫を祀ったお堂のことで、「継はし」は弘法寺へ向かう途中にあった橋を指しています。作品名自体が見どころてんこ盛り。広重のイチオシの紅葉スポットだったのかも知れませんね。

丹の紅葉、藍の秋空

この清々しい秋の風景を効果的に演出しているのは、なんと言っても楓の葉の明るい橙色です。この作品では、色づく葉の色を表現するのに「丹(たん)」という鉛を含んだ鉱物系の絵具を使用しています。

復刻版浮世絵と、紅葉の葉の橙色に使用されている絵具「丹(たん)」(写真提供:アダチ版画研究所)

ご覧の通り、絵具そのものが鮮やかな橙色です。浮世絵版画の豊かな色彩は、基本的に赤・青・黄の三原色の水性絵具を摺師が調色することによって生まれます。橙色を表現する際には、通常、赤と黄の絵具を混色するわけですが、広重はこの作品で意図的に「丹」を用いて、紅葉の橙色を表現しました。

「丹」の橙色には、鉱物性特有の強さや重厚感があります。燃えるような紅葉を表すのにぴったりの色合いと言えるでしょう。広重は他の作品の紅葉にも「丹」を使用しているので、一部をご紹介しましょう。

歌川広重の紅葉を描いた浮世絵(左)「六十余州名所図会 甲斐 さるはし」(右)「冨士三十六景 鴻之台と祢川
*いずれもアダチ版復刻(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

いずれの作品も、澄み切った秋の空気や清流を思わせる藍色と、紅葉の「丹」のコントラストが清々しいですね。

彫師・摺師との二人三脚で生まれた、広重の秋の名作

広重の創意に改めて感服しますが、忘れてはならないのは、この浮世絵版画は広重一人が制作したのではない、ということです。実際には、広重が描いた下絵をもとに、当時の彫師が版木を彫り、当時の摺師が「丹」を和紙に摺って紅葉を表現しました。

そこで、伝統の技術を現代に継承し、浮世絵の復刻(版木を新たに彫り直し、和紙に一枚ずつ摺っていく)を手がけているアダチ版画研究所の彫師・摺師に、「丹」を用いた広重の浮世絵の制作について話を聞きました。

広重「甲斐 さるはし」の版木を新たに彫るアダチ版画研究所の彫師。(写真提供:アダチ版画研究所)

彫師「浮世絵の復刻をするには、絵師が描いた線を、まず自分の中で十分に理解しなければいけません。現存する複数の作品を丹念に調べて、絵師の筆の線をなぞり、自分の中に落とし込む作業から始めます。紅葉の描写の部分は、透明度の低い丹の絵具が主線を被覆してしまうので、いくつもの作品を見比べながら、それぞれの線を自分の中で重ね合わせ、広重の筆のタッチをできる限り再現するよう、版木を彫りました。」

広重「真間の紅葉手児奈の社継はし」を摺る摺師。一色ずつ、和紙に色を摺り重ねていく。(写真提供:アダチ版画研究所)

摺師「丹は、力強く主張が強い色なので、他の部分との色のバランスに非常に気を遣います。特に『真間の紅葉手古那の社継はし』では、紅葉に濃淡二色の丹が用いられていて、広重が近景の紅葉に存在感を持たせようとした明確な意図が感じられました。そうした広重の構図がきちんと活きるよう、作品全体の遠近感に留意しながら、色を摺り重ねていきました。」

「真間の紅葉手児奈の社継はし」の紅葉(部分図)*アダチ版復刻浮世絵(画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団)

「丹」を用いた作品ならではの制作の難しさの中でも、広重の筆意に迫ろうとする職人の熱意を感じることができました。私たちは浮世絵を通じて、150年前に生きた人々の思いや気持ちに触れることができるのかも知れませんね。

商品情報

アダチ版復刻浮世絵
現代の職人たちが、江戸時代から続く伝統の技術で復刻した木版画。現存する作品をもとに、彫師が新たに版木を彫り直し、摺師が越前和紙に一枚一枚手で摺っています。

◾️ この記事でご紹介した作品
歌川広重「名所江戸百景 真間の紅葉手児奈の社継はし」
歌川広重「六十余州名所図会 甲斐 さるはし」
歌川広重「冨士三十六景 鴻之台と祢川」
[価 格]絵のみ 各14,300円(税込)/額付 各27,500円
[購入方法] アダチ版画研究所オンラインストア目白ショールームにて

※ 本記事は、伝統の技術で浮世絵の復刻を手がけるアダチ版画研究所が、オンラインストアのスタッフブログに掲載した記事(「話題の一枚 歌川広重「真間の紅葉手古那の社継はし」」(2022年10月)「紅葉に色づく秋の名勝 「甲斐 さるはし」」(2016年10月))を再編したものです。